あらかじめ計画されていた安全宣伝

2011年3月25日

 

前例のない原子力災害


 東北・関東大震災(東日本大地震)は、地震それ自体による損害より、津波による損害がはるかに甚大であった。津波による人的被害の全貌は、いまだに明らかになっていない。

 そして、地震と津波がきっかけとなって始まった福島第一原子力発電所の事故が拡大しつつ進行し、すでに深刻な段階に突入している。放射性物質のごく一部が排出されただけなのだが、すでに200km以上を隔て、数千万人が居住する首都圏のほぼ全域にまで被害が及んでいる。

 3月11日午後の地震発生直後に、福島第一原子力発電所の発電中の原子炉3基(1号から3号)は「自動停止」したとの報道があったが、地震による電源遮断と津波による予備電源装置の冠水のために冷温停止には至らず、翌12日に1号炉で原子炉本体(圧力容器)から漏出した水素ガスによる爆発が起き、さらに14日には3号炉で一層激しい水素爆発が起きた。翌15日には2号炉の格納容器の一部である圧力抑制室が損傷し、以来、事態は大規模原子炉災害として推移している。

 冷却水循環が停止し、緊急炉心冷却装置(ECCS)も作動しないまま、隣接する3つの原子炉において、圧力容器の圧力と温度が上昇し核燃料の溶融と格納容器の損壊が進行するという前代未聞の原子炉災害である。

 15日には、圧力容器を完全に空にして改造工事中だった4号機で、使用済核燃料貯蔵プールに起因する火災ないし小爆発が起きた。原子炉本体だけでなく、原子炉併設の貯蔵プールの冷却機能が停止(1、2、3、4号)、ないし機能低下(5、6号)した。6基分3998本の核燃料の損傷による放射性物質の排出、さらに「臨界」すなわち核分裂反応の開始による核物質の激烈な拡散のおそれがあるのだ。そればかりか、17日になって、これら全部を上回る6400本の核燃料が敷地内の別のプールに貯蔵されていることが公表された。

 3つの原子炉事故の同時進行でさえ前代未聞であるが、さらに6つの原子炉併設貯蔵プールと、大規模貯蔵プールに対する同時対処が必要になっている。とりわけさしせまって深刻なのが1号から3号の原子炉と1号から4号の貯蔵プールの7つの要素である。そのうちひとつの要素の状態が悪化し、大量の放射性物質の放出や水蒸気爆発等にいたると、現地での活動は全部不可能になる。

 他の6要素も早晩、各個に最終的破綻状態へと移行する。この場合、現在「停止中」の5号、6号も制御不可能となり、あわせて20基分以上の核燃料が、あいついで環境中に放出拡散することになる。そうなれば、“フクシマ”は、“チェルノブイリ”をはるかに超える空前の大規模核災害となるだろう。最悪のシナリオが回避されることを祈るばかりである。


安全・無害論の洪水


 日本の原子力技術は完璧であり、防護と事故防止システムが幾重にも完備しているから、何があっても絶対に大規模災害は起きない、と豪語していた人たち(政府、電力企業、原子炉産業、学会、報道機関)は、こうした破局寸前の状況に意気消沈しているかというとそうではない。

 東京電力は、一基5000億円の原子炉の廃炉を意味する炉内への海水注入を躊躇して初期対応に手間取ったのち、1号機に続いて3号機の水素爆発にいたった14日、全部放棄して撤退することを申し出た。

 政府首脳は、当初、再開をもくろむ東電の事故収拾方針を追認し、ただちにおこなわれたアメリカ合州国政府・米軍の支援申し出を拒絶した(内容不詳だが廃炉を前提とする措置らしい)。14日夜の東電の撤退申し出を受けて、翌朝、首相を本部長とする「統合対策本部」を東電本社内に設置するという異様な挙に及び、ヘリコプターからの散水やデモ弾圧車両による放水を命令して、国民に「もはやこれまでか」と絶望感をいだかせた。

 ちぐはぐな対処がおこなわれるなか、事故のエスカレーションを受けて、政府は避難指示区域(半径20km)と屋内退避指示区域(半径30km)を設定した。30kmは水戸から筑波山までの距離に過ぎず、風下側での放射能雲の襲来を回避しうる距離ではない。日本原子力研究開発機構による測定結果を見ると、14日の3号炉の水蒸気爆発によると思われる放射性物質が、翌15日にかけての北東風によって、日本列島の広い範囲に飛散したことがわかる(下図 www.jaea.go.jp/jishin/moniter.pdf 〔リンク切れ〕 なお、21日の線量増は前日18:30以降2号炉からの排気が海風で拡散したことによるものだろう)。

