入試採点業務に関する懲戒処分と文書訓告の違法不当性

 

 最初に結論を提示する。

 入試採点ミスの原因は、入試と採点業務全体の不適切な構造にある。したがって、入試採点ミスによって生じた「重大な支障」の責任は、県教育委員会が負うべきである。

 入試採点ミスの原因は、故意ではないのはもちろん、「不適正な取り扱い」によるものでもない。したがって、採点業務を担当した教職員と所属長らを懲戒・文書訓告に処したのは、違法不当である。内部規定にも反する。処分は取り消すべきである。

 入試採点ミスを防止する対策は、必要である。しかし、今回県教育庁が拙速に示した対策案は、一部を除いていずれも失当であり、採点業務をいたずらに複雑化し、教職員の過重労働をもたらすことになる。採点ミスを予防するどころか、かえって増加させる可能性が高い。妥当な対策を樹立すべきである。

 

 

採点ミスは公文書を「不適正に取り扱ったこと」

には該当しない

 

 地方公務員法は、一般職の地方公務員の「懲戒」は公正でなければならず(第27条第1項)、地方公務員法で定める事由以外では処分を受けることがない(同第3項)としたうえで、「懲戒」として、免職・停職・減給・戒告の4つを限定列挙している(第29条第1項)。2021(令和3)年5月25日に入試採点業務に関連して茨城県教育委員会が、187人を「減給」(1か月から3か月、月給の10分の1を減額)、9人を「戒告」とする懲戒をおこなったのが、これにあたる。

 しかし、「処分」はそれにとどまらず、958人が「文書訓告」の対象となった。196人の「懲戒」は、教育委員会の議題として提起されその承認を得ているものの、958人の「文書訓告」は、「懲戒」と同時に発表されたのだが教育委員会の議決を経ず、法律・条例・規則上の根拠はないのに、県教育長ら幹部数人が決定し、958人に文書を交付した。地方公務員法の「懲戒」規定に抵触する。

 今回の「懲戒」と「文書訓告」の根拠について、県教育長や学校教育部長らは、記者会見で「『教職員の懲戒処分の指針』のうち『公文書の不適切な取り扱い』の項目に照らし合わせた」と説明した。地方公務員法上の懲戒処分ではない「文書訓告」の理由にしたのも問題だが、「懲戒」についてさえ「該当」とは言わず、「照らし合わせた」と曖昧な説明をしたのである。

 「教職員の懲戒処分の指針」は、茨城県教育庁が2006(平成18)年12月8日に通達したものである。その背景には、文部科学省の圧力と、当時公務員の飲酒運転事故への社会的注目があった。ひき逃げ死亡事故でも免職か停職としているのに、酒宴の翌朝の「酒気帯び運転」程度であっても一律に懲戒免職とする不均衡や、職員団体(教職員組合)活動や政治的自由を敵視制限する憲法違反の内容を含むなど、問題の多い文書である。今回、処分の根拠とされたのは、「一般服務関係」の次の項目である。

「 (13) 公文書の不適切な取扱い

ア 公文書を偽造し,若しくは変造し,若しくは虚偽の公文書を作成し,又は公文書を毀棄した教職員は,免職又は停職とする。

イ 決裁文書を改ざんした教職員は,免職又は停職とする。

ウ 公文書を改ざんし,紛失し,又は誤って廃棄し,その他不適正に取り扱ったことにより,公務の運営に重大な支障を生じさせた教職員は,停職,減給又は戒告とする。 」

 これは2018(平成30)年10月31日に改正されたものでありその直前までは次のとおりだった。

「 (13) 公文書の偽造  公文書を不正に作成し,使用した教職員は,免職又は停職とする。」

 2013(平成25)年に大阪府立高校で、2014(平成26)年に東京都立高校で、2016(平成28)年に神奈川県立高校で、2018(平成30)年に山形県立高校で、それぞれ入試採点に関連して大量処分がおこなわれているので、それらとの関連があるのかもしれないが、それにしては今回実施した程度の入試採点業務それ自体の改善についての検討は一切おこなっていない。したがってこの改正は採点ミスを想定してのものではなく、漫然と他県の改正動向に合わせただけのものだろう。

