「政治的行為」とは何か 2

3 「人事院規則14−7」と「運用方針について」の逐条検討 (その2)

 

  ひきつづき、「人事院規則14−7」の全項目の検討をおこなう。

 引用は、左側(「規則」)が「人事院規則14−7」、右側(「運用方針」)が同規則についての人事院による運用通達(昭和24年10月21日、法審発第2078号、人事院事務総長発「人事院規則14―7(政治的行為)の運用方針について」)。

 

 

(に)公務労働者のすべての対人関係の監視・摘発



規則

2  法又は規則によつて禁止又は制限される職員の政治的行為は、すべて、職員が、公然又は内密に、職員以外の者と共同して行う場合においても、禁止又は制限される。

 

 

3  法又は規則によつて職員が自ら行うことを禁止又は制限される政治的行為は、すべて、職員が自ら選んだ又は自己の管理に属する代理人、使用人その他の者を通じて間接に行う場合においても、禁止又は制限される。

 

運用方針

 (4) 第2項は、職員が単独で又は他の職員と共同して行う場合だけでなく、職員以外の者と共同して行う場合でも、禁止又は制限されることを明らかにしたものである。この場合、「共同して行う」とは、職員が共同意思を単独で又は他人と共に実行に移すことをいう。

 

 (5) 第3項は、職員が自ら選んだ又は自己の管理に属する代理人等を通じて間接に行う場合でも、その行為を行わせた職員に適用されることを明らかにしたものである。自ら選んだ又は自己の管理に属する者が職員であるか否かは問わない。「自ら選んだ」とは、明示であると黙示であるとを問わず、自らの選任行為があつたと認定されることをもつて足り、「自己の管理に属する」者とは、監督等の原因により通常本人の意思に基いて行為をなすべき地位にある者をいう。たとえば、部下、雇人等のような者である。「その他の者」とは、自ら選んだ又は自己の管理に属する者で代理人又は使用人以外の者をいう。「通じて間接に行う」とは、自己の意思を他人によつて実行に移すことをいう。

 




 規則第2項(アラビア数字「2」)では、❶「公然又は内密」、❷「単独又は他の職員と共同」ならびに「職員以外の者と共同」のふたつの要件らしきものを挙げている。

 ひとつめの❶「公然又は内密」という要件を、次にみる「勤務時間内」だけでなく「勤務時間外」にも適用されるという規定とあわせると、次のような2次元構造になる。

 これに、❸ 職員が単独で行う場合と、職員以外のものと共同して行う場合の違い、さらに ❹ 職場で行う場合と職場外で行う場合の違い、さらに ❺ 職員が直接に行う場合と、代理人・使用人・その他のものを通じて間接に行う場合の違い、を勘案すると5次元構造になるのだが、ここでは❶と❷の2次元構造として検討する。

 

 

  公然 内密
勤務時間内 勤務時間内に公然とおこなう政治的行為 勤務時間内に内密でおこなう政治的行為
勤務時間外 勤務時間外に公然とおこなう政治的行為 勤務時間外に内密でおこなう政治的行為

 

 まず、「勤務時間内」に「公然又は内密」におこなう場合について検討する。いうまでもないことであるが、「勤務時間内」に定められた職務内容以外の行為をおこなうことは、それがいかなるものであれ(「政治的行為」であろうがなかろうが)、すでに国家公務員法第101条の「職務専念義務」に反する。

 

国家公務員法
第百一条  職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、官職を兼ねてはならない。職員は、官職を兼ねる場合においても、それに対して給与を受けてはならない。

   前項の規定は、地震、火災、水害その他重大な災害に際し、当該官庁が職員を本職以外の業務に従事させることを妨げない。

 

 「勤務時間内」の「政治的行為」については、「人事院規則」であらためて規定する必要性はもともとないのである。必要がある、と言い張るようなことをすると、それは国家公務員第101条の規定が効力を有しないと言うも同然である。これは、「政治的行為」に限ったことではない。勤務時間内に競馬新聞を読むことは、公然とおこなうか内密でおこなうかにかかわらず職務専念義務に反するものであり、改めて何らかの就業規則を設けたり、端的に「人事院規則」で制限・禁止する必要はない。勤務時間内に小説を読むことは、公然とおこなうか内密でおこなうかにかかわらず職務専念義務に反するものであり、改めて何らかの就業規則を設けたり、端的に「人事院規則」で制限・禁止する必要はない。勤務時間内にゲーム機でゲームに興ずることは、公然とおこなうか内密でおこなうかにかかわらず職務専念義務に反するものであり、改めて何らかの就業規則を設けたり、端的に「人事院規則」で制限・禁止する必要はない。同様に、「政治的行為」をおこなうことは、公然とおこなうか内密でおこなうかにかかわらず職務専念義務に反するものであり、改めて何らかの就業規則を設けたり、端的に「人事院規則」で制限・禁止する必要はない。

