被曝専門医山下俊一の謬論

2011年4月10日

「風評被害」のまやかし


 2011年3月21日、福島第一原子力発電所から放出・拡散した放射性物質によって福島県産の牛乳と茨城県産のホウレンソウの汚染が明らかになった。かなりゆるく設定された厚生労働省の「暫定規制値」さえ、一挙に上回ってしまったのだ。政府は、十分な幅をとってあるので大丈夫だろうと高をくくっていたようだが、「想定外の」顕著な汚染が進行し始めたのである。

 政府・地方行政当局・報道機関などの原子力発電推進勢力は、放射性物質による農産物の汚染に直面した国民の反応に対して「風評被害」というレッテルを貼りつけ、その抑制をはかろうとしている。「被害」というからには加害者がいるはずだが、原発推進勢力は、放射性物質で汚染された食品の摂取をおそれる国民の当然の反応をあたかも犯罪であるかのように描き出し、国民を加害者として断罪している。放射性物質による食品汚染は、国策として進められてきた原子力発電が原因となってもたらされた結果である。生産物を放射性物質によって汚染されてしまった農家と、安心してたべることのできる農産物を奪われた国民は被害者であり、放射性物質を大量に放出した事業者の東京電力株式会社と日本国政府が加害者である。


原発推進派知事の動き


 放射性物質による水や食料の汚染という由々しき事態にいちはやく対応したのが茨城県知事橋本昌である。全国一の原子力施設群をもつ茨城県の知事として、橋本は被害者である茨城県の農家と国民のためではなく、加害者である東京電力と政府を免罪し、福島原発事故によって国策としての原子力発電推進政策が挫折するのを阻止するための行動にとりかかった。

 橋本は、食品汚染があきらかになる前の16日の時点で県のウェブサイトに「東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う放射線の影響は心配ありません。」と題するメッセージを掲載した。そして、21日には何の根拠も示さずに「雨が降っても健康に影響はありません」(www.pref.ibaraki.jp/important2/20110311eq/20110321_12/ リンク切れ)と断言するメッセージを追加掲載した。

 21日から22日にかけての降雨の後、東京や茨城で水道水からWHOの規制値(10Bq/kg)の10倍にあたる乳児の「暫定規制値」である100Bq/kgを大幅に超える、200Bq/kg前後の放射性ヨウ素が検出された。雨水には高濃度の放射性物質が含まれていたのである。

 「健康に影響はありません」という橋本の断言は大嘘だったことがあきらになったのだが、4月9日現在もそのままである。

 なお、茨城県教育委員会のウェブサイトは、雨水の顕著な汚染があきらかになった後の24日ないし25日になって「雨が降っても健康に影響はありません」へのリンクを表示した。思慮と責任感に欠ける行為である。

 3月25日、県知事橋本昌は上京し厚生労働大臣・農林水産大臣・国土交通大臣らと面会し要望書を提出した。そのうち、厚生労働大臣への要望書では次のとおり要求している(www.pref.ibaraki.jp/important2/20110311eq/20110325_22/files/20110325_22a.pdf リンク切れ)。

 

「暫定規制値については非常に厳しい基準となっており、混乱の一因ともなっているため、早急に見直すこと。例えば、野菜類の規制値は2000Bq/kg以下とされているが〔……〕適切に改訂を行うこと。」

 

 2000Bq/kgが「非常に厳しい基準」だと断定し、規制値を引き上げろということは、結局のところ放射性物質で汚染された農産物の流通を促進し、国民に食べさせるべきだというのだ。

 原発からの放射性物質放出は、大気中だけでなく、海や地下へも広がり、その量は拡大の一途をたどっている。水蒸気爆発やチャイナ・シンドロームなどの激烈な事象が起きれば一切の作業が不可能になり、原発20基分の放射性物質が放出するのを座視する最悪の状況となるが、その可能性はまだなくなってはいない。一応の「安定化」のめどもたっていない。口をつぐんでいるが、津波以前に地震で施設全体が致命的に損壊していたことは明白で、放射性物質の大規模な拡散はすくなくとも今後数十年間にわたって続くだろう。海の汚染は全地球的規模で進み、土壌汚染は日本列島において集中的に進行する。水、農産物、家畜の汚染はすでに半永久的なものとなった。

 しかし汚染がどんなに進行したとしても、原発推進勢力にたいする責任追及がおこなわれないようにしたい。そのためには、食料汚染が起きていないことにしたい。すでに汚染は始まってしまったが、規制値改訂によって一挙に「終息」させ、「安全宣言」を出したい。これが3月25日の茨城県知事橋本昌の行動の根本動機なのである。

 厚生労働省は、いまのところ「暫定規制値」の改訂には踏み切っていないが、今後汚染が一層進行すれば緩和の圧力が強まり、規制値の「見直し」がおこなわれる可能性がある。


放射線被曝を容認する医師


 事故発生直後には、テレビなどで原子力工学関連の「専門家」たちが憶測にもとづいて無責任な発言を続けた。水や食料の汚染が明らかになって以降は、原発推進勢力が動員する医師たちが「安全」キャンペーンの担い手として登場した。彼らは、福島第一原子力発電所から放出・拡散した放射性物質による健康被害と農産物の汚染についてどのように語っているのだろうか。