 わざわざ「ア」「イ」「ウ」の3項目を立てたのに内容の具体化・明確化は図られず、「偽造」「変造」「改ざん」、あるいは「毀棄」「誤って廃棄」「紛失」と無意味に言い換えるなど曖昧である。この改正の中心点は「ウ」の新設である。「ア」「イ」は、故意によるものであり、改正前の規定と同旨で、特段付け加えられたものはない。それに対して、「ウ」は、そのような故意性がない場合であっても懲戒するというようである。ただし、「ウ」冒頭の「公文書を改ざんし」は、故意によるものだろうから、結局支離滅裂である。それでもなるべく矛盾なく解釈するならば、これは過失による「改ざん」というおかしなものを指すとみなすほかない。

 「ウ」は、それ相応の理由がある場合には、故意がなくても懲戒するという趣旨なのだろう。すなわち、①過失による?「改ざん」、②「紛失」、③「誤って廃棄」、④「その他不適正に取り扱ったこと」によって、「公務の運営に重大な支障を生じさせた」場合に懲戒する、というのである。①故意ではなく過失で「改ざん」しただけ、②故意ではなく過失で「紛失」しただけ、③「誤って」つまり過失で「廃棄」しただけでは懲戒しないが、「重大な支障」が生じた場合には懲戒する、というのである。

 ①過失で「改ざん」したことによる「重大な支障」というと、たとえば、重要な文書で数値を誤って記したために、混乱をきたしたというような場合だろうが、なかなか適当な実例が見当たらない。②過失で「紛失」したことによる「重大な支障」というと、たとえば児童・生徒に関する個人情報を収めたUSBメモリを「紛失」し、それが人手に渡って漏洩した、という場合がこれにあたるだろう。③は保存すべき年限を誤認し、早めにシュレッダーにかけてしまったというような場合だろう。今回の件で、前々年度の答案綴りを誤廃棄したために事務(室)長が「戒告」処分を受けたのがこれだったようである。

 187人の校長・副校長・教頭の「減給」と9人の教諭の「戒告」、さらに945人の教諭の「文書訓告」の事由とされたのは、「ウ」の最後に残った④「その他不適正に取り扱ったこと」によって「公務の運営に重大な支障を生じさせた」というものであり、しかもこれに尽きる。問題は、答案の採点ミスは、「その他不適正に取り扱ったこと」には該当するか否かである。

 「①、②、③その他④」と列挙する場合、④には制限がある。「その他」なのだから、①、②、③以外の何をもってきてもいいだろう、というわけにはいかない。④は、①、②、③とまったく無関係の、絶対的に異質な、分野違いのものであってはならす、類似のものとして並べ置かれるようなものでなければならない。「採点ミス」は、①過失による?「改ざん」、②「紛失」、③「誤って廃棄」とは、まったく異質の行為であるから、この④にいう「不正に取り扱った」ことには当て嵌まらない。この点が今回の件の最重要点である。

 

採点ミスとは何か? それはなぜ起きるのか?

 

 入試採点業務は、通常所定業務(「日常業務」ともいう)ではない。入試採点業務は、所定外業務である。1980年代ころまでは、「学検手当」として数千円が支給されていた。そして教員の場合は教育公務員特例法により時間外勤務を命ずることは禁止されていて、入試採点業務は、例外としての「限定4項目」には該当しない。任命権者である教育委員会は特にきびしい義務を負っているのに、労働過重の回避措置も代償措置もとらずに、極めて過重で時間外に及ぶ業務に従事させた(水戸商業高校では国語科の採点は2日間で合計23.5時間を要した)。明白な違法行為である。今回の件では、過重業務の連続がミスの原因のひとつだったと言っておきながら、県教育委員会・県教育庁はみずからの責任は棚にあげて、教職員を処罰した。しかも今後は土曜日・日曜日に採点業務を実施するなどと言い出した。週休日の振替で代償措置を取るというが、現実的にはほとんど不可能である。多くの学校で12日連続勤務が強要されることになる。