 必要はかもしれないが、そうしたっていいではないか、念のために規則で規定して何が悪い、などというとしたら、競馬新聞・ゲーム機はもちろん、読書・考え事・雑談・居眠りなどなどおよそ考えうるすべての事柄について規定すべきことになる。そんなことをすれば明記したものと書き洩らしたものの差異も問題になるから、中途半端なことはできないことになる。「人事院規則14−7」がおこなっていることは、そのような中途半端の典型であり、法令の末席をけがす「人事院規則」としては、いかにも不体裁で失当である。

 「勤務時間外」については、次項(ほ)で検討する。

 

 ふたつめの要件である❷「単独又は他の職員と共同」ならびに「職員以外の者と共同」は、第3項(アラビア数字「3」)の規定とあわせて、単独の場合のほか、他人との関連を有する行為の全部について制限・禁止の対象とするということである。およそあらゆる場合を漏れなくカバーしようとして、「運用方針」は極度の執着心の発露を見せる。

 「使用人」などというものを一般職の国家公務員(「職員」、公務労働者)がもつことは到底ありえないが、あるいは、法人である職員団体が雇用する「書記」などの被雇用者を想定して規制するするためのものかもしれない。

 次の「監督等の原因により通常本人の意思に基いて行為をなすべき地位にある者をいう。たとえば、部下、雇人等のような者」とは、地方公務員法第36条第3項の「又は」以下と同旨のもののようである。

 

地方公務員法

第三十六条

   何人も前二項に規定する政治的行為を行うよう職員に求め、職員をそそのかし、若しくはあおつてはならず、又は職員が前二項に規定する政治的行為をなし、若しくはなさないことに対する代償若しくは報復として、任用、職務、給与その他職員の地位に関してなんらかの利益若しくは不利益を与え、与えようと企て、若しくは約束してはならない。

 

 代理人選任行為については、「黙示」であっても選任行為があったとみなすという。通例の行政上の手続きで、「黙示」の代理人選任届?などしようものなら要件不備として決して認めないのに、ずいぶんなご都合主義ぶりである。これに限らずさまざまの行政上の手続きで、すこしでも記入漏れがあったりすれば絶対に受理せず、押印もれなど決して許さないのが嘘のようである。刑事罰や懲戒処分の対象となる行為について、「黙示」であろうと何だろうと構わないとする安易さは失当である。

 こんなことで刑事裁判の公判が維持できると思っているわけではないようだ。あらかじめ結論めいたことをいうと、「人事院規則14−7」は、実際に運用してどしどし摘発処罰するためのものというより、刑事罰や懲戒処分の閾の低さを見せつけて予防効果をあげるためのものなのだから、犯罪の構成要件は限りなくゆるゆるに設定されているのである。

 とどめが「その他の者」で、要するに誰であれ関係があると任命権者が認定しさえすれば、「共同」して政治的行為をおこなったとみなすというのである。「代理人」や「使用人」以外にどのような者があるというのかよくわからないが、どうせ世界中の人間が対象となりうるなら、わざわざ「代理人」とか「使用人」について言及する必要すらなかったわけである。この調子だと、「それ以外の者」には、まさか架空の人物は含めないだろうが、生存する者だけでなく生存していない者も含むとか、はては自然人だけでなく法人も含むなどと言い出しそうである。

 「内密」でおこなう行為についても、刑事罰や懲戒処分の対象とするとなると、その行為の違法性が明確でなければならないのであるが、この点については次の項目(ほ)で検討する。

 

 

(ほ)公務労働者の全生活の監視・摘発



規則

4  法又は規則によつて禁止又は制限される職員の政治的行為は、第六項第十六号に定めるものを除いては、職員が勤務時間外において行う場合においても、適用される。

運用方針

  (6) 職員は、職員たる身分又は地位を有する限り、勤務時間外においても、政治的行為を行うことを禁止又は制限される。但し、政治上の主義主張又は政党その他の政治的団体の表示に用いられる腕章、記章、えり章、服飾等を勤務時間外に単に着用することは禁止されない




 前項(に)でみたとおり、規則第2項では、「公然又は内密」を挙げていたが、規則第4項では勤務時間内だけでなく「勤務時間外」にも適用されると規定している。2次元構造の表を再掲する。

 

