1 職務としての研修

「研修内容より重要な事柄」

 

 2010(平成22)年の夏期休業期間中の8月11日、茨城県立古河第三高校で、あらかじめ「研修計画書」を提出した教員全員に対して、飯田清教頭が次の文書を配布した。文書は永塚卓校長の手書きメモをコピーしたものであった。


「外部包括監査を受けるときに見られるポイントは、どのような教材研究をしたかという内容よりも、その教材研究がどうして職場を離れた場所でなければできないのか?という理由(つまり、校長が職場以外での教材研究等の研修を承認したのか?)ですので、研修結果報告書に研修内容を記載するときには、必ず、上記理由を中心に、教育界以外の監査官が読んだときに理解できるように、平易にご記入ください。職場以外でも研修を取ることができる教育公務員の特権ですので、前述したことをご理解の上、有効に研修を活用され資質の向上に役立ててください。」


教特法における職務としての研修


 問題の「研修計画書」とは、教育公務員特例法第22条第2項が規定する「勤務場所を離れて」おこなう研修にかんする計画書のことである。教特法における「研修」とりわけ「勤務場所を離れて」おこなう研修について、概要を確認しておこう(条文は、このページの末尾)。

 教育公務員特例法第21条は、「教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない」と規定する。「絶えず」といっても、1日24時間、1週間7日間ずっとという意味ではない。あくまで勤務時間内に、勤務としての(公務としての)研修をおこなうという意味である。

 教特法は、以下、さまざまの「研修」について規定する。そのひとつが、同法第22条第2項が規定する「勤務場所を離れて……行うことができる」ところの「研修」である。この「研修」をおこなうにあたっての要件は「授業に支障のない」ことと、あらかじめ「本属長〔校長〕の承認を受けて」いることである。


文部行政当局の法解釈の誤り


 文部行政当局は、(1)教特法第22条第2項の「研修」は職務専念義務を免除されておこなうものであるとする。そして当該「研修」を「承認」する要件、すなわち職務専念義務を免除する要件として、(2a)「職務に密接な関連性を有すること」ならびに(2b)「校務に支障がないこと」を挙げる。そのうえで、(3)校長は、研修を「承認」するかしないかについての「自由裁量権」を有する、と主張する。

 この行政解釈は根本的に誤っている。(1)教育公務員特例法が、職務でない事柄について教員に法的義務を課することはありえないから、当該「研修」は職務専念義務を免除されておこなうものであるという主張は、明白な誤謬である。職務専念義務を免除されてしまった状態で職務に従事することは論理的に不可能である。

 (2a)当該「研修」と「職務」との「密接な関連」というのは、きわめて曖昧な規定である。そもそも「職務」である「研修」について、「職務との密接な関連」を問題にするのは論理的誤謬である。この要件は法的根拠を欠く。

 (2b)「授業に支障」を「校務に支障」に置換するのは、単純なすりかえである。「校務」は法令用語としては校長の職務であり(学校教育法第37条)、教特法が校長を含まない「教員」(第2条)に関して規定する条文の解釈において、ことさら「校務」をもちだすのは混乱のもとであり妥当性を欠く。この要件も法的根拠を欠く。

 (3)校長の「承認」とは、授業への支障の有無を確認のうえ、支障があれば不承認とし、支障がなければ承認するというものである。法令上の根拠もなく恣意的にあれこれの口実を持ち出して、支障がないのに不承認としたり、支障があるのに承認したりしてよいというものではない。これは違法行為であり、校長自身が地方公務員法による懲戒処分の対象となる。

 夏期休業期間であれば「授業」への支障の有無の判断はきわめて容易であり、曖昧性や恣意性のはいりこむ余地はない。

 なお、「本属長の承認」は「勤務場所を離れ」るための要件であって、「研修」をおこなうことの要件ではないことに注意する必要がある。本属長には、「研修」を許可したり許可しなかったりする権限は与えられていない。なぜならば、「研修」はあらかじめ法によって、「絶えず」「努めなければならない」ものとして義務づけられているのであり、校長の「許可」がはいりこむ余地はない。もちろん校長による「不許可」は絶対に不可能である。


「監査」についての混同と誤解


 永塚卓校長が交付した文書の検討に入る。

 永塚校長は、「監査官」が実施する「外部包括監査」においては、「どのような教材研究をしたかという内容」ではなく、「職場を離れた場所でなければできないのか?という理由」が「見られるポイント」だから、その点に留意して記入しなければならないと言う。

 永塚校長のいう「外部包括監査」は包括外部監査の誤りである。包括外部監査は、地方自治法第252条の27から同44の規定にもとづいて実施されるもので、都道府県の場合、毎会計年度ごとに、あらかじめ監査委員の意見を聴いた上で議会の議決を経て包括外部監査契約を締結した「包括外部監査人」によって実施される。永塚校長のいう「監査官」なるものは存在しない。