 所定外業務であることによる過重性は外形的な点にとどまらない。内容上もさまざまの意味で所定外業務であるがゆえの問題がある。年間に1回だけの所定外業務は、当然不慣れであるからミスしやすい。「慣れからくるミスがあった」などと的外れなことを言っているが、実際は逆である。採点者は当日朝になって試験問題をはじめて目にするうえ、予め具体的採点基準も示されないから、泥縄式に決めて大急ぎでとりかかることを余儀なくされる。標準解答(模範解答)の書式すら実際の解答用紙とちがうのだから論外である。

 教諭・講師は免許教科以外の授業をおこなうことはできないが、採点は免許教科とは無関係に割り当てられる。このような業務の割り当ては違法性を帯びる。それどころか、「調査改善委員会」報告は、今後は「非常勤講師、事務職員等、さらに教員OB等の人材活用を図る」と驚くべき方針も示している。長文の「記述式」問題の部分点など、教育庁が示す採点基準自体に妥当性を欠く不合理なものが多いこともあり、担当教科の教員でも難しいのであるが、次回からは教員免許は不要とされ、事務職員等が採点業務を強制され、ミスがあれば懲戒処分・文書訓告を受けることになる。

 労働環境も劣悪である。狭く煩い部屋に押し込められるので集中力を維持するのはきわめて困難である。

 具体的採点業務の詳細設計はきわめてルーズで、何の工夫もない。受験者の文字にかからないように丸バツをつけろというが、その枠はない。大問ごとどころか、その下の中項目や各問ごとに点数を記入する欄もない。それらは解答枠には書けないから問題番号を記した狭い欄の中に書くしかなく、それに部分点の三角形や点検・得点集計や転記時のチェックマークが何個も煩く纏わり付き、識別は困難になり見落としは不可避である。そもそも解答欄の配列は乱雑なうえ、たんに帳尻をあわせるためでしかない配点の異なるものが不規則に並ぶ。煩瑣な部分点もあるから、記入ミス・集計ミスが起きやすい。今回の採点ミス496件のうち、正誤判定の誤りは251件(51%)しかない。「その他」(72件、15%。英語に多く45件、46%)に採点基準からの逸脱や部分点算定の誤りなど、広義の正誤判定ミスも含まれているにしても、点数の記入・読み取り上のミスである「得点誤記入」(97件、20%)と「計算漏れ」(76件、15%)が全体の3分の1を占めている(とくに国語〔59%〕と数学〔46%〕で顕著)。これと「記述式」採点の困難性とが、今回の採点ミスのおおきな発生箇所だったようである。

 点検(2度目、3度目の採点)は、すでに記された丸バツを度外視してはできないので、どうしても引きずられる。解答だけを見て直観的に判断するのではなく、解答に対する正誤判断と、すでに記されている採点結果に対する正誤判断を、同時にしなければならない。こういうアンビバレント ambivalent な心理状態は、神経を非常に消耗させる。各工程ごとにすべて署名させられるから、採点業務の遂行状況とその当否を相互に監視し合い、容赦無く指摘し合う異様な状況におかれるので、これも心理的負担を増強する。そして最終的に、その署名をたどって懲戒や文訓を受けることになる。

 「調査改善委員会」報告書が「二系統方式」を提言した。他都県に倣ったもので、誰でも思いつく手法ではある。とはいえ、答案をコピーするだけでも結構な手間である。1面10秒として、受験者380人の高校だと5教科の答案の裏表3,800面を、2台のコピー機で複写するのに順調にいっても5時間かかる。「二系統」方式は、従来「一系統」で3重に作業したのを、「二系統」それぞれを2重に作業することにするのだから、作業量は大きく増える。しかも、それぞれの「系統」内においては、上述したような最初の採点と点検としての2度目の採点が同一用紙上に重畳することにはかわりない。なにより「二系統」を突き合わせてミスを発見できれば良いが、間違いにもそれなりの理由があり同じところで起きやすいのであるから、突き合わせをも潜り抜ける可能性は排除できない。

