「避難指示の遅れ」の責任を自覚している国土交通省 1

12, Oct., 2015.

 「常総市役所の避難指示の遅れ」に対する非難は、もっぱらテレビ・新聞などの報道企業が流布しているような印象を受けます。この論調は水害発生直後からありましたが、報道企業各社は9月13日、浸水から二晩ぶりに脱した常総市役所庁舎での記者会見以降、攻勢を強めました(新聞の場合、翌日9月14日が休刊日なので紙面では15日でした)。別ページで見た新聞記事もそうでしたが、水害発生から1か月ちかく経過し、常総市役所の危機対応能力の欠如は、確定的事実となっているようです。下の新聞記事もその一例です。前半のみ引用します。


 

 「毎日」は、常総市役所が「住民からのSOS」を「避難指示を出す基準」にしていた、それも「基準の一つ」どころか、それだけが実際には唯一の基準になっていた、と断定しているのです。「他自治体では『職員や消防団による目視』を基準に取り入れているところもある」というのですから、常総市は「職員や消防団による目視」を基準に取り入れず、(他の「基準」については一切言及していませんから)「住民からのSOS」だけを「避難指示を出す基準」にしている、ということを前提的事実としているのです。

 それにしてもよくわからないのは、「住民通報を避難基準〔の一つとしていたこと」について、それが妥当であるとしたうえで、「水位上昇を警戒する市民が市に連絡していた」のにそれを無視した(「住民通報がなかった」)ことを批判しているのか、それともその基準は失当であるから「職員や消防団による目視」を基準に取り入れるべきだ、と助言しているのかが判然としないことです。

 そもそもこの記者は、重要な「事実」を何ひとつ取材していないのです。たとえば、「それでは遅いという指摘」があるというなら、そう指摘する人あるいは資料を直接取材して、もうすこし内容を説明すべきでしょう。「水位上昇を警戒する市民が市に連絡していたとの話は多い」というなら、その実例をせめてひとつやふたつは取材すべきなのに、何もしないでたんなる伝聞か噂の段階で記事にしているのです。伝聞や噂を無視すべきだというのではありません。伝聞や噂は重要であり、そこから取材を始めて重要な事実をあきらかにしなければならないのですが、まったくその気がないのです。

 「住民通報がなかった」と言ったのは、具体的に「市」の誰なのでしょうか? 主語も曖昧なうえ、そもそもそれがどのような「通報」なのかがまったくわかりません。また「SOS」とは、具体的にはどういうことでしょうか。すでに激流の只中に孤立しているような本当のSOSなら消防か警察にいくのであって、市役所が「避難基準」にするかしないかの問題ではありません。「何より問題なのは、住民通報を避難基準の一つとしていたことが、市民に全く周知されていなかったことだ」と言うにいたっては、ほとんど意味不明です。「周知」しておけばよかったと主張しているとしか解釈できませんが、支離滅裂です。

 この記者は、あらかじめいだいていた思い込みにしたがって、たいした取材もしないで片言の日本語で児戯にも等しい作文を書いているに過ぎません。これでは記事の信用性はゼロです。常総市役所が本当に「住民からのSOS」を「避難指示を出す基準」にしていたのかどうかもあやしいものです。こうして、「毎日新聞」は「避難指示」に関するもっとも重要な論点、すなわち自治体はいかなる情報にもとづいて「避難指示・勧告」発令を判断しているのか、かりにそれが不十分であったとすれば自治体は今後いかなる情報を、どのように入手し判断すべきかを明らかにする課題を完全に忘却しているのです。

 死者も出ているし、1000人以上がヘリコプターで救出される結果になったのですから、現状でよいはずはありませんが、だからと言って、決壊した三坂町上三坂に避難指示をださなかったのはけしからんと、後知恵で偉そうに断罪することで社会的責任を果たしていると思い込んでいる報道企業各社の姿勢はとうてい受け入れがたいものです。

 この記事の2日後、国交省が「避難指示の遅れ」問題に対応するため、「トップセミナー」を開催するという記事が出ました。

 

 

 「首長に河川の危険を理解してもらうことが不可欠と判断した」ということは、現状では首長たちは「河川の危険を理解して」いないと言っているも同然です。まるで今回の水害による死者や避難のおくれについての市町村の首長(常総市長)の責任を強調することで、そもそも自らの河川管理の失敗が引き起こした近年にない大災害の責任を免れようとしている、と感じないでもありません。しかし、そう悪意にとることもないでしょう。これだけ常総市役所ばかり叩かれている状況であるなら、国土交通省にしてみれば黙って見ていればいいわけで、あえてこのような「セミナー」を開く必要もないのですから。