  公然 内密
勤務時間内 勤務時間内に公然とおこなう政治的行為 勤務時間内に内密でおこなう政治的行為
勤務時間外 勤務時間外に公然とおこなう政治的行為 勤務時間外に内密でおこなう政治的行為

 

  民間労働者であれ、公務労働者であれ、勤務時間内は使用者(公務労働者であれば「任命権者」)の支配管理下におかれる。ただしその場合でもその支配管理の内容や支配管理が及ぶ範囲は、労働契約の規定する内容・範囲に限られる。さらに、当然ながら使用者(任命権者)の支配管理といえども、憲法が保障する基本的人権を侵害するような内容に及ぶことは許されない。

 そして、勤務時間外であれば当然使用者の支配は及ばない。この根本原則をおかすことは、民間労働者ならびに地方公務員であれば労働基準法などの労働法制の基本的事項を蹂躙するものとなる。国家公務員にあっては労働基準法は適用されないのであるがそれに対応する法律・規則の基本的事項を蹂躙するものとなる。しかも、使用者がほかでもない「国」であるだけにこのような行為はいかにしても許されるものではない。

 この点に関して、いわゆる公務員の政治的行為に関する「抽象的危険犯」という論点から検討する。

 

 犯罪が成立するためには、行為が構成要件(刑法法規に規定された個別的な犯罪の類型)に該当することが必要である。一定の法益(法律によって保護される客体)の侵害または侵害の危険を内容とする犯罪を実質犯といい、これに対して法益侵害の抽象的危険すら必要とされない犯罪を形式犯という。実質犯のうち法益が現実に侵害されることを必要とする犯罪を侵害犯、単に侵害の危険の存在だけで足りる犯罪を危険犯という。危険犯のうち、法益侵害の具体的危険、すなわち現実的な危険の発生を要件とする犯罪を具体的危険犯(例:刑法109条2項の「非現住建造物等放火」)といい、一般的に法益侵害の危険があるとみられれば足りる犯罪を抽象的危険犯(例:刑法108条の「現住建造物等放火」)という。(大塚仁『刑法概説(総論)』〔第3版〕1997年、有斐閣、126ページ)

 

(現住建造物等放火)抽象的危険犯

第百八条  放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

 

(非現住建造物等放火)=具体的危険犯

第百九条  放火して、現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない建造物、艦船又は鉱坑を焼損した者は、二年以上の有期懲役に処する。

   前項の物が自己の所有に係るときは、六月以上七年以下の懲役に処する。ただし、公共の危険を生じなかったときは、罰しない

 猿払(さるふつ)事件最高裁判決(1974〔昭和49年〕年11月6日)は、「人事院規則14−7」が保護しようとする法益とは、「公務員の政治的中立性を維持することにより、行政の中立性とこれに対する国民の信頼を確保するという国民全体の共同利益」であるとし、堀越事件東京高裁判決(2010〔平成22〕年3月29日)や世田谷事件東京高裁判決(2010〔平成22〕年5月13日)もこれを受け継いでいる。すなわち、「人事院規則14−7」の禁ずる「公務員の政治的行為」は、「行政の中立性とこれに対する国民の信頼」を侵害する危険がある、というのである。現在の支配的な判例は、「公務員の政治的行為」を抽象的危険犯ととらえているのである(井上宜裕「抽象的危険犯論」〔『法律時報増刊 国公法事件上告審と最高裁判所』2011年、有斐閣〕)。

 裁判所が「公務員の政治的行為」は抽象的危険犯である、と主張すればそれでよいというわけではない。現住建造物等放火に、保護されるべき「法益」を侵害する危険があることについては、疑問の余地はなく曖昧性はない。同様に、チラシの投函について当該行為それ自体に「法益」を侵害する危険があると断定できない限り、抽象的危険犯としての政治的行為犯罪は成立しないのである。

 「人事院規則14−7」が規定する具体的な「政治的行為」についてはこのあとみるのであるが、たとえば政党の機関紙名の記されたチラシを住宅の郵便受けに投函することは、「行政の中立性とこれに対する国民の信頼」を侵害する危険があるとして直ちに犯罪とされ、刑事罰の対象となる。「行政の中立性」については別に検討することにするが、「行政の中立性」に対する「国民の信頼」を侵害するとは具体的にどういうことなのであろうか。あまりにも曖昧であって、実際に国民の誰彼に訊いて回るわけでもないし、どのくらいの人がどう感じたなら「信頼を侵害」したと認定するのかなど、一切示されていないのである。それもそのはずで、この犯罪の構成要件としては、実際に「行政の中立性とこれに対する国民の信頼」を侵害したか否かはいっさい問題にならないのである。チラシを配ることが、それだけで、ただちに、「行政の中立性とこれに対する国民の信頼」を侵害したとして、なんの留保も弁別もなしに犯罪とみなされるのである。現住建造物等放火が、保護されるべき「法益」を侵害する危険があるとすることについては疑問の余地はなく曖昧性はないが、チラシの投函行為に「法益」を侵害する危険があると断定するのは極度に曖昧であり、何らの客観性もない恣意的なものというほかない。「公務員の政治的行為」を処罰する「人事院規則14−7」の規定は罪刑法定主義を根底から覆すものである。具体的には、憲法第31条に違反するのであるが、さらには第33条以下にも抵触するといわなければならない。