 永塚校長は、「監査官」による「外部包括監査」が学校を対象として定期的に実施され、その際「研修結果報告書」が監査対象になると思っているようである。包括外部監査は、たしかに地方自治法の定めにより毎会計年度実施されるが、そのつど監査事項と監査対象となる機関は異なる。毎年度、学校の「研修結果報告書」が「見られる」わけではない。


2002年度の包括外部監査


 茨城県では過去に一度、教育公務員特例法第22条第2項の「研修」が包括外部監査の対象になった。2002(平成14)年度の包括外部監査において、包括外部監査人の安四郎(税理士)は、県職員の人件費について監査をおこなった。その際、教育公務員特例法第22条第2項(当時は改正による条文追加前で第20条第2項)の「研修」についても実際に調査をおこなった。

 安(やす)包括外部監査人を補佐する「外部監査人補助者」の生井沢基博(税理士)と根本明人(同)は、2002年10月29日に石岡市立南小学校と同石岡中学校、11月12日に日立商業高校と勝田養護学校に出向いたうえで「研修承認願」や「研修結果報告書」を実際に見聞した(この時同行したのが小田部幹夫高校教育課管理主事すなわちのちの高校教育課長、さらに教育次長)。

 安包括外部監査人は、「包括外部監査の結果報告書及びこれに添えて提出する意見」(平成15年2月26日)において、つぎのように述べた(79頁)。


「研修結果報告書の記述内容については極めて簡単な報告で済ます者もいる等、まだ十分とはいえない状況にあるので、この制度を定着させるため今後の指導徹底の強化が必要である。」


 ここで「極めて簡単な報告」とは「研修内容が『教材研究』または『教材作成』としか記載されていない等、研修内容が不明確なもの」のことである。

 そのうえで安包括外部監査人は、「この制度を定着させるため」(上記)、「計画・報告の適正化を図るとともに学校管理者が適切に管理することが必要である」(124頁)と結論づけた。


包括外部監査の結論を捏造


 「包括外部監査を受けるときに見られるポイントは、どのような教材研究をしたかという内容よりも、その教材研究がどうして職場を離れた場所でなければできないのか?という理由〔中略〕です」という永塚校長の言明は、内容についてきちんと記述すべきとする包括外部監査人の報告書とは食い違っている。

 包括外部監査の「報告書」は、永塚校長が当時指導主事として在職していた教育研修センターに毎号とどく『茨城県報』に掲載された。現在では県のウェブサイト上で公開されている(http://soumu.pref.ibaraki.jp/file/PDF/2003/200303/gai32.pdf)。

 永塚校長は、容易に手にとれたはずの「報告書」をまったく読みもせず、事実に反することを何の根拠もなく書き記して、所属の教員に配布したのだ。

 永塚校長は、「職場を離れた場所でなければできないのか?という理由」を書くよう指示したのだが、これは「授業に支障のない限り」という法律上の要件を逸脱するものであり、「包括外部監査」報告の捏造に基づくものだった。証拠を改竄したうえでの永塚校長の指示には、何の説得力もない。


“特権”としての研修


 そして永塚校長は言う。


「職場以外でも研修を取ることができる教育公務員の特権です」


 2002(平成14)年度の学校週5日制完全実施を機会として、「勤務場所を離れて」おこなう研修を違法に制限しようとする文部行政当局とそれに追随する地方教育行政当局は、「研修=権利」論を批判しつつ、「研修=職務専念義務免除」論を振りかざし、「免除」のハードルを不当に高く設定することで、その圧縮・解体を目論んだ。

 ところが、相互に対立するかに見えた、「研修=権利」論と「研修=職務専念義務免除」論は、「研修」が職務であることを否認するという点で、立場を共有していた。「研修=権利」論は、「研修=職務専念義務免除」論の根本的誤謬を看過し、その点を批判することができなかった。

 いっぽう、「研修=職務専念義務免除」論は、じつは自己の分身である「研修=権利」論を非難しつつ、みずから「研修=権利」論を主張している。すなわち、「研修=権利」であるからこそ、簡単には与えるわけにはいかないと威丈高になり、授業への支障だけではなく校務全体への支障も考慮すべきだとか、職務に直接的で密接な関連がなければならないとか、あげくに自宅でなければならない理由を言えなどと、わけのわからないことを言っているのだ。

 永塚卓古河三高校長の「研修=特権」論もその一例であり、救いがたい自家撞着におちいっている。


教育公務員特例法(昭和24年1月12日法律第1号)


第4章  研修

(研修)

第21条 教育公務員は、その職責を遂行するために、絶えず研究と修養に努めなければならない。

2 教育公務員の任命権者は、教育公務員の研修について、それに要する施設、研修を奨励するための方途その他研修に関する計画を樹立し、その実施に努めなければならない。

(研修の機会)

第22条 教育公務員には、研修を受ける機会が与えられなければならない。

2 教員は、授業に支障のない限り、本属長の承認を受けて、勤務場所を離れて研修を行うことができる。

3 教育公務員は、任命権者の定めるところにより、現職のままで、長期にわたる研修を受けることができる。