「全体の奉仕者」とは何か?

 公立学校の教員については、教育公務員特例法によって国家公務員法第102条が準用され、いわゆる「政治的行為」が包括的に禁止されている。

 

教育公務員特例法 第十八条  公立学校の教育公務員の政治的行為の制限については、当分の間、地方公務員法第三十六条 の規定にかかわらず、国家公務員の例による

 2  前項の規定は、政治的行為の制限に違反した者の処罰につき国家公務員法 (昭和二十二年法律第百二十号)第百十条第一項の例による趣旨を含むものと解してはならない。

 

国家公務員法 第百二条  職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。

 2  職員は、公選による公職の候補者となることができない。

 3  職員は、政党その他の政治的団体の役員、政治的顧問、その他これらと同様な役割をもつ構成員となることができない。

 

 この教育公務員特例法第18条第1項中の「国家公務員の例による」とある部分は、従前は「国立学校の教員の例による」であった。国家公務員である国立学校の教員は国家公務員法第102条により政治的行為の制限を受けているのであるが、地方公務員である公立学校の教員も、同じ教員なのだから同じ制限を受けるべきであるという趣旨である。もっとも、同じく学校教員である私立学校の教員についてはそのような政治的行為の制限は適用されないのであるから、いかにもちぐはぐであるが、教育公務員特例法による準用規定は、一応は学校教員という共通性を準用の根拠らしきものとしていたのである。

 ところが、国立学校の独立行政法人化(2004〔平成16〕年4月)により国立学校教員が非公務員化した時点でその媒介項が消滅し、準用の根拠らしきものが一切消失した。そこで、字句を「国家公務員の例による」と変更する弥縫策をほどこしたうえで、準用規定はそのまま残したのである。

 したがって、公立学校の教員の「政治的行為」の禁止についての検討は、まず国家公務員の「政治的行為」の禁止についての検討としておこなうことにしたい。そのうえで、学校教員であることを理由とする「政治的行為」の禁止の問題として、すなわち教育基本法や学校教育法の解釈運用の検討、さらに公職選挙法における「教育者の地位利用の選挙運動の禁止」の検討としておこなうことにする。

 

 ただし2016年現在、自由民主党は、教育公務員特例法第18条第2項を改正して罰則を設ける方針を掲げることにしたようである。私立学校教員に対する規制強化についても議論しているようである。(産経新聞記事 http://www.sankei.com/politics/news/160510/plt1605100003-n2.html によるものであるが、「義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法」の解釈に誤りがあるので、正確には不明。ページ末尾に記事のスクリーンショット)

 

 

 

1 憲法条文の「全体の奉仕者」規定を「政治的行為」禁止の根拠と誤認する通俗解釈

 

 まず、教育公務員特例法で準用される国家公務員法の規定の妥当性について検討する。第一におこなうべきは、最高法規である日本国憲法に合致するかそれとも背反するかの確認である。

 憲法第15条は、第1項で「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」としたうえで、以下第2項で「公務員」、第3項で「公務員の選挙」、第4項で「選挙における投票の秘密」等について規定している。

 

第十五条  公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

   すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

   公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

   すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

 

 この第1項の「すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」という文言が、公務員の政治的行為の制限・剥奪の根拠とされるのである。最近の例でいうと、選挙権年齢引き下げにあたって文部科学省と総務省が教員向けに作成したパンフレット「私たちが拓く日本の未来・指導資料」(2015年)は、上述の国家公務員法の準用について述べる際に、この第15条の規定を持ち出す。

 

「公務員は,全体の奉仕者であって,一部の奉仕者ではなく,公共の利益のために勤務すべき職責があり,その政治的中立性を確保するとともに,行政の公正な運営の確保を図る必要がある。そのため,国家公務員については国家公務員法において,地方公務員については地方公務員法において,それぞれ政治的行為の制限が規定されている。」

 

 「全体の奉仕者であって、一部の奉仕者でなく、公共の利益のために勤務すべき」であることが、「政治的中立性を確保する」ための「政治的行為の制限」の根拠となるということのようである。特にその趣旨や理由を述べるわけでもなく、この飛躍した論法が、まるで公理のようなものとして通用すると考えているかのようである。しかし、公務員の「政治的行為」の禁止をめぐっては多くの裁判例があり、法曹や法学者による法的検討もさかんにおこなわれている。こんな単純な論法がそのまま通用すると考えているとすれば相当の無知というものである。法的議論の不得意な文部科学省だけでなく総務省も共同著作者として加わっているのに、このような見え透いた論拠をあげるとは、いささか読者(教員)を甘く見ているものと言わなければならない。(総務省はもっぱら選挙に関する項目を執筆したのかもしれない。)

