法律違反の許容量20mSvを宣伝する汚染地域自治体

 2011年6月10日

20mSv許容にあいつぐ批判


 文部科学省が、4月19日に福島県と福島県教育委員会等に対して幼児・児童・生徒の放射線被曝限度を一挙に20mSv/年(3.8μSv/時間)に引き上げる旨通達したことをめぐっては、原子力安全委員会の委員代谷誠治が異議を表明(4月13日)したほか、内閣官房参与小佐古敏荘が抗議辞任(4月29日)するなど、政府内部からも批判が噴出した(本紙第1031・1032号)。

 法曹や医師も批判的である。4月22日、日本弁護士連合会(会長宇都宮健児)が、通達の撤回と、「汚染された土壌の除去、除染、客土などを早期に行うこと、あるいは速やかに基準値以下の地域の学校における教育を受けられるようにすること」などの対策を求める声明を発した(www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/110422_2.html リンク切れ)。5月12日、日本医師会(会長原中勝征)が、通達には根拠がないことを指摘し、とりわけ「幼稚園・保育園の園庭、学校の校庭、公園等の表面の土を入れ替えるなど環境の改善方法について」福島県まかせにしたことは不適当であり、「国として責任をもって対応することが必要である」との見解を表明した(http://dl.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20110512_31.pdf。避難区域の福島県浪江町出身の原中勝征は単身で現地視察後、「二度と私の生まれた故郷は再興されることはないと思いました〔……〕私は自分の故郷を失ってしまいました」と語っている〔www.med.or.jp/nichinews/n230520d.html〕)。

 海外からも厳しい批判が寄せられた。「社会的責任のための医師団Physicians for Social Responsibility」は4月29日、声明を発表した(www.psr.org/assets/pdfs/psr-statement-on-fukushima-children.pdf)。

自然放射線を含め、いかなる被曝もガンの危険性の増大をもたらします。とりわけ、放射線に被曝するすべてのひとびとが同じように影響を受けるのではありません。こどもたちは、おとなよりも放射線被曝の影響をずっと受けやすく、胎児はさらに傷つけられやすいのです。こどもたちの被曝許容量を20mSvに増大させるのは論外です。20mSvはおとなの発ガンの危険を500人に1人増加させますが、こどもに対する同じ放射線被曝は200人に1人増加させるのです。もしかれらが2年間被曝すれば、危険は100人に1人となります。この被曝線量をこどもたちにとって「安全」なものとみなすことは、到底できません。〔抄訳〕

 批判的論調が、根拠のない「安全・安心」宣伝を圧倒しつつある。3月11日以来はじめて、国内の世論動向に転換の兆しが現れた。ここで、文科省は姑息な策を弄した。5月27日、「当面、年間1ミリシーベルト以下を目指す」と発表した(www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1306590.htm)。世論に押されて、方針転換したように装ってはいるが、表土撤去を拒み、「上下置換法」など問題を残す手法を推進する方向である。しかも年間20mSv(3.8μSv/h)通達は撤回していない。問題は解決していない。


現行法に違反しICRP勧告と矛盾


 日本国においては、一般公衆の放射線被曝の限度は、以下の法令等により年間1mSvと定められている。

○「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(昭和32年6月10日法律第166号)

○「実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則」(昭和53年12月28日通商産業省令第77号)

○「電離放射線障害防止規則」(昭和47年9月30日労働省令第41号)

 一般公衆の年間被曝限度を1mSvから20mSvに引き上げる通達は、これらの法に反する。通達は内容上違法であり、したがって無効である。また、通達はあたかもICRP(国際放射線防護委員会)の勧告や声明に準拠しているかのごとく言っているが、実際にはICRPの基本的立場を蹂躙している。

 この点についてさらに具体的に検討する。原子力安全委員会の5人の委員のうち4人は原子炉の「専門家」であり、医師は1人だけである。その久住静代が、「100mSv安全論」を主張している。原子力安全委員会は、4月9日に学校での放射線量に関して文部科学省から内々に打診を受けて一部の委員と事務局で打ち合わせ、19日に「正式」の諮問を受けると、委員会の会議を開催しないまま原子力安全委員会としての「助言」をおこなった。それをうけて文科省から福島県等への通達がおこなわれた。その翌日の4月20日、別の議題を取り扱った原子力安全委員会の正式の会議において、久住はつぎのように述べた(www.nsc.go.jp/anzen/soki/soki2011/genan_so22.pdf、6頁 リンク切れ)。

あくまで1年間に100mSvまでは確定的影響という被ばくをしたときに、短期間に現れる身体影響も、長期的に起こってくる晩発的影響、確率的影響も起こらないことをはっきり皆様に理解していただきたいと思います。特に今回は、急性被ばく、一度の被ばくではなく、継続している慢性被ばくですから、影響はより少ないというふうに考えられます。

