八間堀川問題

 

10 風説に便乗する国土交通省

6, Mar., 2016

 

 この項目(「八間堀川問題」)は、ここまで「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の検討をきっかけとして、今回の水害における氾濫水の挙動を把握するよう努めてまいりました(本項目2ページから6ページ)。そのうえで、新聞やインターネット上で確認できる「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の諸言説について検討しました(7、8ページ)。

 このページでは、国土技術研究センターの報告書と国土交通省の広報文書に対する「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の影響について検討することにします。

 

 

(1)国土技術研究センターの曖昧な「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」

 

 「一般財団法人国土技術研究センター」が、2016年9月29日に「台風17号及び18号による鬼怒川被害現地調査報告(第2報)」を公表しています(http://www.jice.or.jp/cms/kokudo/pdf/reports/disaster/07/20152kinugawa.pdf)。

 「一般財団法人国土技術研究センター(Japan Institute of Country-ology and Engineering)」のウェブサイトでは、設立の背景と目的について、次のとおり説明しています(http://www.jice.or.jp/about/summary)。 

 JICEは、建設大臣の諮問機関「建設技術開発会議」の建議を受け、民間拠出金による基金を基に昭和48年6 月30日、建設大臣の許可を受けて「財団法人国土開発技術研究センター」として設立、平成12年(2000年)12月、名称を「財団法人国土技術研究センター」に変更し、平成25年4月1日より、一般財団法人になりました。

 JICEは、『国土の有効利用及び適正管理の促進に資するため、国土に関する調査研究を総合的に行い、もって国民福祉の向上に寄与することを目的』(定款第3条)として、以下の事業を行なっています。

1 国土の利用、管理及びそのための社会資本整備(道路、河川、海岸、都市施設、住宅等の整備、利用、保全その他の管理をいう。以下同じ。)並びにこれらに必要な建設技術に関する調査研究(以下略)

 2016年9月11日づけの初報(http://www.jice.or.jp/cms/kokudo/pdf/reports/disaster/07/20151kinugawa.pdf まさか9月11日発行はありえません。pdfの「プロパティー」を見ると作成日は9月16日になっています)では「八間堀川」の件については一切触れていなかったのですが、9月16日にほかの場所とあわせて八間堀川関連の追加調査をおこなったうえで、この「第2報」で次のように記述しています。本 naturalright.org の「八間堀川問題」でいうと、4、5、6ページで触れた地点ですが、平町、相野谷町、新井木町から水海道市街地のうち新八間堀川南岸について現地調査をおこなったうえでの記述です。

 



 

 まず、新八間堀川区間についての次の記述は妥当です。

 

「常総市役所付近における八間堀川の水位痕跡からは常総市役所側(左岸側)に溢れた跡は見受けられなかった」

 

 そのうえで、相野谷町の「水海道ロードパーク」付近の右岸から河道への流入とそこから連続的に左岸堤内に越水した状況についての、次の記述も妥当です。

 

「約2 ㎞上流の相野谷浄水場付近における八間堀川の左岸側で、破堤や越水の痕跡が確認されている。」

 

 問題はその次です。

 

「よって、鬼怒川からの氾濫水は堤内地及び八間堀川を流下し、八間堀川の越水や破堤箇所からの浸水により、常総市役所まで浸水域が広がったと考えられる。」

 

 この「鬼怒川からの氾濫水は堤内地及び八間堀川を流下し」という場合の「堤内」という少々曖昧な記述は、鬼怒川左岸の堤内のことを指しているようです。そしてどうやら八間堀川右岸側だけしか考えていないようです。つまり、若宮戸からの氾濫水は常総市北部どころかその北の下妻市南部においてすでに八間堀川左岸に広がっており、新石下南部において三坂町からの氾濫水と合流したうえで、八間堀川右岸と左岸にまたがり、部分的には不連続になり水位差を生じつつも、基本的にはひとつながりの水面をなす一体の水塊となり、標高差にしたがって南流したことを認識していないようです。

 この時点でも内閣情報調査室や国土地理院、報道機関、そしてもちろんグーグルなどの各種衛星写真や航空写真はひとおり出揃って公開されていたのに、それらを一切見ていなかったということですから、いささか信じがたいことです。

 「八間堀川の越水や破堤箇所からの浸水により」という場合の「越水」とは、「水海道ロードパーク」対岸の新井木町付近での八間堀川左岸堤防からの越水を、そして「破堤箇所」とは、川崎町の1か所および平町(大生小学校西)の2か所、あわせて3か所の破堤箇所を指しているようです。

 結局、八間堀川左岸(=新八間堀川南岸)の市役所を襲った氾濫水の起源として、水海道市街地における新八間堀川左岸からの越水を否定したのはよいとしても、これら東岸の相野谷町、西岸の平町から新井木町にかけての八間堀川の越水や破堤箇所からの浸水」だけで、水海道市街地の浸水を説明してしまっているのです。はっきりした「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」というわけではないとも言えるのですが、逆に、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の信奉者がこれを読んだとしても特に違和感なく読めてしまうことは否定できません。