 さらに、「調査改善委員会」報告書は、全部の解答欄ごとの得点を表計算ソフトウェア(MicrosoftのExcelを指定)にタイプして照合するよう求めた。「記述式」のことは何も考えてもいないようで、安易に思いついた愚策であるが、これで作業量は飛躍的に増加する。「エクセル」には全セルに埋め込まれた関数をスプレッドシート(表)上で一覧表示できないという致命的欠点がある。自動参照・自動転記・自動計算などの関数設定が誤っていたり、誤操作で特定セルの関数の書き換えが起きたりしても、外見は変化しない。誤集計が起きても原因究明は困難である。それどころか誤集計が起きたことの発見が非常に困難なのである。その他、手作業での「列コピー」でしばしば間違いが生ずることなども、(入試事務でも)よく経験する。定型にとらわれずにユーザーが柔軟に作成使用できる表計算ソフトウェアを、本来の用途から逸脱した厳格な定型業務に用いるのは素人が陥りがちな間違いである。入力作業、演算、出力のそのつど、ミスがないことの確認作業が必須になる。しかも、横(列)に全部の問題、縦(行)に全受験生を配列した1枚の巨大なスプレッドシートをスクロールしながらの、気の遠くなるような作業である。今までなかった膨大な作業が突如つくりだされたわけで、次回からの採点と集計の作業量は劇的に増大し一層困難化する。

 同一問題の採点作業をひとりの採点者が全受験生について実施することはできず、「分担」しなければならない。単純であっても、誤字の判定、さらに手書き文字の字画の判定など、複数で取り掛かれば必ず不一致が生ずる。今回急増した複雑長大な「記述式」だとブレは不可避である。あらかじめ高校教育課から示される採点基準自体にどうかと思うようなところもある。今回、誤答を正答としたミスとして指摘され、5点を0点に変更したという実例など、瑣末を通り越して意味なく厳しすぎ、むしろ採点基準自体が不適当なものもあった。それらを「気の緩み」によるミスと見做すのは失当である。

 「人為的なミス」(意図的なという意味ではない)を根絶すること(減らすのではダメで、ゼロにしなければならない)が至上命令だというのであれば、まず、長短問わず「記述式」は回避し、全部をいわゆる「記号の選択」とするほかない。最終的には、当たり前だが「人為的なミス」回避には「人為」それ自体を完全に排除するしかない。心構えの説教や処罰の恐怖で「人為的なミス」を根絶することは不可能である。ミスを絶対許さないというのであれば、機械による採点を導入するしかない。OCR(optical character recognition 光学式文字認識)による手書き文字の完全読み取りは実用性はないので、選択肢の塗りつぶしかせいぜいアラビア数字を機器で読み取る程度の「マークシート」方式(OMR)しかない。「調査改善委員会」は、「マークシート方式の導入については、こう言っている(https://www.edu.pref.ibaraki.jp/board/gakkou/koukou/nyuusi/saitenayamari/r30428houkoku.pdf)。

「採点方式の多様化等の状況、一部自動化などについて、時間をかけて調査することが必要であり、県教育委員会における検討課題とする。」「ただし、今後も採点ミスが発生するなど、本委員会の提言を受けての改善策に実効性がない場合は、躊躇することなくその採用の可否を検討するものとする。」

 「時間をかけて」と腰の引けたことを言っているかと思うと、「躊躇することなく」検討すべきだと、たいへん勇ましい。今後もミスは不可避であるから、結局そこにいくことを見越した上での時間稼ぎのようだ。しかし、その場合でも「一部自動化」つまり、「記述式」とマークシートの併用にこだわっている。採点ミス問題の震源地である東京都と神奈川県が、「マークシート」方式と「記述式」との併用に転換したことを後追いするつもりのようで、システムは際限なく肥大し複雑化するだろう。