 福島県は原発事故発生直後、長崎大学教授の山下俊一を「放射線健康リスク管理アドバイザー」に任命した。山下は3月18日から25日まで福島で活動した。次は、福島県で牛乳から「暫定基準値」を超える放射性ヨウ素が検出され、出荷停止となった翌日の3月22日に雑誌社の取材を受けた際の発言である(『日経ビジネスオンライン』、business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110323/219112/ 2015年7月時点でも削除されていない)。

 

「『暫定規制値』というのは、一生食べ続けても何の影響も出ない数値です。未然防止の観点で作ったもので、安全サイドに立った数値なのです。ですから、今のレベルなら暫定規制値を超えた食品を、飲んだり食べたりしていても、健康に影響を及ぼすことはありません。」

 

 牛乳の場合、厚生労働省が設定した300Bq/kgは、WHOの基準の30倍である(本紙第1029号参照)。その「暫定規制値」について「一生食べ続けても何の影響も出ない」とか、挙げ句に「暫定規制値」を超えても「健康に影響を及ぼすことはありえません」とまで言う。支離滅裂で問題外の発言である。

 次は、福島県のアドバイザーとして「放射線と私たちの健康との関係」と題する講演をおこなった際の発言である(動画は福島県のウェブサイト、wwwcms.pref.fukushima.jp/に掲載〔リンク切れ〕。これを書き起こしたものが、ameblo.jp/kaiken-matome/entry-10839525483.html)。

 

「放射線の影響は、実はニコニコ笑ってる人には来ません。クヨクヨしてる人に来ます。これは明確な動物実験でわかっています。酒飲みの方が幸か不幸か、放射線の影響少ないんですね。決して飲めということではありませんよ。笑いが皆様方の放射線恐怖症を取り除きます。」

 

 放射線恐怖症なる新しい疾病を捏造したうえで、放射線の影響を放射線恐怖症にすり替え、ニコニコ笑えという無意味なアドバイスである。


酪農の実態を知らずに安全宣言


 しかし山下は法螺ばかり吹いているわけにもいかない。放射線被曝の「専門家」としての具体的発言が求められているのだ。牛乳の汚染経路について、こう述べる(前掲『日経ビジネスオンライン』)。

 

「牛が食べる餌の量はべらぼうに多い上、牧草と一緒に周囲の土も食べています。しかも、甲状腺だけにたまるのではなく、牛乳に濃縮される傾向があります。牛乳中の放射能は、餌や土に降り注いだ放射線のほか、牛が呼気で吸入した分もありそうです。」

 

 ところが、前述の山下の講演の聴衆のなかに福島市飯野(原発から約50km)の酪農家がいて、次のとおり指摘した。

 

「牛と人が共通しているのは空気と水。あと、えさがあると思うんですが、殆ど屋根のかかる所においてある牧草であるとか、配合飼料を食べます。ですから、大地に生えてる草を食べることは、今は全くないんです。ですから、降下物ということであれば、空気と水は人と同じなんですね。」 

 

 牛乳の汚染原因に関する山下の分析は、放牧された牛が汚染された牧草と土を食べて放射性物質を取り入れたとする誤った想定に基づくものだった。人間は牧草と土を食べないから安全だと言いたいのだろうが、酪農家からの指摘により山下の主張は崩れた。住民の放射線被曝、とりわけ母乳の放射能汚染が懸念される状況なのだ。この日、山下は酪農家のこの指摘に一切返答せず次の質問に移ってごまかした。

 この講演は3月21日におこなわれたものだが、その翌日、『日経ビジネス』の取材を受けた際、山下は、前述のとおり「牧草と一緒に周囲の土も食べています」と、またも述べた。山下は自分の説が、酪農に関する無知にもとづく根拠のないものであることを講演会場で暴露されたのに、何の反省もなく事実に反する発言を続けているのだ。人の生命を守るべき医師山下俊一は、たんに無知なのではなく、意図的に虚偽を言いふらしているのだ。

 長崎大学教授山下俊一は、原子力安全委員会の下部組織である「被ばく医療分科会」の主査として、ヨウ素剤服用の基準を定めた人物である(www.jaif.or.jp/ja/news/2001/2104-2-7.html)。被爆地長崎で原爆被爆について研究している医師と聞くと、誰もが放射線被ばく被害者の味方だと思ってしまうが、それはとんでもない誤解である。

 医師山下俊一は、想像を絶する恐るべき環境破壊をもたらし、日本国民だけでなく全世界の人々の放射線被爆を招いた罪深い原発推進勢力に属する人物であり、その免罪のために根拠のない楽観論を振りまく任務を与えられ、主犯の原子力委員会によって共犯者の福島県庁に派遣され活動したのだ。