 

日本国憲法

第三十一条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

第三十三条  何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

第三十四条  何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない。又、何人も、正当な理由がなければ、拘禁されず、要求があれば、その理由は、直ちに本人及びその弁護人の出席する公開の法廷で示されなければならない。

第三十五条  何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

   捜索又は押収は、権限を有する司法官憲が発する各別の令状により、これを行ふ。

 

 最後に、「勤務時間外」に「内密で」おこなう政治的行為である。

 上述のとおり、「勤務時間外」に「公然」とおこなう政治的行為についてさえ憲法違反である、すくなくともその疑いが濃厚なのであるが、政治的行為を「内密で」おこなうとなれば、行政の政治的中立にかんする国民の信頼を侵害する「おそれ」は到底問題にならない。国民が「公務員の政治的行為」を見聞すればこそ、「行政の政治的中立にかんする疑念」が生じるかもしれないなどという杞憂が生じるかもしれないが、「内密」であれば「行政の政治的中立にかんする疑念」など、いかにしても生成する余地はない。「内密」であるものが国民に知られるなどということは定義上ありえず、知られることのないものによって「疑念」が生ずることなどありえないからである。

 「人事院規則14−7」は、さきほどの「その他の者」とか、この「公然又は内密」、さらに後述する「公私」など、おそよそあらゆる場合を規制対象とする字句に満ち溢れている。限定のない「その他の者」が対象となれば、対象外の者はただのひとりも存在しない。「公然又は内密」が対象とあっては、「公然」であることは要件ではなく、「公然」であろうとなかろうと全部の場合があてはまることになる。同様のことだが、このあとみるように「公私」いずれの行為も対象とするということは、「公」的であることは要件ではなく、「公」的だろうが「私」的だろうが処罰するというのだから、およそどんな関係性のもとにおける行為であっても処罰するというのである。あらかじめ刑法等で厳密に定められているわけでもない行為が、「勤務時間外」の「私」的な場面で「内密」に「単独」でおこなわれた場合にも刑事罰の対象となるのである。

 何から何まで全部規制しようという執念深さそれ自体が、みずからの異常性を白日のもとに晒しただけでなく、その違憲違法性を立証する結果を招いたのである。

 

 

(へ)項目の乱れ



規則

運用方針

 (7) なお、この規則は、職員が本来の職務を遂行するため当然行うべき行為を禁止又は制限するものではない。

 

 

 




 

 「運用方針」の3の(7)は、「人事院規則14−7」の記述と対応していない。これは、末尾近くの「規則」の「7」に関して「運用方針」の5で述べられることと重複しているので、後ほど検討することにする。

 

 

(と)「政治的目的の定義」と「政治的行為の定義」に関する越権と錯誤



規則

 (政治的目的の定義)

 

5  法及び規則中政治的目的とは、次に掲げるものをいう。政治的目的をもつてなされる行為であつても、第六項に定める政治的行為に含まれない限り、法第百二条第一項の規定に違反するものではない 

運用方針

4 政治的行為

 

  職員が行うことを禁止又は制限される政治的行為に関し、この規則では政治的目的と政治的行為を区別して定義し、政治的目的をもつてなされる行為であつても、この規則にいう政治的行為に含まれない限り、国家公務員法第102条第1項の規定に違反するものではないとしている。




 「人事院規則14−7」は、国家公務員法第102条第1項によって委任されたうえで、制限(禁止)される「政治的行為」について具体的に定めている、ということになっている。しかし、実際の「人事院規則14−7」は、以下のとおりこの国家公務員法の条項が「委任」した範囲を大きく逸脱して、権限もないのに広範な制限事項を規定しているのである。

 国家公務員法の条文はつぎのとおりである。

 

第百二条  職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。

 

 「あるいは」以下からみてゆく。

 (a)「選挙権の行使を除く他」という表現はきわめて危険性を帯びたものである。「選挙権の行使」以外のあらゆることが、人事院の行政裁量で規制対象になりうると言っているかのごとき字句である。この「委任」をうけて、人事院は実際にやりたい放題の規則を定めたのである。このような事実上の白紙委任を容認する国家公務員法第102条はすでに法令違憲である。