 この「調査改善委員会」報告は、「学識経験者」としての税理士、大学教員と「経済産業界」たる銀行や電機メーカーの役員が提言したことになっている。しかし、4月8日に急遽招集された常銀の「取締役会長」や日製日立事業所の「事業所長」がみずから入試採点業務について調査検討して、4月27日に改善案を提言するのは、無理だろう(能力的にではなく時間的に)。この手の「第三者機関」の例に漏れず、実際の提言内容は全部、事務局たる高校教育課が作成したものであり、すでにあらかじめ県教育庁が意図している方針なのである。

 ミスを極限まで減らすためには、際限ない時間と手間を要するだろう。半世紀以上放置した解答用紙の書式改善もすでに遅きに失したし、そのほかの弥縫策も不徹底なうえ、「二系統」化やエクセル使用など従来なかった作業が突如導入されてかえって作業量は増加する。手順が複雑化し量的にも肥大するから、採点ミスは次回以降もかならず出現する。それどころか、増加するかもしれない。想像を絶する過重労働が強制されるのは必至である。採点ミス問題は永久に継続する。労働時間や労働密度の改善がすすむと思うのは完全な幻想で、高校教育課の方針は、土曜日・日曜日勤務、作業手順の量的増大と複雑化、さらには事務職員や教員OBの動員という突拍子もない悪策愚策が目白押しである。しかもミスした時の「懲戒」と「文訓」への恐怖心が重くのしかかり、教職員の精神神経的負荷は圧倒的に増大する。

 以上のとおり「採点ミス」の本質を確認したので、「指針」の規定に合致するか否かの本筋にもどる。結論はつぎのとおりである。

 “①(過失による?)「改ざん」、②「紛失」、③「誤って廃棄」”と、“採点ミス”は、完全に異質であって、関係性のない別次元の事柄である。絶対的な差異があるのだから、①②③の次に並列的に列挙されるようなものではない。したがって、採点ミスを、④「その他不適正に取り扱ったこと」の一類型と捉えるのは誤りである。ゆえに、「指針」のこの規定を根拠として、採点ミスを懲戒事由とすることはできない。

 なお、「指針」は「懲戒」の指針であって、「懲戒」ではない「文書訓告」の事由としてはならないのであるが、仮に「指針」を準用してよいのだとしても、内容からみて文書訓告の事由にはならない。

 

採点ミスは大量に起きたのか?

 

 ここで、採点ミスについて、別の観点から検討する。県教育庁の広報やそれをそのまま伝える新聞報道などを見ると、入試における採点ミスがいかに数多いか、県立高校の教職員がいかにもだらけている、しかもそのだらけた教職員が大勢いて、不合格にされた受験生がいる、とんでもない、処分されて当然だ、という論調である。これは冷静さに欠ける。

 「調査改善委員会」報告書を含め、高校教育課が作成した資料によると、2021年3月に実施された2021(令和3)年度入試において発生した「採点誤り」の数は、高校93校中53校で496件である(附属中学校等は除く)。そして処分された教職員は、「懲戒」が197人で、「文書訓告」が958人である(「自主返納」組は除く)。合計1155人である。新聞は、全教職員4,336人の実に26.6%に及ぶなどと書き立てた。57%の高校、26.6%の教職員に問題がある、眼を覆う惨状だというのである。

 ここで誤りの496件に注目する。たしかに少なくない数である。50校で496件だから、1校あたり約10件である。ところで、この「496件」の分母はいくつなのだろうか? 県教育庁の資料を見ても、各校の受験者数や県内の合計数など、基本的なデータすら示されていない。約18,000人の受験者について、採点の工程はどのくらいなのか、そしてミスの確率はどのくらいなのか、ここで試算してみよう。

