BMWが製造するMINIの品質 1

高級車としてのドイツ車信仰

 

 自動車購入にいたるさまざまの難行苦行をくぐりぬけ、やっと「ユーザー」の手許に車がとどいた時から、「ユーザー」はさまざまの問題に直面することになります。「ユーザー」は、まとまった額を支払ったうえで、たいへんな難物をひきうけたことになるのです。事実関係を客観的にあきらかにするために、実際の例を示すこととします。ドイツの自動車製造会社であるBMW(ビーエムダブリュー)が製造し、いくつかの国に卸しているMINIという商標(ブランド)のつけられた車に関する事実です。

 大ブリテン連合王国には有名な自動車製造企業がいくつかありましたが、いずれも経営不振から他国の自動車製造企業によって買収されました。「ロールスロイス」という商標(ブランド)は(航空機エンジン製造部門は別会社となった上で)ドイツのBMWが入手しました。「ベントレー」ブランドはドイツの自動車会社のフォルクスワーゲンが、「ジャガー」ブランドと「ランドローバー」ブランドはインドのタタ自動車が、それぞれ買い取りました。「アストンマーチン」はアメリカ合州国のフォードを経て、現在は別の投資専門会社が所有しているようです。「ミニクーパー」で有名な「ミニ」も同様に経営不振から2000年にBMWの手にわたり、それまでFR(エンジン前置き・後輪駆動)方式に拘ってきた「高級車」メーカーのBMWが、FF(エンジン前置き・前輪駆動)の形式と「ミニ」のイメージを継承したまったく新しい車種を製造販売することになったのです。

 BMWは日本でもたいへん有名なドイツの自動車製造企業で、一応「高級車」のメーカーとされています。「高級車」といってももちろん厳密な定義などありませんし、『広辞苑』にも載っていません。日本で「高級車 prestige car 」というと、だいぶ前にいわれていた基準?では、500万円以上の車ということのようです。物価水準や経済状況がおおきく変化していますが、いまでもそのあたりとみてもよいでしょう。概ね一般的な勤労者の年収程度の額です。公務員の賃金改訂の際に、人事院や都道府県人事委員会などが民間企業労働者の一般的な所得水準を毎年調査しその平均額をもって公務員給与表を作成する、ということになっています(これは恣意的なデータ操作をともなう虚構であって、実際にどのようなデータをあつめてどのように計算しているのかはいっさい明らかではありません。誰も信用していないタテマエに過ぎないのですが)。名目上の給与総額とそこから税金(公務員でも税金は負担します)や社会保険料を差し引いた手取り額では3割以上は差がありますから40歳では手取額500万を下回りますが、概略で公務員賃金イコール一般的な勤労者の年収額程度をこえるのが「高級車」ということでしょう。つまり、ふつうの勤労者=一般庶民には縁のない車です(たまにふつうの勤労者でもこうした高級車を買う人がいますが、せいぜい!1000万円までのもので、それもかなり無理をしたうえでのことです。したがって小金持ち?の「高級車」ユーザーのように、車検などとらずに毎回3年以内に買い換えるとか、用途に応じて複数台を電動シャッターつきのガレージに並べるなどということはできません。住宅やレジャーの水準、職業上の地位、ありていにいえば社会的地位〔 prestige 〕とアンバランスなのです)。

 

 本ウェブサイトの「beijing2015」の「」でご紹介したように、北京ではこの「高級車」の割合が非常に高いのです。正確に統計を調べたわけではありませんが、ざっと印象を述べると、日本の乗用車新車販売の4割を占めるにいたった軽自動車を、全部ドイツ製高級乗用車に置き換えると、北京の街頭風景になります(もっとも、北京では一般庶民は収入ならびに住宅事情それと車両登録抑制政策により4輪自動車を持てず充電式電動バイクや自転車に乗っているわけですから、いささか不正確な印象です)。希少なものは別として、北京の朝陽区の大使館街やCBD(「中心的業務地区」)などでよくみかけたものでいうと、高級車の頂点にいるのがポルシェとベントレーです。ポルシェはいまや「911カレラ」がメインではなく、とくに中国や西アジア産油国などではカイエンという巨大で高額なSUV(腰高の4ドアハッチバック型乗用車)やパナメーラというセダン型乗用車(ただしハッチバック)が中心のようです。ベントレーは本来はお金持ちが(時々)自分で運転するための車なのですが、ここでは運転手付きのリムジンということになっています。

