鬼怒川 2015

5年前の2015年9月10日につづき、ふたたび浸水被害をうけた幼稚園

2020年10月13日、鬼怒川左岸5.5k付近、つくばみらい市)

 

 

 2015(平成27)年9月10日の茨城県常総市等の鬼怒川水害について、できるだけ一次資料を参照することで、その実態と原因をさぐろうと思います。

 下館河川事務所は、利根川水系の一部である鬼怒川と小貝川の2河川を管轄しているのですが、1986年の小貝川水害に続き、それから30年もたたないうちに鬼怒川水害を起こしてしまったのです。この大失態の責任をまったく自覚していない上級機関の国土交通省関東地方整備局が、鬼怒川と小貝川が属する利根川水系のすべてを管理しているのです。利根川水系に属する江戸川が氾濫するか、あるいは埼玉県南部でふたたび利根川が氾濫することになれば、首都東京の中心部は壊滅的な機能喪失に陥ることになります。

 鬼怒川水害の原因をただしく認識しようとしない、それゆえとるべき対策をとることができない関東地方整備局がそのカタストロフを回避することは、絶対に不可能です。

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contents

 

1 ダムと堤防

 

「治水においては下流の整備を先におこなうのが原則」という根拠のない主張で、若宮戸の築堤を怠ったことを正当化できるのでしょうか? 2019年10月の台風19号は数え切れないほどの水害をもたらしたのですが、利根川の増水と八ツ場ダムの試験湛水をどう評価すべきでしょうか? ひるがえって、2015年9月の鬼怒川水害の際の上流4ダムの操作の問題点がほとんど指摘されないままでよいのでしょうか? 鬼怒川水害の全体構造の把握をめざします。

ダムと堤防 1 謬論=下流優先論

ダムと堤防 2 下流優先の実情=豊岡町

ダムと堤防 3 下流優先の実情=水海道元町 

ダムと堤防 4 水海道元町の堤防

ダムと堤防 5 利根川水系鬼怒川

ダムと堤防 6 2019年台風19号と利根川4大ダムの運用

ダムと堤防 7 2015年水害と鬼怒川4大ダムの運用

 

2a 三坂における堤防決壊

 

 鬼怒川水害最大の氾濫地点は常総市中部の比較的標高の高い自然堤防地帯である三坂でした。165mにわたって堤防が完全に崩壊したのですが、そのメカニズムはまったく解明されていません。氾濫地点の巨大な穴(押堀)のうえに造成された復旧堤防はすでに沈下変形し始めています。あの地点には、注目すべき特異性があるのですが、誰も気づかないか、気づいていてもわざと知らぬふりをしているのです。

 

鬼怒川水害まさかの三坂 1

三坂の「決壊」幅は195mで、「破堤」したのはそのうち165mです。それらを詳細に見てゆくのですが、手元にあるのは、現場で河川巡視員や住民が命がけで撮影した写真とビデオ、それと対岸の監視カメラの映像です。

鬼怒川水害まさかの三坂 2

三坂の「決壊」幅195mを6区間に区分します。2時間も越水していたのに破堤しなかった区間、地盤沈下によりほかより70cm以上も低くて激しく越水していたのに真っ先に破堤したのではない区間、など6区間に区分します。

鬼怒川水害まさかの三坂 3

11:10に堤防上を走行していた国交省の車両が、三坂付近で越水が起きているのをたまたま発見し、鎌庭出張所に状況を報告しました。11:30ころまでには下館河川事務所に緊急連絡がはいり、ただちに常総市役所に通報されたはずです。

鬼怒川水害まさかの三坂 4

12:00ころ委託企業職員が、その直後に国交省職員が、それぞれ小型ライトバンで通りかかり、激しく越水する様子や、川裏側法面に開いた大穴を撮影します。ここまでが破堤前です。