 国家公務員法ならびに地方公務員法による「政治的行為の制限」については(両法では多少内容が異なるが)、憲法が保障する基本的人権の侵害である、すなわち憲法違反であるとするのが法学者の多くの見解である。しかし、公務員に関する憲法第15条の規定それ自体については特段問題とされることはない。憲法学の教科書でも、第15条の「全体の奉仕者」が何を意味するのかについて、立ち入った議論はほとんど展開されていない。公務員法による「政治的行為の制限」の根拠として、この条項がきわめて単純素朴に引用されている状態については、あらためて問題視する必要がある。

 

 

 

2 憲法における「公務員」規定

 

 憲法条文中に現れる「公務員」の語は以下の8か所である。憲法の英訳においては、「公務員」の訳語は、第36条の public officer をのぞき、すべて public official である。

 

第十五条 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

Article 15. The people have the inalienable right to choose their public officials and to dismiss them.

  すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

   All public officials are servants of the whole community and not of any group thereof.

  公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

   Universal adult suffrage is guaranteed with regard to the election of public officials.

  すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

   In all elections, secrecy of the ballot shall not be violated. A voter shall not be answerable, publicly or privately, for the choice he has made.

 

第十六条 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

Article 16. Every person shall have the right of peaceful petition for the redress of damage, for the removal of public officials, for the enactment, repeal or amendment of laws, ordinances or regulations and for other matters; nor shall any person be in any way discriminated against for sponsoring such a petition.

 

第十七条 何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。

Article 17. Every person may sue for redress as provided by law from the State or a public entity, in case he has suffered damage through illegal act of any public official.

 

第三十六条 公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。

Article 36. The infliction of torture by any public officer and cruel punishments are absolutely forbidden.

 

第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

Article 99. The Emperor or the Regent as well as Ministers of State, members of the Diet, judges, and all other public officials have the obligation to respect and uphold this Constitution.

 

第百三条 この憲法施行の際現に在職する国務大臣、衆議院議員及び裁判官並びにその他の公務員で、その地位に相応する地位がこの憲法で認められてゐる者は、法律で特別の定をした場合を除いては、この憲法施行のため、当然にはその地位を失ふことはない。但し、この憲法によつて、後任者が選挙又は任命されたときは、当然その地位を失ふ。

Article 103. The Ministers of State, members of the House of Representatives, and judges in office on the effective date of this Constitution, and all other public officials, who occupy positions corresponding to such positions as are recognized by this Constitution shall not forfeit their positions automatically on account of the enforcement of this Constitution unless otherwise specified by law. When, however, successors are elected or appointed under the provisions of this Constitution they shall forfeit their positions as a matter of course.

 

 この official(s) は、このほか、次の3か所に現れる(第78条は除く)。

 

第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。〔第五号以外は略〕

Article 7. The Emperor, with the advice and approval of the Cabinet, shall perform the following acts in matters of state on behalf of the people:

 

 五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。

 Attestation of the appointment and dismissal of Ministers of State and other officials as provided for by law, and of full powers and credentials of Ambassadors and Ministers.

 

第五十八条 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。

Article 58. Each House shall select its own president and other officials.

 

第九十三条 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。

Article 93. The local public entities shall establish assemblies as their deliberative organs, in accordance with law.

  地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。

   The chief executive officers of all local public entities, the members of their assemblies, and such other local officials as may be determined by law shall be elected by direct popular vote within their several communities.

 

 public official と public officer は、どちらも「公務員」ないし「役人」のことである。英和辞典では、ニュアンスの違いとして、 officer が「高い地位にある」もので、 official がそれより「下位」のものであると説明している(『ジーニアス大英和辞典』)。しかし、憲法条文上は、official は天皇がその信任状を認証する(第7条)とか、直接選挙される(第93条)など、むしろ「高い地位」にある者を指している。あえて一箇所だけ用いられている officer は、「拷問及び残虐な刑罰」を加えることをしかねない職にある者であって「高い地位」にある者ではないだろうから、どちらかというと「高い地位」と「下位」のニュアンスは逆のようである(もっとも、直接手をくだすのではなく、命令したりそのような運用方針をつくって「拷問及び残虐な刑罰」をやらせる場合には、「高い地位」にある者でもありうる)。しかし、ここでは英訳の場合の単語の違いには過度に拘泥せず、英訳では public officer も含めて、全体が public official とされていることを確認するだけにする。