 十花町や箕輪町、長助町などの南東部の水田地帯の浸水については特段の言及はありません。おそらく考慮していないのでしょう。水海道市街地南岸だけならともかく、このような広大な面積を3m前後も浸水させるなどということが、小河川にすぎない八間堀川の流量によって可能であるかどうかを考えるきっかけを失ったのです。突き詰めて問われたなら、八間堀川左岸堤内を南下してきた氾濫水のことは考えていないと答えるに違いありません。

 本 naturalright.org は、破堤点直下の大生(おおの)小学校のプールや体育館西側フェンスなどは破堤点からの直撃を受けてはいるものの、大生公民館のフェンスの倒壊はこれとは無関係であること、そして、この地域の4m程度の大深度浸水は到底これら八間堀川の3か所からの氾濫によるものではありえず、八間堀川左岸堤内地を南下してきた巨大水塊によるものであることを示しましたが、この報告では特段のコメントなしに八間堀川関連の被害状況として大生公民館やさらにそれより北側の民家の浸水状況の写真を掲載しています。無意識のうちに?、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」的観点に立っていると言わざるをえません。

 航空写真等を一暼のうえ、もう一度現地調査をおこなって考察しなおし、第3報を出していただきたいところです。

 

 

(2)鬼怒川緊急プロジェクト広報文書の露骨な「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」

 

 水害発生から3か月近く経過した、2015年12月5日、国土交通省関東地方整備局は、今回の鬼怒川水害に対する対応策として「鬼怒川緊急対策プロジェクト」を記者発表しました(http://www.ktr.mlit.go.jp/kisha/river_00000209.html)。

 このページでは、「鬼怒川緊急対策プロジェクト」それ自体について検証するわけではなく、全4ページの広報資料における「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」的主張を瞥見することにします。

 「鬼怒川緊急対策プロジェクト」そのものについては、新聞などは例によって無批判に紹介するのみですし、嶋津暉之氏らは鬼怒川だけに600億円を投入するのはよくないなどとおかしな「批判」をしています。全面的な検討批判は誰もしていない状態です。というのも、鬼怒川水害について全面的な検討は、まだ緒についたばかりで(おそらくもっともすぐれたものは、2015年12月15日に実施された土木学会の速報会です。http://committees.jsce.or.jp/report/taxonomy/term/6)、とりわけ批判的な立場からの検討は、まだ現れていいません。だれもやろうとしていないのかも知れません。こうした状態で、緊急プロジェクトについての全面的な批判検討などが登場することは到底ありえません。

 

 「国、茨城県、常総市など7市町が主体となり」とありますが、工事費の96%が国土交通省直轄工事であるなどの内容を見るまでもなく、文書のフォーマットからも明らかように、国土交通省関東地方整備局だけが「主体」であって、茨城県以下7市町はただの副署名人です。問い合わせ先には八間堀川を管轄する茨城県(土木部)河川課がお義理で入っていますが、7市町は「問い合わせ先」にも入っていません。「問い合わせ」を受けたところで誰も答えられないのですから。

 各地方自治体に責任が一切ないとは言いませんが、以下のとおり茨城県がみずから書くはずのない「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」に立脚するとんでもない記述があるうえ、茨城県庁や7市町役場のウェブサイトにあるのは、どこも上記の関東地方整備局のURLへのリンクだけです。この広報文書は国土交通省関東地方整備局の広報担当者が単独で作成して広報している文書なのです。

 その一部をみてゆきますが、例の若宮戸のソーラーパネル問題でのとんでもない言い訳文書と並ぶ、高橋伸輔(のぶすけ)河川調査官による極めて筋の悪い広報文書というほかありません。「ハード」と「ソフト」などという不正確な語句を使い、治水政策と避難対策を同一次元でデタラメな観点から混同して論じている点については別項目で検討することとして(予定)、いまは八間堀川問題についてだけ検討することにします。


 

 「鬼怒川緊急対策プロジェクト」の広報パンフレット4ページ中の最後のページです。

 

 

 右上にこう記述されています。

 

平成27年9月関東・東北豪雨における出水の特徴:

・鬼怒川では、鬼怒川水海道水位観測所において、約5 時間にわたって計画高水位を上回る水位を継続。

八間堀川では、自己流に加え鬼怒川の氾濫水が流入 し、計画高水位を上回る水位を継続。

 

 鬼怒川と八間堀川をこともなげに並べています。3か所から5000万トン(推定)の氾濫水を放出し、40平方キロメートルを水没させた鬼怒川と、その水没した地域の最深部の排水用人工河川である八間堀川を同列に並べて論ずる姿勢は、ほとんど「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」そのものです。