鬼怒川水害まさかの三坂 5

対岸の将門川の篠山水門に監視カメラが設置されていて、破堤直後の12:52以降、何枚かの静止画を撮影し、さらに13:23以降は連続的に動画を撮影していました。

鬼怒川水害まさかの三坂 6

篠山水門の監視カメラ映像の続きです。対岸から水平に撮影したので、堤内の様子はわかりにくいのですが、破堤点から上・下流に向けて、堤防が順次流失する様子が連続的にとらえられています。

鬼怒川水害まさかの三坂 7

破堤した堤防の直下にあった住宅で、住民がビデオカメラで堤防の様子を撮影していました。破堤したとされる12:50の直後から、13:00ころまでの映像ですから、破堤のメカニズムを解明する上で極めて重要です。

鬼怒川水害まさかの三坂 8

破堤から30分以上経過した13:27以降、国交省職員が上流側の堤防天端上から撮影した写真です。

鬼怒川水害まさかの三坂 9

篠山水門の監視カメラ映像の3回めです。13:50ころから約20分間にわたり、すでに氾濫水に激しく洗われている堤内の1点から、4m近い水煙が立ち上る様子が写っています。じつに不思議な現象です。

鬼怒川水害まさかの三坂 10

三坂の破堤した堤防に沿った高水敷には、不思議なことに段差があり、そこが水害の翌日、大量の砂を吐出して崖面崩壊をおこしたのです。ちょうど、水煙があがっていたあたりと、堤防をはさんで線対象の位置です。

鬼怒川水害まさかの三坂 11

三坂の2段になった高水敷の崖面の崩壊現象は、以後も続き、さらにところどころで大規模な開口が形成されました。地下地盤から大量の水を含んだ砂が噴出したのです。

 

 三坂における河川管理史 1 戦後の採砂によって砂州が大幅に消退します。

三坂における河川管理史 2 水害直前におこなわれた採砂による高水敷形状が激変します。これが2015年の破堤原因となったのかも知れません。

三坂における河川管理史 補 1920−30年代の内務省による直轄工事資料を閲覧します。

三坂における河川管理史 3 4mも掘り下げられた高水敷の段差が、2015年9月の大洪水に襲われ、大規模な崩壊をはじめます。

三坂における河川管理史 4 三坂では復旧堤防が完成したのですが、現在も高水敷の破断面で土砂の流出が続いています。地下地盤は安定していないのです。

 

 

2b 鬼怒川三坂堤防の特異性と崩壊原因

 

1 越水破堤論の破綻

2 越水による法尻洗掘の仮象

3 浸透による堤体崩壊   (Oct., 1, 2020)

4a 浸透による堤内地盤崩壊

4b (続)浸透による堤内地盤崩壊(準備中)

5 三坂堤防の特異性   (Oct., 5, 2020)

6 堤内基礎地盤の形成(準備中)

7 高水敷掘削による浸透昂進(準備中)

8 利根川水系破綻の徴候としての鬼怒川水害(準備中)

 

3 若宮戸の河畔砂丘

 

鬼怒川水害の3つの氾濫地点のうち2か所は、常総市北部の若宮戸河畔砂丘でした。ひとつはよく知られた「ソーラー発電所」地点で、もう一つはほとんど知られていないのですが、どちらも1960年代以降建設省(今日の国土交通省)が森林伐採と砂の採掘を許したために、増水すれば確実に氾濫する地形になっていたのです。若宮戸でも、氾濫地点の巨大な穴(押堀)のうえに堤防をつくりました。

若宮戸の河畔砂丘 1 シミュレーションとは何か

若宮戸の河畔砂丘 2 24.75kの押堀

若宮戸の河畔砂丘 3 (準備中)

若宮戸の河畔砂丘 4 24.75kの氾濫の本質的原因

若宮戸の河畔砂丘 5 国交省が作った騙し絵

若宮戸の河畔砂丘 6 崖の下の土嚢

若宮戸の河畔砂丘 7 土嚢沈埋

若宮戸の河畔砂丘 8 土嚢越水(準備中)

若宮戸の河畔砂丘 9 (準備中)