 以下、「公務員 public official 」の意味内容がどのように規定されているかを検討する。これは、この憲法上の規定と、それに基づくはずの公務員法制や選擧法制、政党法制が整合的であるかどうかの検討の前提となる。

 

 

 

3 「成年者による普通選挙」によって選定される公務員

 

 「公務員 public official 」について規定する上記の第15条から第36条までは、「第3章 国民の権利及び義務 rights and duties 」に置かれている。「公務員 public official 」が「全体の奉仕者 servants of the whole community 」であるというのは、「公務員 public official 」を選定 choose 、罷免 dismiss するのは国民の固有の権利 inalienable right であるとする規定に関連して述べられる。憲法は、たとえば国会議員 members of each House であったり、大臣 Ministers of State であったり、裁判官 judge であったりする公務員について、それぞれ「第4章 国会 the Diet 」、「第5章 内閣 the Cabinet 」、「第6章 司法 Judiciary 」においてそのように規定しているわけではない。

 どういうことかというと、第15条は、国民が「公務員 public official 」を選定または罷免する権利について規定したうえで、そのように選定(または罷免)される公務員は「全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない」としているのである。「成年者による普通選挙」によって選定される公務員は「全体の奉仕者」であるというである。

 この規定は、ドイツのいわゆるワイマール憲法(1918年)の第130条を範としている(初宿〔しやけ〕正典訳、『ドイツ憲法集』信山社)。

 

第130条 公務員は、全体の奉仕者であって、一党派の奉仕者ではない。〔以下略〕

 

 「成年者による普通選挙」によって選定された公務員は、たとえある政党の党員であったとしても、その一政党の利害にのみ忠実に行動することは許されず、国民「全体」の共通の利益、公益のために行動しなければならない、という意味である。「全体の奉仕者」であることが、「政治的行為」の禁止の根拠となるなどということが到底ありえないことはあきらかである。

 あるいはまた、とりわけ国会議員についていうなら、国民主権の原則に照らすならば国会議員は一選挙区の代表なのではなく全国民を代表する、という趣旨である。しかも国会議員の各々が代表なのではなく、一人格としての国会(議院)が一人格としての国民 nation の代表 representative なのである(杉原泰雄『国民主権の研究』1971年、岩波書店)。選出選挙区にだけ奉仕する、ましてや、自己に投票した有権者にだけ奉仕することなど到底許されないのである。これを別のことばで表現したものが、「一部の奉仕者」であってはならず、「全体の奉仕者」でなければならない、ということなのである。

 「全体の奉仕者」であるというのは、放っておいても自然にそうなるというものでなく、憲法が「公務員」に対して、規範を与えているというものである。放っておけば、一党一派に偏し、特定の地域、特定の集団のみの利益のために行動しかねないので、「全体の奉仕者」でなければならないという厳然たる規範を与え、その遵守を義務づけているのである。

 「全体の奉仕者」でなければならないというのは、けっして抽象的に心構えを説諭しているだけというものではない。およそあらゆる意味合いにおいて、「公務員」たる者に、厳正なる義務を課するものなのである。自分一個や一族郎党、知己親類郷党だけのために振る舞うなど言語道断であるが、一選挙区や支持者の局限された利害、あるいはある特定の集団・階級・階層、特定の業界・分野だけをもっぱら重視することは許されず、全国民のあらゆる利益の維持増進のために専心努力することを義務づけているのである。たとえ、特定政党の一員あるいはその役員であったとしても、その一党一派の事柄だけを顧慮するようなことは到底許されないというのである。

 とりわけ憲法に対する態度としては、厳格なる憲法尊重擁護義務を負うということである。

 

第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

Article 99. The Emperor or the Regent as well as Ministers of State, members of the Diet, judges, and all other public officials have the obligation to respect and uphold this Constitution.