 「八間堀川では、自己流に加え鬼怒川の氾濫水が流入し」というのも、一見もっともなことのように聞こえますが、自己流」と「流入」量のそれぞれの分量とその比率もまったく示されていません(その気になれば簡単に試算できるはずです)。後背湿地の最深部を流れる八間堀川そのものが、鬼怒川の3か所からの氾濫水によって完全に水没していたのであって、それを「加え」られたものと言っているのは、事柄の本質的相違も圧倒的な質量の差異も無視した暴論というほかありません。

 

鬼怒川、八間堀川沿川における被害状況:

・鬼怒川では、1箇所の堤防決壊、7箇所の溢水が生じ たほか、堤防の漏水や護岸崩壊などの被害が発生。

八間堀川では、3箇所の堤防決壊や護岸崩壊などの被害が発生。

これにより、常総市の1/3にあたる約40km2の浸水するとともに、鬼怒川沿川で家屋・事業所が約9,300戸の浸 水する等の被害が発生。 

 

 ここでは「被害」という語で、3点めでは社会とひとびとが受けた被害のことを言っているいっぽうで、はじめの2点では、堤防などの損傷のことを言っているのです。趣旨の異なる「被害」?を同列に並べるとんでもない用語法ですが、なにより40㎢を水没させておいて、堤防が「被害」を受けたなどと書いてしまう神経は全く理解できません。

 「これにより」以下の3点めは、鬼怒川と八間堀川の堤防の「被害」を指摘した上で、「これにより」それら40㎢、9300戸の浸水被害が生じたといっているのですが、八間堀川堤防の破堤による「被害」とはいったい何のことでしょうか。はっきり言わないまでもこれではその付近、さらには常総市南部の浸水はあげて八間堀川の破堤によるものだと言っているも同然です。ほとんど「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」そのものです。

 「約40km2 の 浸水するとともに」と、字句の誤りもあります。誰も本気で内容のチェックをしていないのです。杜撰な広報体制がいつまでも放置されているのです。

 地図はさらに露骨です。国土交通省関東地方整備局が管轄する鬼怒川については、若宮戸の2か所の大規模な「溢水」は、他のはるかに小規模なものと同程度であるかのように地味な茶の矢印にしておいて、決壊を示す非常に目立つ❌は三坂町ひとつだけにしておいて、あろうことか茨城県土木部河川課が管轄する八間堀川に3つも❌、❌、❌をつけています。八間堀川を極端に目立たせる作為が露骨に出ています。あえて言語化を避けておいて、すでに「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」を仄聞している人たちに、視覚的表象としての「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」的印象を植え付ける結果をもたらすものです。

 国土交通省の発表などといっても国民は新聞などで紹介されるのを見るのが通例で、ウェブサイトまで見る人は少数でしょうが、常総市が2016年2月7日から21日にかけて市内の小学校(鬼怒川西岸では中学校)の通学区ごとに、合計9回開催した住民説明会では、国土交通省関東地方整備局下館河川事務所の副所長らが出席して「説明」をおこなった際、このパンフレットを配布しています。参加者は延べ300人あまりでしたが、わざわざ参加した関心の強い人たちのなかの、すでに「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の立場にある人にもなんの違和感もなく受け入れられるものです。

 

 右列の個別の写真では、若宮戸は例のソーラーパネルの25.35km地点だけです。もうひとつの24.75km地点は無視する一方で、はるかに規模の小さな八間堀川の川崎排水機場脇と大生小学校脇の写真をわざわざ2枚入れています。露骨な鬼怒川隠しをしたうえで、八間堀川に関連する事象の意味を無視した上で相対的に過大視するものとなっています。八間堀川の「破堤」は、鬼怒川の破堤とは圧倒的な規模の違いがあるというだけでないのです。八間堀川の「破堤」は通常の決壊事故(事故が通常のものであるという意味ではなく、事故としては類似事例のある、という意味です)なのではなく、鬼怒川起源の氾濫水による、きわめて特異な、おそらく前例のない事象なのです(本項目5ページで仮説として提起しました)。それを平気で並べるのは、底意のある虚偽の広報にほかなりません。

 ないのは八間堀川排水機場のポンプ停止の件だけです。これはまさか国土交通省が自分で書くはずはありません。

 全体として受ける印象は、この排水ポンプの一点を除いてほとんど嶋津暉之氏のパワポ資料(本項目7、8ページ)に限りなく似ているところがなんとも皮肉です。 

 国土交通省関東地方整備局という大組織にはさまざまの部署があるのですし、この広報パンフレットひとつで全部を評価するのは早計でしょう。それにしても若宮戸の時もそうでしたが、関東地方整備局河川部の広報担当者の不誠実としか言いようのない捻じ曲がった姿勢にはいつものことながら感心してしまいます。このような広報を平気でおこなうことで、組織全体の評価をみずから低下させていることに気づかないのか、一向に改めようとしない官僚機構のありかたについては不安感を強めざるをえません。