 連合王国ではまさにロールスロイスが、運転手に運転させてオーナーは後席にふんぞり返って乗る車(「ショーファー・ドリブン」)です。中流階級以上のお金持ちは自分でそのロールスロイスを運転するわけにはいきません。万一そんなことをすると、雇われ運転手にしか見えないのです。自分で運転するとすれば、乗用車だったらベントレー、スポーツカーだったらアストンマーチン、SUVだったらランドローバーを使うようです(まったく縁がないので本当のところはよくわかりません。10年以上前にベストセラーになったダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』で、主人公の偽りの協力者にして実は敵方のボスである金持ち貴族が登場しますが、そのお屋敷のキー・ボックスにはこれら高級車の鍵が並んでいるのです)。伝統ある地主貴族が運転するのはアストンマーチンですが、それを買えない新興成金のブルジョア(資本家)が乗ったのが格下のジャガーということのようです。日本だとジャガーも「高級車」とみなされますが、連合王国だとはそうはみてはもらえないようです。ショーン・コネリーのジェームズ・ボンド(「007」ダブルオーセブン)がもしアストンマーチンでなく、ジャガーで登場したりすると設定がおおきく変わってしまうのです。

 北京の話にもどりますが、横綱ポルシェとベントレーの次が大関メルセデス・ベンツとBMWのようです。ただし、日本と違うのはメルセデスでいうとCクラス、BMWでいうと3シリーズのような安物!ではなく、それ以上のセダンやSUVでなければなりません。AUDI(アウディ)は、日本ではイメージ宣伝がうまくいってベンツ・BMWとならぶ「ドイツ高級車御三家」の座に収まっていますが、中国ではそうはいかず以前の日欧同様いささか格が下がるようです。日本だとベンツのEクラス、BMWの5シリーズとならぶ、押しも押されもせぬ高級セダンであるアウディA6は政府機関の公用車にもなるようで、日本でいうと、セルシオ現在のレクサスLS以後最上級車の地位(センチュリーは別格)を譲った黒塗りのクラウンというところのようです。もちろん、一般庶民には無理をしても手の届かない高額車ではあるのですが。ここまでが一応「高級車」のようで、あとはその下に、現地生産が多いようですがフォルクスワーゲン(中心はパサート、現地名MAGOTAN)ならびにスェーデンのボルボなどが来るようです。そのほか、シトロエン、プジョー、フォードなど何でも走っていて、以下、トヨタ・日産・ホンダなどの日本車、韓国のヒュンダイ(現代)、キア(起亜)、中国の国産車となります。

 連合王国におけるジャガーや中国におけるアウディの例からもわかるとおり、地域によっては一緒くたに「高級車」ということになってはいても、すこし来歴をたどるといささか格下の、もともとは高級車とはされていなかった成り上り組があるわけで、じつをいうと、メルセデスベンツやBMWなどもこれに当たると考えたほうがよいのです。とりわけ日本におけるメルセデスベンツやBMWに対する評価はいささか高すぎるようです。ここ20年ほど、メルセデスの「コストダウン」方針に対する旧来の「ユーザー」(評論家?)からの非難がよく聞かれます。こうしたコメントの当否はさておきますが、古き良きメルセデスの「高級車」路線という評価が前提にあるから、現今のコストダウン非難が出てくるわけです。