 こうした状況下、茨城県は3月16日、橋本知事名で、「東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う放射線の影響は心配ありません」と題するメッセージを県のウェブサイトに掲載した。15日の放射線量の急増を知った上での広報である。「福島第一原子力発電所から約80キロメートル離れた北茨城市では、その強さは極めてわずかなレベルとなり、人体への影響は考えられない」と断言するのであるが、その根拠は、一時間あたりの放射線量0.015ミリシーベルトが「1年間に自然界から受ける放射線の量(1.48ミリシーベルト)の100分の1程度」だから心配ないのだというものである。

 これは時給1万5千円の者の収入は、年収148万円のアルバイターの100分の1に過ぎないから低所得者であると言うのとまったく同じである。みえすいた虚言を吐いて恥じない茨城県知事の本質が露呈している。

 1時間あたりの数値が1年あたりの100分の1だというのは、要するに自然放射線の87倍の放射線が観測されたということである(1/100×24時間×365日)。これを人体への影響は考えられないとするのは、意図的に虚偽情報を流す悪質な行為である。


空気・土・水の汚染と食物連鎖


 当初、原発災害はもっぱら福島県内の問題であると思われていたが、19日に茨城県産の野菜の汚染、そして23日に東京の水道水の汚染が明らかになった。東京は福島から220kmの距離にある(新宿区の都庁)。1979年に炉心溶融事故を起こしたスリーマイル島原子力発電所からニューヨークまでの距離である。おそらくこれが原子力発電所事故から巨大都市の安全を確保するためのアメリカン・スタンダードだったのだろう。しかし、そんなものは軽くこえて、土壌に降り注いだ放射性物質のほんの一部が21日から22日にかけての降雨によって河川に流れ込み、取水されて水道水となったのだ。

 大気中に放出された放射性物質は、人や動物によって吸引され、「屋内退避」することのできない土壌・植物・農産物に降り積もる。土壌中の放射性物質は、雨によって一部が河川に流入して水道水となるほか、多くが農産物によって濃縮され、さらに家畜によって濃縮されたうえで人の体内に取り込まれる。牛乳において濃縮が起こるということは、人の乳においても同じことが起こるということだ。

 政府・自治体・報道機関は、「ただちに健康に害を及ぼすものではない」として「冷静な対応」を連呼している。なるほど、サリンガスを吸引してただちに死に至るのと同様の事象が現に起きているのではない。しかし、かりにたった今、福島原発からの放出が完全停止したとしても、すでに排出された放射性物質はチェルノブイリの20%ないし50%に及ぶと推定され、それが相当期間環境中に残留して人体に取り込まれ続けるだろう。事故の展開次第では、今後原発20基分の放射性物質が長期にわたって排出され続けることになる。「ただちに」どうなるかは主要な問題ではない。生涯続く被曝が問題なのだ。


避難指示区域の意味


 避難指示区域はせいぜい30kmまでの拡大にとどまるだろう。避難区域は、放射性物質の拡散状況を気象学的に予測し、人体への影響について医学的に厳密な検討を加えたうえで設定されるのではない。避難指示区域は科学的・医学的根拠に基づいて設定されるのではなく、もっぱら政策的観点から決定されるのである。

 もし50kmに拡大すると、いわき市(人口約34万人)の市街地にかかる。今回アメリカ合州国政府が自国民に退避を勧告した80km(50マイル)となると、福島市(29万人)と郡山市(34万人)が含まれる。避難すべき人口は百万人を上回る。100kmとなると仙台市(78万人)の中心部まで到達する。避難は一時避難ではなく、場合によってはチェルノブイリのように永久に立ち入り禁止となる可能性が高いのだ。広域の避難指示を発令するのは事実上不可能だろう。

 避難が必要な区域ではなく、多少の無理と犠牲はあったとしても避難を命ずることが政策上可能な範囲が「避難指示区域」とされるのだ。ということは、避難区域外だから健康に害がないという論法は、いかにしても成り立たないのである。


被害拡大を少しでも防ぐ


 茨城県のウェブサイト上での知事メッセージは、3月24日現在も掲載され続けている。いつまで放置するのか注目しているのだが、茨城県教育委員会はこのメッセージへのリンクを張ったうえで、「地震関連情報」の冒頭に掲げている(下図)。

 悪夢のような原子力災害を引き起こした組織や人物が、いま必死に、自分も信じていない虚偽の「安全」「無害」を宣伝している。原発は絶対安全だと言っていた自らの罪を免れるための虚言であるが、同時にわれわれが現在とりうる対策の妨げとなり、一層の被害拡大を引き起こすことになるのだ。