 各教科の試験問題における採点要素は、少なめだが50か所あると仮定する(あ)。このそれぞれについて、点検を含む正誤判定が3工程(い)、点検を含む点数判定が3工程(う)ある。したがって、各受験者の1教科あたりの採点工程数は300工程である(え=あ×(い+う))。ひとりが5教科受験するから、受験者ひとりあたり1,500工程(お=え×5)となる。受験者総数は約18,000人(か)だから、全部で27,000,000 工程(か=お×18,000 )になる。「記述式」はさらにプロセスが多いだろうから、これは控えめの数値である。(なお、採点従事者数を、ざっと4,500人と見積もると、採点者1人当たりの工程数は、27,000,000〔工程〕割る 4500〔人〕で、6,198工程となる。)

 発生したミスは、496件である。採点にしろ得点記入にしろ、1件のミスは点検2回を含め3工程でのミスの結果であるから、496×3=1,488工程がミスだったということになる。全工程を分母、ミスした工程を分子とすると、27,000,000 分の 1,488 となる。これがミスの発生確率である。約 0.0000551%である。切り上げて、10万分の6である。

 おどろくべき数値で、にわかには信じがたい。単純なモデル化であるが、これが事実である。というのも、これはミスの発生確率というよりは、点検によって訂正されることなく最後まで残ったミスの確率である。最初の採点のミス、ミスした採点を見逃したミス、最初の点数記入ミスやその見逃しなどは、相当数あるだろう(1桁か2桁多いかもしれない)。それらのミスを、全県立学校の教職員が、神経を擦り減らしながらひとつひとつ訂正した最終結果が、この「10万分の6」である。

 最終的なミスが100分の1もあっては「気の緩みがあった」と言われても仕方あるまいが、1,000分の1どころか10,000分の1以下なのである。こんな単純な事実をわきまえず、懲戒処分と文訓を濫発した茨城県教育委員会・教育庁の判断は、完全に常軌を逸しているというほかない。

 

 

 

文書訓告の文面を読む

 

 これが「文書訓告」である。突然こんなものをもらった教職員は、まずは驚いたそのあとで、つくづく呆れたに違いない。回りくどく抽象的にいろいろ書いてはあるが、肝心のことが何も書かれていない。「採点誤り」がそもそも何に違反する行為なのか、そして何故「文書訓告」を受けなければならないのか、さっぱりわからない。それどころか「文書訓告」とは何なのか分からない。

 第2段落の「重大な支障」と第3段落の「不適切な行為」が、「懲戒処分の指針」の1の(13)のウ「公文書を改ざんし,紛失し,又は誤って廃棄し,その他不適正に取り扱ったことにより,公務の運営に重大な支障を生じさせた教職員は,停職,減給又は戒告とする。」を念頭に置いていることは明らかなのだから、その旨を明記すべきだった。しかし、そうなると「文書訓告」は、地方公務員法上の「懲戒」ではなく、どこにも法令上の根拠がないこと、お門違いにも「文書訓告」を「懲戒処分の指針」によって下したこと、そのうえ、「その他」を拡大解釈してのこじ付けであることが、全部露見することになる。

 そして、どうして発信者名が「茨城県教育委員会」でなく、「茨城県教育委員会教育長」であるのか、しかもたいていは「茨城県教育長」というのに、今回は官職名詐称ギリギリに「茨城県教育委員会教育長」と書いた見え透いたトリックもわかってしまう。だから誤魔化すしかなかったのであり、意味不明の文章になったのである。

 ここまで検討してきた事実と法令を踏まえるならば、「当該事務に対する県民の信用を失墜させ」、入学者選抜事務に重大な支障を生じさせた」のは、いわれなき処分を受けた教職員ではなく、そう言っている御本人、つまり「茨城県教育委員会教育長」、ならびにここに登場していない「茨城県教育委員会」だということが明らかである。「社会的立場と職責」を深く自覚すべきなのは、「茨城県教育委員会」の各委員と、自身も一委員である「茨城県教育委員会教育長」なのである。