若宮戸の河畔砂丘 10 河川法違反の森林伐採

若宮戸の河畔砂丘 11 森林法違反の森林伐採

若宮戸の河畔砂丘 12 河川区域外の砂丘掘削

若宮戸の河畔砂丘 13 河川区域内の砂丘掘削

若宮戸の河畔砂丘 14 旧河川法時代の河川区域

若宮戸の河畔砂丘 15 若宮戸以外の無堤区間の河川区域

 

 

4 八間堀川問題

 

常総市南部の水海道地区市街地の浸水は、鬼怒川の氾濫によるものではなく、市街地を流れる八間堀川の氾濫によるものだという驚くべき謬論が流布しています。その誤りをあきらにするうえでは、氾濫水の総量を推測し、氾濫水の移動プロセスの全体を見る必要があります。この「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」は、しょせんはただの勘違いですから論ずる価値もないのですが、氾濫水の移動メカニズムをさぐることできわめて興味深い事実があきらかになるのです。   

風説「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」

水没した八間堀川

後背湿地最深部の惨状

破壊された八間堀川堤防

仮説・八間堀川堤防の決壊原因

水海道市街地の水害

風説の生成

八間堀川排水機場停止批判論の誤謬

問題の整理

風説に便乗する国土交通省


 

5 予備的考察 1 水害直後

 

テレビや新聞が写さなかった「三坂町」の状況も撮影しました。「若宮戸」では「ソーラーパネル」の地点(25.35km)のほか、もう1か所(24.75km)でも激しい氾濫がおきて、「三坂町」と同様の惨状を呈しています。砂丘「十一面山」の全域も撮影しました。

 

「三坂町」について、国土交通省は「越水による破堤」だと最初から決めていました。水害は、豪雨による水位上昇が原因の「自然災害」だと言いたかったのです。しかし、その目論見は東京大学・芳村圭准教授の浸透痕跡発見で挫折しました。国土交通省が「調査委員会」に提出した資料をよく読めば、越水と浸透が決壊の共働原因(複合的原因)であったことを認めているのです。

 

 

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6 予備的考察 2 避難とハザードマップ

 

「洪水ハザードマップ」は複数箇所での堤防決壊による最大浸水深を全部合算したものであり、今回の浸水区域がほぼ「洪水ハザードマップ」のとおりになった(ように見えるだけなのですが)のは、あとになってわかったことなのです。「ハザードマップ」があったのに見ていなかったのか、と非難する人たちは勘違いしているのです。鬼怒川東岸が全部浸水して自衛隊の災害派遣車両も水没することを、国土交通省は防衛省に知らせることもできませんでした。9月10日には浸水前の時点ですでに北部の「新石下」でも南部の「水海道」でも道路が渋滞し、市民は身動きのとれない状態でした。

 

「常総市役所の避難指示の遅れ」を招いたのは、①「三坂町」の破堤の8時間前に始まっていた「若宮戸」の氾濫に、国土交通省下館河川事務所の注意が集中した、②事前のシミュレーションによれば、「若宮戸」での氾濫の場合、「三坂町」は浸水しないこととされていた、③越水の第一報が、三坂町上三坂」をその手前(上流側)100mの「新石下」飛び地と誤認した、そして④その「新石下」にはすでに避難指示・避難勧告が出ていた、などの偶然的要因が重なったことによるものです。

 

 

7 自然堤防をめぐる誤解

 

河畔砂丘 Sand dune である「若宮戸」の十一面山を、自然堤防 Naturl levee と呼んでいる限り、議論は永久に混乱したままです。国土交通省は、堤防をつくらず放置していたのは「自然の」堤防があったからで、その「自然の」堤防を「土嚢の堤防もどき」で代用したのだと、とんでもないデタラメを並べています。砂丘 Sand dune が土嚢 sandbag に化けた経緯を分析します。

  高校「地理」と自然堤防

  鬼怒川水害の真相 若宮戸 1

 

 

8 reference

 

原発事故とはちがって、鬼怒川水害については基本的なデータ、地図、写真がインターネット上にかなり公開されています。データの入手方法や、写真や地図のURLをまとめました。