 それはともかく、なぜ国土交通省はこのようなセミナーをおこなうことにしたのでしょうか。じつは、国土交通省は今回の「避難指示の遅れ」に関して、みずからの法的責任を自覚しているからなのです。これが、この項目3ページの結論です。

 

 鬼怒川など「一級河川」の管理者である国土交通大臣は、河川の整備の責任主体であると同時に、水害がさしせまった際にはその旨を「避難指示・勧告」の発令主体である市町村長にきちんと通報する責務を負っているのです。次は、国土交通省関東地方整備局下館河川事務所が作成した「鬼怒川河川維持管理計画」(2012年)の記述です(http://www.ktr.mlit.go.jp/shimodate/gaiyo10/h23ijikanri%20kinu.pdf p. 107.)。

 

 

 ⑴に、「法令等にもとづいて」とハッキリ書いてあります。

 地方自治体がおこなう「水防活動および「避難に係る活動〔当然「避難勧告」「避難指示」の発令を含みます〕」「に資するよう」「適切に洪水予報あるいは水位に関する情報提供を行う」ことを定めている法令の条文をみてゆきます。

 まず、出発点として、避難勧告や避難指示を出すのは誰なのか、を確認しておきます。

災害対策基本法 (昭和三十六年十一月十五日法律第二百二十三号)

 

(市町村長の避難の指示等)

 第六十条  災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において、人の生命又は身体を災害から保護し、その他災害の拡大を防止するため特に必要があると認めるときは、市町村長は、必要と認める地域の居住者等に対し、避難のための立退きを勧告し、及び急を要すると認めるときは、これらの者に対し、避難のための立退きを指示することができる。

 2  前項の規定により避難のための立退きを勧告し、又は指示する場合において、必要があると認めるときは、市町村長は、その立退き先として指定緊急避難場所その他の避難場所を指示することができる。

 3  災害が発生し、又はまさに発生しようとしている場合において、避難のための立退きを行うことによりかえつて人の生命又は身体に危険が及ぶおそれがあると認めるときは、市町村長は、必要と認める地域の居住者等に対し、屋内での待避その他の屋内における避難のための安全確保に関する措置(以下「屋内での待避等の安全確保措置」という。)を指示することができる。

 避難を勧告したり指示したりできるのは、市町村長です。他の者がしてはならないとは言えないでしょうが、市町村長の勧告や指示が不適切であれば、(今回の常総市長のように)その責任を問われることになるわけです。

 それ見たことか! ここだけ見て、けしからんと息巻いているのが、おおかたの非難者たちなのです。しかし、「水防」に関しては、とくに国が管理する「一級河川」の「水防」に関しては、河川管理者たる国土交通大臣は市町村などの水防管理団体に協力する法的義務を負っているのです。(「水防」とは、「洪水、雨水出水、津波又は高潮に際し、水災を警戒し、防御し、及びこれによる被害を軽減し、もつて公共の安全を保持すること」〔水防法第1条〕です。)

 

河川法  (昭和三十九年七月十日法律第百六十七号)

 

(水防管理団体が行う水防への協力)

 第二十二条の二  河川管理者は水防法 (昭和二十四年法律第百九十三号)第七条第三項同法第三十三条第四項 において準用する場合を含む。)に規定する同意をした水防計画(同法第二条第六項 に規定する水防計画をいう。以下この条において同じ。)に河川管理者の協力が必要な事項が定められたときは、当該水防計画に基づき水防管理団体同法第二条第二項 に規定する水防管理団体をいう。第三十七条の二において同じ。)が行う水防に協力するものとする

水防法 (昭和二十四年六月四日法律第百九十三号)

 

(国の機関が行う洪水予報等)

 第十条  気象庁長官は、気象等の状況により洪水、津波又は高潮のおそれがあると認められるときは、その状況を国土交通大臣及び関係都道府県知事に通知するとともに、必要に応じ放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関(以下「報道機関」という。)の協力を求めて、これを一般に周知させなければならない。

 2  国土交通大臣は、二以上の都府県の区域にわたる河川その他の流域面積が大きい河川で洪水により国民経済上重大な損害を生ずるおそれがあるものとして指定した河川について、気象庁長官と共同して、洪水のおそれがあると認められるときは水位又は流量を、はん濫した後においては水位若しくは流量又ははん濫により浸水する区域及びその水深を示して当該河川の状況を関係都道府県知事に通知するとともに、必要に応じ報道機関の協力を求めて、これを一般に周知させなければならない。