 

 第99条の規定は、英文では A as well as B の構文となっていて、(B)公務員と同様に(A)天皇・摂政に憲法尊重擁護義務を課す文法構造になっているが、それはさておき、公務員については、「その他の公務員 all other public officials 」をも含めてではあるが、なにより「国務大臣 Ministers of State 、国会議員 members of the Diet 、裁判官 judges」という行政・立法・司法の三権の中枢をになう公務員について述べているのである。

 以上のとおり、第15条における「全体の奉仕者」としての公務員とは、「国民固有の権利」にもとづき「選定」「罷免」される、具体的には「成年者による普通選挙」の対象となる者としての「公務員」のことである。

 国会議員が「成年者による普通選挙」の対象となることは論をまたない。内閣総理大臣以下の大臣は、少なくとも半数以上は国会議員であるから「成年者による普通選挙」の対象である。裁判官については最高裁判所判事は国民審査の対象となる。国民は「選定」には直接携わらないが直接「罷免」することはできる。しかし、最高裁判所判事以外の裁判官は対象ではないし、国会議員でない国務大臣も「成年者による普通選挙」の対象とはならない。このように100%ではないが、「国務大臣 Ministers of State 、国会議員 members of the Diet 、裁判官 judges」は、一応「成年者による普通選挙」の対象となるとみてよいだろう。

 

 

 

4 「成年者による普通選挙」の対象とならない公務員

 

 憲法第15条に関しては、「成年者による普通選挙」の対象とならない公務員が存在することをどう考えればよいかという問題が生ずる。

 「国家公務員法」「地方公務員法」で「公務員」とされるすべての者が「成年者による普通選挙」によって選定されるわけではない。むしろ「成年者による普通選挙」によらない公務員の方が数は圧倒的に多い。憲法第15条は、国民の公務員を選定し罷免する権利を規定したうえで、その選挙は「成年者による普通選挙」であるとするのであるが、「成年者による普通選挙」によらない数百万人の公務員が存在するのである。その最大勢力が公立学校の教員である。

 憲法第15条は、国民が「成年者による普通選挙」によって「全体の奉仕者」たる「公務員 public official 」を選定(または罷免)する権利について規定しているだけであり、国家機関すなわち中央政府と地方政府に雇用されている、それ以外の職員について述べているわけではない。この数百万人の労働者は、今日「公務員」と呼ばれるのであるが、それは憲法第15条にいう「全体の奉仕者」たるべき「公務員 public official 」とは異なるものである。

 たとえていえば、憲法第15条は、株式会社の役員について規定しているのであって、役員会の支配に服する一般従業員について規定しているのではない。すなわち、役員会を構成する取締役は株主総会によって選定または罷免されるのであり、取締役は「株主全体の奉仕者」であって、「一部株主の奉仕者」ではない。その取締役会の支配に服する一般従業員は株主が直接に選挙(選定または罷免)するわけではない。

 中央政府と地方政府に雇用される労働者は「成年者による普通選挙」の対象となる公務員とはまったく別個の存在である。「成年者による普通選挙」の対象となる公務員から完全に隔絶したところに、紛らわしくもおなじく「公務員」と呼ばれる、中央政府や地方政府に雇用される労働者が存在するのである。これがすなわち、国家公務員法や地方公務員の適用対象となる一般職の公務員である。

 

 

 

5 特別職と一般職

 

 国家公務員法は、第2条第1項で、「国家公務員の職は、これを一般職と特別職とに分つ」とし、一般職とは特別職ではない者だとしたうえで、第3項で特別職を次のとおり列挙して規定する。

 

一  内閣総理大臣

二  国務大臣

三  人事官及び検査官

四  内閣法制局長官

五から八 〔略〕

九  就任について選挙によることを必要とし、あるいは国会の両院又は一院の議決又は同意によることを必要とする職員

十  宮内庁長官、侍従長、東宮大夫、式部官長及び侍従次長並びに法律又は人事院規則で指定する宮内庁のその他の職員

十一  特命全権大使、特命全権公使、特派大使、政府代表、全権委員、政府代表又は全権委員の代理並びに特派大使、政府代表又は全権委員の顧問及び随員

十一の二  日本ユネスコ国内委員会の委員

十二  日本学士院会員

十二の二  日本学術会議会員

十三  裁判官及びその他の裁判所職員

十四  国会職員

十五  国会議員の秘書

十六  防衛省の職員(〔略〕)

十七  〔略〕

 

 この特別職の公務員の多くが憲法第15条にいう「公務員 public official 」に相当する。

 もちろんすべてが選挙で選ばれる者ではない。国務大臣の半数以下は国会議員でなくてもよいし、国民審査を受ける裁判官は最高裁判所の裁判官だけである。しかし、上述のとおり、一応、国務大臣と裁判官は、国民がその選定・罷免の権利を行使しうる者としておく。