 (b)さらにいうと、「選挙権の行使」それ自体もありうるという文言になっていることに留意すべきである。これは、人事院規則によって剥奪することが可能なのは「選挙権の行使」以外であると言っているだけなのである。「選挙権の行使」は人事院規則による剥奪はないが、国家公務員法の「服務」に関する条項での規制対象であって、ただし今この場で剥奪するところまではしないでおく、と言っているだけなのである。選挙権は、犯罪による公民権停止でもなければ剥奪や「制限」の対象となるものではないのであるが、公務員(公務労働者)の「服務」について定める条文でどうとでもできるという、おそるべき主張なのである。罪刑法定主義を根本から否定するもので、この部分も明らかに憲法違反である。

 「あるいは」の前はどうだろうか。

 (c)「あるいは」以下で人事院規則に不当に広範な委任をおこなう国家公務員法第102条自体が憲法違反といわざるをえないのであるが、そのいっぽうで、「あるいは」以前の字句は、それとは正反対の規定になっているのである。(a)でみたこととは矛盾するのであるが、国家公務員法第102条の「あるいは」の前は人事院規則には限定なしの権限を与えているわけではない。にもかかわらず、「人事院規則14−7」は国家公務員法第102条から逸脱して、越権で無限定な規制を創設しているのである。

 「又は」「若しくは」「あるいは」が多用されていていささかわかりにくいので(わかりにくいというより、あまりにも悪文であり、法律の条文としては失当なのだが)、制限(禁止)される「政治的行為」なるものを全部列挙すると、つぎの10とおりである。

 

❶ 政党のために、寄附金その他の利益を求めること。

❷ 政党のために、寄附金その他の利益を受領すること。

❸ 政党のために、寄附金その他の利益を求めることに関与すること

❹ 政党のために、寄附金その他の利益を受領することに関与すること。

❺ 政治的目的のために、寄附金その他の利益を求めること。

❻ 政治的目的のために、寄附金その他の利益を受領すること。

❼ 政治的目的のために、寄附金その他の利益を求めることに関与すること

❽ 政治的目的のために、寄附金その他の利益を受領することに関与すること。

❾ 政党のために、人事院規則で定める政治的行為をすること。

 政治的目的のために、人事院規則で定める政治的行為をすること。

 

 「人事院規則14−7」は、このうち❾とについて追加的に具体的事項を定めるのである。つまり❶から❽は、すでに法律(国家公務員法)が定めてしまっていて、❾だけを規則(人事院規則)が追加するのである。

 ❾の前に、❶から❽について検討しておく。

 「その他」の範囲・意味が問題となる。人事院規則が他の場所でよくやるように、「その他」とは、それ以外のとにかく全部であるということであれば、なんでもかんでも含まれることになるが、国会制定法ともなればまさかそんな「解釈」は許されるものではない。妥当な解釈としては、「求める」とか「受容」の対象となるものであるから、端的には現金、現金以外としても金銭的なもの、最大限に拡張しても物品的なもののことである。「これらの行為に関与」してはならないとなれば、(それが妥当であるかどうか、端的には憲法違反となるかどうかは別として)そこでは金銭かせいぜい物品の授受をしてはならないというのであり、それらとは懸け離れた行為、つまりこれから「人事院規則14−7」がずらずらと並べ立ててみせた、公務労働者の全生活に及ぶような事柄は、いささかも関連性を有するものではない。

 したがって、これら❶から❽に、「あるいは」で付加される❾が突然、金銭や物品の授受をはるかに超える広範な行為について定めることは、到底許されるものではない。「あるいは」の後に、「あるいは」の前のことと別次元の、全面的な事項を追加するくらいなら、「あるいは」以前などおく必要がないわけで、条文としては、「職員は、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。」だけにしておくべきだったのである。もちろん、ことが基本的人権のなかでもとりわけ重大であり、事後の取り消しや補償が不可能な事項について、趣旨も意味も目的も不明な条文で制限・剥奪しうることを宣言したり、まして行政庁の規則に丸投げするなどいかにしても許されるものではなく、こんなものでは内閣法制局の審査も通らないだろうし、法律の条文としては提案されることすらありえないものであろう。❾は、❶から❽に対応する程度の、同次元のものであるべきで、しかもあくまで付加的なものでなければならない。

 次ページで、「人事院規則14−7」が国家公務員法第102条の委任の範囲を大幅に逸脱している状況をみることにする。

 


 

 

以下、近日予定。