 

入試採点処分問題は今後も続く

 

 次回から実施されるらしい入試採点手法の「改善策」は、本質をはずしていて、しかも不完全であるから問題は絶対に解決しない。解答様式の書式改善だけは一定の効果を発揮するかもしれないが、休日出勤や表計算ソフト入力・点検など作業量の増大により、教職員の負担は激増する。採点ミスは永久に続き、採点ミスを口実とする「懲戒」と「文書訓告」濫発は継続する。絵に描いたような拙速ぶりである。

 通常所定業務ではないのに、入試採点は職務命令により強制されるから、業務を遂行しないという選択肢はない。不徹底な「対策もどき」、それどころか逆効果となることがあらかじめわかっている悪策愚策を強要する県教育庁の統制下で入試業務に従事し続ければ、「ミス」は必ず起き、「懲戒」と「文書訓告」は次回(今年度末)も、来年度も、再来年度も、その次も永久に続く。「懲戒」は重畳すればより厳罰化することになる(「懲戒処分の指針」にそう規定してある)。「戒告」が重なれば「減給」になり、「減給」が重なれば「停職」になる(「停職」期間中は当然無給である)。「停職」が重なれば、最後は「免職」である。「懲戒免職」となれば、退職金と厚生年金はゼロになるし、当然再就職も困難である。「文訓」も2度、3度と重なれば、いずれ「懲戒」の段階に進むことになる。

 採点ミスと「懲戒」「文書訓告」の悪無限を回避する方法はないわけではない。「点検」をしないか、あるいは「点検」したフリをして、「ミス」があったことを揉み消すことである。しかし、これでは今回、県教育委員会、県教育庁がしたことと同じである。県教育委員は1000人以上を懲戒と文訓に処するのであれば、そのような業務を遂行させた任命権者としての責任を深く自覚し、全員辞任してしかるべきだったのに、残留した。

 みずからも県教育委員である県教育長は、特別職であるので一般職の公務員のように「懲戒」の対象とはならないから、責任の取り方としては辞職しかないのであるが、、給与の10分の1の3か月分の「返上」というお笑い種の欺瞞行為で、誤魔化した。「給与返上」には、「懲戒」とか「訓戒」の意味合いはまったくないのに、結構な額の報酬をちょっと減らしたくらいでまるで善行でもしたかのごとくである。県教育庁の幹部職員、責任部署である高校教育課は、学校の教職員1000人以上の懲戒と文訓に見合うように、全員が最低でも停職3か月程度の「懲戒」を受けるべきだったのに、副参事ふたりの「戒告」にとどめた。3月まで高校教育課長だった現在の学校教育部長は、とりわけ責任重大で「免職」が妥当なのに、なんの処分もなくその椅子に座ったまま、そこから1000人以上の処分を発令した。

 

処分を受けた教職員ができることは何か?

 

 「懲戒」処分を受けた教頭は、校長に「昇任」する道を閉ざされた。「懲戒」処分を受けた教諭は将来の「昇任」の道を閉ざされた。それだけでなく、「懲戒」処分を理由として次の定期昇給が回避される虞も濃厚だ。「文書訓告」の場合どうなのかについて、県教育庁は明言を避けている。つまり、「昇任」や昇給への影響を否定してはいない。教育委員や教育庁幹部が揮うような特権とは無縁の教職員は、黙って処分に服すしかないのだろうか? 「懲戒」と「文書訓告」を受けた教職員にはどのような対応が可能なのか?