 そのほか、行政権による支配を受けることになると三権分立に反することになるので、14号の国会職員や15号の国会議員の秘書、さらに13号の裁判官及びその他の裁判所職員は一般職の国家公務員ではないとされる。第12号と第12号の2などについては、学問の自由との兼ね合いで行政権の支配下から外すという趣旨だろう(防衛省の職員が除外されるという注目すべき規定もあるが、今ここで検討するのは省略する)。

 


少々古いが、一般職と特別職の人数等に関して、「国家公務員制度改革推進本部」2008〔平成20〕年7月11日設置、2013「平成25〕年7月10日設置期限満了の資料(2008〔平成20〕年)をかかげる。

http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/ https://twitter.com/koumuin_kaikaku

 

*資料1 国家公務員の数と地方公務員の数(http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/kentou/dai1/sankou5.pdf


*資料2 国家公務員の一般職と特別職の人数と適用される法律の表(http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/kentou/dai1/sankou15.pdf

国会議員を「その他特別職」に含めているのかどうかは不明。審議会の委員等の非常勤の者は一切含まれていないようで、総数は一切不明。



*資料3 地方公務員の一般職の人数と適用される法律、特別職に適用される表

http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/kentou/dai1/sankou16.pdf

特別職の人数は書かれていない。審議会の委員等の非常勤の者は一切含まれていないようで、総数は一切不明。



 

 さきほどの国家公務員法第2条第3項の次で、第4項と第5号は次のとおり規定する。

 

   この法律の規定は、一般職に属するすべての職(以下その職を官職といい、その職を占める者を職員という。)に、これを適用する。人事院は、ある職が、国家公務員の職に属するかどうか及び本条に規定する一般職に属するか特別職に属するかを決定する権限を有する。

   この法律の規定は、この法律の改正法律により、別段の定がなされない限り、特別職に属する職には、これを適用しない。

 

 特別職には国家公務員法は適用されない。国家公務員法とは、一般職の国家公務員にだけ適用される法律なのである。

 以上のとおり、国家公務員法は憲法第15条にいう「公務員 public official 」を「特別職」と称して国家公務員法の適用対象から除外する。要するに、国家公務員法の適用対象となる一般職の国家公務員は、憲法第15条にいう「公務員 public official 」とはまったく別物なのである。とりわけ、第3項の第九号のとおり、わざわざ選挙で選ばれる者を除外するとしている以上は、国家公務員法にいう一般職の公務員は、憲法第15条にいう「公務員」ではないことを、その本質とするというほかない。

 以上のとおりの憲法条文の解釈にもとづいて、ここでは仮に、憲法第15条にいう国家公務員を「15条国家公務員」と呼称し、それ以外の一般職の国家公務員を「国家公務労働者」と呼称することにする。地方公務員についても、条文等は省略するが、同様にして、憲法第15条にいう地方公務員を「15条地方公務員」と呼称し、それ以外の一般職の地方公務員を「地方公務労働者」と呼称することにする。そして、国家公務員と地方公務員をあわせて、憲法第15条にいう国家公務員と地方公務員を「15条公務員」と呼称し、それ以外の一般職の国家公務員と地方公務員を「公務労働者」と呼称することにする。

 

 

  憲法 公務員法
「15条公務員」 「全体の奉仕者」としての公務員 public official 特別職の公務員
「公務労働者」 特段の規定なし 一般職の公務員

 

 

 

6 公職選挙法における「公職」

 

 「15条公務員」と「公務労働者」という仮の名称を与えたが、「公務労働者」と区別される「15条公務員」は、公職選挙法において「公職」とされるもののことである。

 公職選挙法は、「衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長の選挙について、適用」(第2条)される法律であるが、第3条で、「公職」をつぎのとおり規定する。

 

この法律において「公職」とは、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長の職をいう。

 

 公職選挙法にいう「公職」とは憲法第15条にいう「公務員」のことである。ただしその全部ではないが、少なくとも立法、行政、および地方自治における枢要部分はそこに含まれる(枢要部分で含まれないのは裁判官である)。憲法で「公務員」とされているものを、そのまま選挙制度をさだめた法律のなかで「公務員」と呼称したりすると、「公務労働者」すなわち一般職の国家公務員および地方公務員との区別がつかなくなってしまう。そのため憲法上の公務員を、選挙法ではもはや「公務員」と呼称することはできない。公務員法では、特別職と一般職という区分でかろうじて混同を回避したものの、まさか「特別職公務員選挙法」などとするわけにもいかず(?)、選挙法では「公職」という新語をつくってごまかしたのである(それが公務員法に逆反射して「職員は、公選による公職の候補者となることができない」〔冒頭に引用した国家公務員法第102条第2項〕という規定になる)。