 日本社会におけるドイツ信仰は、独仏戦争勝利(1871年)以来の傾向のようで、すくなくとも太平洋戦争での敗戦(日中戦争敗戦と同体ですが)までは法律制度、経済政策はもちろん、哲学、法学、経済学、医学など学問全般、音楽、文学などの芸術をふくむ文化全般における現象でした。現在もこれほどのアメリカ合州国一辺倒の趨勢にもかかわらず、いまだにドイツ崇拝は特定分野では盤石です。哲学思想でのドイツ哲学(カント、ヘーゲル)の優位はフランス現代思想の台頭によりずいぶん前に終わったようですが、バッハ、、モーツァルト、ベートーヴェンの「御三家」に、ハイドン、ブラームス、ブルックナーも加わり、クラシック音楽でのドイツ音楽の優位は続いています。演奏分野でのカラヤン、ベーム崇拝はすでに低調ですが、カメラやレンズでのライカやカール・ツァイス好みは消退しそうもありません。このドイツ信仰の最後の残滓が、ベンツ・BMW・アウディのドイツ製高級乗用車への偏愛です。

 

 とくに、BMWの場合、その製品はすぐれた運動性能をもっているという評価が定着しています。たんにスタイル(外観や内装)が優れているというのにとどまらず、高速道路での高速安定性やワインディング・ロードでの俊敏な車両の動きゆえに、購入者がみずから運転することにおおきな価値を見出しうる、そのような「高級車」とされているのです(「駆け抜ける歓び」)。

 

 

直進性に問題のあるミニ

 

 入り口から延々、どうでもいい話からはいりましたが、このような日本におけるBMWに対する極度の高評価を念頭においたうえで、実際の車両をみてゆくことにしたいと思います。BMWが製造販売するミニ(MINI)ブランドのついた車両の件です。

 ミニの商標をつけた車はハッチバック型が中心ですが、そのオープンモデルのほか、跳ね上げ式ハッチのかわりに観音開きの扉をつけたクラブマンというやや大きめのワゴン、SUVタイプのカントリーマンなどのヴァリエーションがあります。ハッチバックは、1959年のもともとのミニのイメージをなんとなく取り入れたとして、BMWによる買収から3年後の2001年に発売され、その後、2度にわたる少々の手直しを経て3代目のモデルが2014年以降販売されています。2ドアハッチバックを独英と日本では3ドアと、北米では2ドアと呼称するようです。2015年に追加されたホイールベース(前輪と後輪の間隔)と全長を少々伸ばした4ドアハッチバックは、独英と日本では5ドアと、北米では4ドアと呼称するようです。エンジンは3気筒1200cc、3気筒1500cc、4気筒2000ccのガソリン・エンジンもありますが、ヨーロッパ(といっても英独がほとんどのようです)では3気筒1500cc、4気筒2000ccのディーゼル・エンジンが中心のようで、後者は一部は2015年から、本格的には2016年5月から日本でも販売されています。

 さて、このミニ・ハッチバックですが、販売店が用意する試乗車や、同じことですが実際に販売されている商品は、まっすぐ走らないのです。もちろん全部調べたわけではありませんが(なお、BMWは一切調べていないようです)、4台運転したうち3台がほぼ同様の状態でした。そのうちの1台について、ホイール・アライメント値を測定したのがつぎのデータです。

 

 

 データシートの主要部分だけを示したものです。Fは前輪、Rは後輪で、それぞれについて、トー(上から見た車両中心軸に対するタイヤの角度)、キャンバ(後ろから見た垂直線に対するタイヤの角度)、キャスタ(横から見た操舵輪この場合は前輪の操舵軸の角度)の「基準範囲」と実測値が示されていますが、青字は「基準範囲」内におさまっているもの、赤字はそこから逸脱しているものです。なお、キャスタについては「基準範囲」は空欄となっていますから、それへの合致・逸脱状況は色分けでは示されていません。(後日判明することですが、キャスタは基準値から大きく逸脱していました。このあとのページを参照ください。経過1経過2

 このデータだけから、以下のことが推定されます。

 

(1)右前輪のトーが大きく逸脱しています。左に転舵すると右前輪に相対的に大きな荷重がかかりますが(あらゆる場合に。ブレーキをかければなお一層)、この過大なトーにより、車両は左へと意図した以上に旋回してゆくことになります。

 