 3  都道府県知事は、前二項の規定による通知を受けた場合においては、直ちに都道府県の水防計画で定める水防管理者及び量水標管理者(量水標等の管理者をいう。以下同じ。)に、その受けた通知に係る事項(量水標管理者にあつては、洪水又は高潮に係る事項に限る。)を通知しなければならない。

 

(国土交通大臣又は都道府県知事が行う洪水に係る水位情報の通知及び周知)

 第十三条  国土交通大臣は、第十条第二項の規定により指定した河川以外の河川のうち、河川法第九条第二項 に規定する指定区間外の一級河川で洪水により国民経済上重大な損害を生ずるおそれがあるものとして指定した河川について、洪水特別警戒水位(警戒水位を超える水位であつて洪水による災害の発生を特に警戒すべき水位をいう。次項において同じ。)を定め、当該河川の水位がこれに達したときは、その旨を当該河川の水位又は流量を示して関係都道府県知事に通知するとともに、必要に応じ報道機関の協力を求めて、これを一般に周知させなければならない。〔2項略〕

 3  都道府県知事は、第一項の規定による通知を受けた場合においては、直ちに都道府県の水防計画で定める水防管理者及び量水標管理者に、その受けた通知に係る事項を通知しなければならない。


 以上は、「水防」に関する規定の一部ですが、国土交通大臣、(国土交通省の一機関ですが)気象庁長官都道府県知事は、水防管理者であり避難指示・勧告の権限を行使する市町村長に情報を伝達すべく、法によって義務付けられているのです。


 今回の鬼怒川水害において、これらの法律に規定された義務がが具体的にどのように実行されたのかを見てみます。

 まず、水防法第10条第2項にもとづき国土交通大臣と気象庁長官が共同して発した「鬼怒川はん濫発生情報」の一例です(http://www.jma.go.jp/jp/flood/pdf/Z__J_JPTA_20150910042000_MET_INF_Jkouzui_RR8303030203_RK00_T50_NJ006n00_image.pdf)。3ページあるうち、1ページめだけ引用します。とりあえず、冒頭の発信者と「主文」をご覧ください。

 国交省関東地方整備局の下館(しもだて)河川事務所と、国交省気象庁の宇都宮気象台ならびに水戸気象台の「共同発表」となっています。「主文」は、「鬼怒川では、常総市若宮戸地先(左岸)25.35k付近より氾濫しました。(レベル5)」とあります。(「若宮戸」は、例のソーラーパネル業者による河畔砂丘掘削がおこなわれ、今回三坂町の「決壊」とともに大水害の原因となった地点です。)

 これが、水防法第10条第2項の規定に基づく「通知」なのです。都道府県知事へ通知されるとともに、「報道機関の協力」により「一般に周知」され、気象庁のウェブサイトにも掲載されました。下は、共同通信社からの配信を受けて報道した茨城県の地方紙「茨城新聞」のウェブサイトです(http://ibarakinews.jp/top.php)。その次は気象庁のウェブサイトの「指定河川洪水予報」ページです(http://www.jma.go.jp/jp/flood/ ただし、このページは現に発令中のものだけが表示されるので、この水害発生当初の画面は現在は表示されません)




  「関係都道府県知事」は、鬼怒川の場合は栃木県知事と茨城県知事と思われます。当然この「鬼怒川はん濫発生情報 第4号」は両県知事(茨城県庁土木部河川課)に通知(電話したうえでファクス送信)されたはずで、ただちに茨城県知事から常総市長(常総市安全安心課に通知されたに違いありません。

 しかし、当ウェブサイトではこのルートについてまだ確認がとれていません。追って調べることとします。



「常総市地域防災計画」

 国土交通大臣は、気象庁長官と共同で氾濫情報を発して任務終了ではありません。刻々と河川の状況ならびに国交省自身の対処行動について情報を発信しますhttp://www.ktr.mlit.go.jp/kisha/index00000071.html http://www.ktr.mlit.go.jp/bousai/bousai00000092.html

 下は、水害発生の「第1報」です(http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000631307.pdf)。鬼怒川流域の5か所での「越水」「漏水(ろうすい)」の発表です。25.35km地点の「若宮戸」についての最初の発表です。9月10日午前6時過ぎから「越水」が発生したというものです。文書の発表時刻がはいっていませんが、上の気象庁長官との共同発表文書が午前6時30分でしたから、それと同時刻と思われます。

 9月10日の避難指示をめぐる事実関係を確定するための作業は、予備的な検討が一応終わり、やっと入り口に到達しました。ここから、国土交通省から通知をうけつつ常総市役所がどのように対応したのかをみてゆくのですが、少々長くなりましたのでページブレークをいれます。