 

  憲法 公職選挙法 公務員法
「15条公務員」 「全体の奉仕者」としての公務員 public official 公職 特別職の公務員
「公務労働者」 特段の規定なし 公務員 一般職の公務員

 

 

 

7 「15条公務員」と峻別される「公務労働者」の政治的権利剥奪

 

 国家公務員法・地方公務員法と公職選挙法は、15条公務員と公務労働者とを峻別した上で(公務員法では「特別職」と「一般職」として、選挙法では「公職」と「公務員」として)、後者の政治的権利を徹底して剥奪する。すなわち、公務労働者の公職への立候補禁止と選挙運動の包括的な禁止である。もちろんこれは、公務員法制と選挙法制によるものであり、憲法上にその根拠があるということではない(根拠がないどころか、憲法に違反するのである)。

 まず、公職選挙法における公務員の公職への「立候補制限」すなわち立候補禁止である。

 

第八十九条  国若しくは地方公共団体の公務員又は行政執行法人(〔略〕)若しくは特定地方独立行政法人(〔略〕)の役員若しくは職員は、在職中、公職の候補者となることができない。ただし、〔以下略〕

 

 つまり、「公務員は、公職の候補者となることができない」とは、ようするに「公務労働者」は「15条公務員」になることができないということである。権利の制限ということでいえば被選挙権の剥奪ということである。

 もっとも、立候補の届出が受理されないということではなく、無理にでも立候補することはできる。そして、そのようにして在職のまま立候補すると「その届出の日に当該公務員たることを辞したものとみな」(公職選挙法第90条)されるのである。同じことだが、辞職すれば立候補できるのであるから、立候補できないわけではない。しかし、もし当選すればよいが、落選した場合には復職することはできないから、失業者になり収入がなくなる。立候補の制限がなされていなければ、立候補した時点で有給休暇を取得して選挙運動をしてもよい。たとえば有給ないし無給の休職が許可されれば、落選すればすぐ休暇明けか休職明けだとして復職できる。当選すれば退職してもいいが、その「公職」を離れるまで無給の休職が許可されれば、数年後に任期を終えた時点で復職することもできる。私企業の従業員(いわゆる会社員)の場合、企業によってこのような扱いをする場合もあるし(公務員同様に制限する場合もあるが)、まして「自営業」であれば一切の制限はない。その意味で、公職選挙法による公務員(公務労働者)の立候補制限は、まさに完全な立候補禁止である(このような公務員法と公職選挙法の規定は、あきらかに憲法違反である)。

 「15条公務員」については、このような立候補禁止措置は課されない。上の公職選挙法第89条第1項のただし書き以下と第2項はつぎのとおりである。

 

〔……〕ただし、次の各号に掲げる公務員(〔略〕)は、この限りでない。

一  内閣総理大臣その他の国務大臣、内閣官房副長官、内閣総理大臣補佐官、副大臣、大臣政務官及び大臣補佐官

二から五 〔略〕

 2  衆議院議員の任期満了による総選挙又は参議院議員の通常選挙が行われる場合においては、当該衆議院議員又は参議院議員は、前項本文の規定にかかわらず、在職中その選挙における公職の候補者となることができる。地方公共団体の議会の議員又は長の任期満了による選挙が行われる場合において当該議員又は長がその選挙における公職の候補者となる場合も、また同様とする。

   〔略〕

 

 以上のとおり、憲法第15条にいう「公務員」は、一般職の国家公務員や地方公務員とはまったく異質である。「15条公務員」は、「成年者による普通選挙」で選ばれる者が中心であるが、「公務労働者」すなわち一般職の国家公務員や地方公務員は、その職自体も選挙によるものではないし(全部をそのようにすることは実際上不可能であるし、また妥当でもないだろう)、「15条公務員」すなわち「公職」の選挙に立候補することすらできない。「公務労働者」は、いかなる意味でも「15条公務員」との関連性をもたない。

 

 これだけでは、公務労働者(一般職の国家公務員と地方公務員)の政治的権利のうち被選挙権を剥奪しただけであるが、公務員法制と選挙法制は、さらに踏み込んで公務労働者のそれ以外の政治的権利を包括的に(国家公務員と地方公務員では多少異なるが)剥奪している。そして、このうち学校教員については(国家公務員の学校教員は非公務員化したが)教育法制によっても同様に政治的権利を包括的に剥奪しているのであるが、これらについては、別項で検討することにする。

 


まえがきで言及した産経新聞記事