(2)後輪のキャンバは、「基準範囲」では内側への傾斜、いわゆるネガティヴ・キャンバとなっていますが、この車両では極度に不足してほとんど直立に近い状態になっています。車体はキャンバの傾斜方向へと押されることになるのですが(地面に横倒しになった長大な円錐の基底部だけがタイヤとして現れている、と考えるとわかりやすいようです。ネガティヴ・キャンバであれば、左後輪は右へ、右後輪は左へと車体を押す。全体を押すというより、車体後部を)、この働きが欠如した状態で転舵すると後輪は旋回円外側へと振られ、復元しにくくなります。いわゆる「尻が振られる」状態です。

 

(3)右後輪のトーはプラスの場合、車体後部を内側=左へと押すことになりますが、ここでは極度に不足していて、ほとんどゼロです。車体後部を左に押す力が相対的に小さいわけですから、結局のところ車体後部が右側に流れやすくなります。ということは車両全体は左へと流れやすくなります。

 

 スタッドレスタイヤが普及する以前(大昔の話です)は雪道や凍結路で、前輪にだけチェーンを掛け後輪は夏タイヤのまま走行したものですが、後輪が旋回円外側へ膨らみやすく、フットブレーキ(4輪に効きますが、チェーンがないうえ、駆動軸でもない後輪は簡単にロックします)はもちろんエンジンブレーキ(前輪だけ制動)が効いただけで、車体後部が大きく外側へ逸脱したものです(FF=前輪駆動の場合。FFは雪道に強いというのは嘘です。駆動輪である前輪の荷重が大きいので、荷重の小さい後輪駆動=FR車の後輪と異なり空転しにくいので、なんとなく有利な氣がするだけです。駆動力がかかっていて完全にロックすることはありえない後輪駆動=FR車の後輪とは異なり、荷重が軽いうえ駆動力がかかっていない前輪駆動=FF車の後輪は容易にロックし、破滅的結果を招きやすいのです)。後輪のネガティヴ・キャンバ不足の場合はそれに似たような状況が起きることになります。

 それに右後輪のトー不足がくわわり、車体後部の右への動き、すなわち車両全体の左への偏倚が起きやすくなります。

 

(3)キャスタの「基準範囲」が示されていませんが、別の資料によると4度20分、すなわち4.3度のようです。だいぶ不足していて、直進性の欠如と、同じことですが転舵後の復元力の不足、いわゆるステアリングの戻りの悪さを引き起こすことになります。上記(1)の傾向と併せ考えると、左への少しの転舵で、車両は左へと流れるだけでなく、ステアリングは左に偏倚したままで復元しないので、その状態がずっと続くということになります。

 

(4)キングピン角度は測定されていません。数値次第では直進性の悪化、もどりの悪さを引き起こすことになりますが、一切不明です。

 

 以上は、測定データから当然推定できることですが、以下の実際の走行における現象は、まさにこのとおりのことが起きているのです。

 

 直進性が極度に悪い。少々の外乱で左右に針路が変化する。とくに左への偏倚が顕著。

 ステアリングの復元力が弱い。左については中立の数度手前で復元が停止する。つねにステアリングホイールで修正舵をあてていなければならず、30分もしないうちにひどい肩こりになる。結局、つっかえ棒のように肘を突っ張ってステアリングホイールを固定し、支えていなければならない。

 転舵の際に、後輪が旋回外側へ膨らむ。とくに、高速道路でのレーンチェンジで尻が振られる。

 

 ミニの車検証では車名は「BMW」です。ミニという独立した自動車製造業者は存在しません。ミニはBMWが製造販売しているものです。

 これはミニだけの事柄ではありません。BMWは長くFRの車両だけを製造販売してきましたが、ミニというブランドでFFの車両を製造販売する経験を積んだ後、現在ではBMWブランドの車両のうち、比較的小型の(したがって安価な)ものについて、あらたにFFのモデルを追加しただけでなく、さらには今後既存のFRの小型モデルの大部分をFFに転換する方向をとっているようです。ミニのエンジンはBMWの小型車両のエンジンと同じものですが、車体の骨格部分や、サスペンション、ステアリング機構なども同様にミニとBMWの小型車は共通のものに順次切り替えられつつあるのです。

 高級車を製造販売するBMWに対する信頼(信仰)について、再検討をせまる事実といえます。

 

 この件に関するBMWの日本法人の対応状況については、追ってみてゆくことにします。

2016.7.25.