 「懲戒」を受けた職員は、茨城県人事委員会に「不利益処分についての審査請求」を申し立てることができる。手続きは容易である。審査請求書を書いて、「懲戒」通告書のコピーを添えて提出すればよい(茨城県人事委員会規則 https://www.pref.ibaraki.jp/somu/somu/hosei/cont/reiki_int/reiki_honbun/ao40003801.html)。費用は一切かからない。ひとつだけ注意するのは、処分があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に申し立てることである(地方公務員法第49条の3)。8月25日まで熟慮する時間がある。

 審査は書面によるものにゆだねてもよいが、口頭審理を申し立てたうえ、同じ件で「不利益処分」を受けた人たちも各自同様の申立をすることで、併合審理に臨むのがよいだろう。弁護士のほか、裁判とことなり知人・友人を多数代理人に選任することができる。思いを同じくする人たちと一緒になって、理不尽な懲戒処分の取り消しを求めることができるのである。人事委員会の口頭審理においては、自ら意見を堂々と述べることができ、処分者として出廷している高校教育課長や必要な証人に説明をもとめることができる。

 管理職員でなければ、茨城県高等学校教職員組合の組織をあげた取り組みが可能である。顧問弁護士を代理人として選任することもできる。残念ながら、校長・副校長・教頭・事務(室)長の場合は、地方公務員法の規定により茨城県高等学校教職員組合に加盟することはできない。しかし、地方公務員法は、一般職員と同様に、管理職員が「勤務条件の維持改善を図ることを目的として」職員団体を組織することを予定している(第52条)。管理職員だけの職員団体、たとえば「茨城県立学校管理職員組合」(仮称)を結成し、当局との交渉をおこなって違法不当処分の撤回を求め、あわせて県人事委員会に審査請求のうえ併合審理を実現し、代理人弁護士をたてて組織的にとりくむなど、さまざまの道が開かれている。

 新聞によると、3月31日の県立学校長会議の場で、「茨城県高等学校長協会」(俗称「校長会」)の協会長である一校長が、入試採点問題で県教育庁の見解に異を唱えたとのことである。元高校教育課副参事とあっては今ひとつ説得力に欠けるのであるが、なにより法令上の根拠のない任意団体であっては、それ以上の取り組みも期待できない。親睦団体の「校長協会」では期待薄でも、地方公務員法上の「職員団体」としての「茨城県立学校管理職員組合」(仮称)であれば、県教育委員会に真に有効な再発防止策を提起しその実現を迫る活動を、継続的かつ有効にすすめることができる。そうしてはじめて、自分たちが今後退職まで更なる懲戒処分に怯えて暮らすのを回避することができる。しかし、それよりもっと大切なことがある。将来の教頭・副校長・校長たち、そして後輩の教職員たち全員に、安心して働くことのできる職場を残すことができるのである。

 いっぽう「文書訓告」を受けた教職員の場合はどうだろうか。人事委員会は、「文書訓告」は「不利益処分」ではないから、「不利益処分の取り消しを求める」ことはできないと言うだろうが、「不受理」覚悟で、抗議の意を表明するのも無意味ではないだろう。そして「勤務条件に関する措置の要求」(https://www.pref.ibaraki.jp/somu/somu/hosei/cont/reiki_int/reiki_honbun/o4000379001.html)を申し立てる、あるいは「苦情相談」(https://www.pref.ibaraki.jp/jinjiiin/shinsajyoho.html)を申し立てるなど様々の道が開かれている。さらには、職員団体の日本一優秀な顧問弁護士を代理人に選任し、水戸地方裁判所に不法行為による損害の賠償を求める国家賠償請求訴訟を提起する、「名誉毀損」のかどで茨城県教育長を水戸地方検察庁に刑事告訴する、などのさまざまの手法を取ることができる。

 今回たまたま「懲戒」や「文訓」を受けなかった教職員はどうか? 2022(令和4)年3月の土曜日か日曜日の勤務中に、連続勤務と異常な緊張ゆえに朦朧として「エクセル」の入力に失敗し、来年のいまごろ「懲戒」「文訓」を受けることになるかもしれない。今回たまたま「懲戒」や「文訓」を受けなかった教職員は、今回たまたま「懲戒」や「文訓」を受けた教職員と、ともに行動すべきである。

(終)