 「はっきり皆様に理解していただきたい」とは、ずいぶん偉そうな口ぶりである。原子炉工学専攻の委員代谷誠治が、記者会見で子どもはせめて10mSvにすべきだと異議をとなえるにいたった背景には、医学博士久住静代のこの「100mSv安全論」があったのだ。そういえば長崎大学教授の医師山下俊一も、福島県の「放射線健康リスク管理アドバイザー」としての講演や雑誌・ラジオの取材の際、「100mSv安全論」を吹聴し「安全安心」を宣伝していた。しかし、久住の職務上の地位と国家政策上の影響力は、山下のそれとはくらべものにならない。経済産業・文部科学・国土交通の3規制官庁の上位に君臨する原子力安全委員会において、5人の委員のうち唯一の医師である者が「100mSv安全論」を吹聴していることの弊害はきわめて大きい。

 医師が、私人としてどのような説を信奉し提唱するのも自由ではある。しかし、原子力安全委員の委員が、一般公衆について1mSv/年とする現行法の規定を根底から否認し、その百倍の放射線被曝を容認する学説(?)を公言することは許されない。国内法における規制値の根拠となっているICRPの基本的立場である放射線被曝の確率的影響を否定し、ICRPが勧告する規制値の百倍の放射線被曝さえ無害と主張し、幼児・児童・生徒について現行法の規定の20倍の放射線被曝を正当化するのは、わが国の法秩序を根底から掘り崩す違法行為である。これは犯罪に他ならない。

 久住静代は以前、ICRPについてつぎのように述べた(http://ci.nii.ac.jp/nrid/9000005041594)。

ICRPは、1950年の発足以来、医療関係者や原子力業務従事者等の職業被ばくだけでなく、一般公衆の被ばくに対する放射線障害の防止のために、多大な貢献をされてきました。〔……〕ICRP勧告は、従来から、各国によって広く受け入れられており、我が国もまた、当初より、ICRPの諸勧告を尊重し、国内法令の整備に際しては、Pub. 1をはじめとする勧告の導入を積極的にはかってまいりました。

 久住静代は山下俊一と同じく、3月11日以降、突然、公衆の被曝限度を年間1mSvとする国内法を無視し、ICRP勧告を根本から否定する「100mSv安全論者」としての活動を開始したのだ。


「基準値20mSv」の全国展開


 この通達による幼児・児童・生徒に関する年間被曝限度の1mSvから20mSvへの引き上げは、福島県内の保育園・幼稚園・小中高校に限られる(ただし違法で無効)。それは、通達の標題(「福島県内の学校の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」)、および宛名(福島県・福島県教育委員会他)からもあきらかである。通達は、文部科学省が福島県内の学校に関して、その設置者等に対し通知したものである。福島県と福島県教育委員会を除く、それ以外の都道府県・市町村や都道府県教育委員会・市町村教育委員会はこの通達の名宛人ではない。ところが、関東一円の地方行政当局・地方教育委員会当局の多くが、「年間20mSv」は幼児・児童・生徒を含むすべての日本国民の放射線被曝許容値であると勝手にみなして広報活動をおこなっている。

 衆議院議員で国土交通政務官の小泉俊明は、5月6日、取手市・守谷市など茨城県南9市町村の各所において大気中の放射線量を測定したところ、予想外の高い数値を示したため、5月9日、9市町村の公立小中学校長とPTA会長にファクシミリを送信して測定結果を報告し、あわせてマスク着用など児童・生徒の被曝抑制策を取るようよびかけた。

 取手・守谷を含む、茨城県南部・西部においては、3月11日以降、福島第一原子力発電所の緊急事態をうけた国・茨城県による大気中や地表面の放射線量測定は、一切おこなわれていなかった。そうであれば市町村としての独自のとりくみが要請されていたといえる。しかしこれら市町村当局もまた、この間一切の対策を立てず、座視していた。

 小泉俊明のファクシミリについて知らせを受けた取手市長藤井信吾は、守谷市長会田真一らと打ち合わせたうえで、5月12日にみずから東京に出向いて国土交通大臣大畠章宏と国土交通政務官小泉俊明あての質問状を提出した。質問状は、形式上は「見解をお示しくださるようお願い」し、「よろしくご教示のほどお願い」するものだが、その内容は「大変お忙しい中、政務官自ら調査していただき誠にありがとう」と揶揄したうえで、肝心の測定結果については、「年間の被曝総量は約2.6ミリシーベルト」に過ぎず、「原子力安全委員会の示している年間20ミリシーベルトに対する上記測定結果の見解について、お示しいただきたい」と、勝ち誇ったように反問した。さらに「マスクに関しては、原因者である東京電力(株)又は国が支給すべきと考えますが、政府として、そのような対策を検討されておられるのか」とひねくれた質問を投げかけた。

 政務官としての立場との齟齬につけ込まれた小泉は、同日夜8時過ぎ、取手市役所等に「結果として混乱を招き、ご迷惑をおかけした」とするファクシミリを送信した。


学校内における放射線量測定結果


 ところが事態はおもわぬ方向に進展した。藤井信吾が東京まで出向いて質問書を提出した5月12日、茨城県がはじめて県南・県西地域の放射線量の測定を実施したところ、あろうことか取手市と守谷市(原発から約190km)が、県内でもっとも高い放射線量を示したのだ。福島県境の北茨城市(原発から約70km)よりも高い値だった。地方政治家たちによる異様な国会議員いびりと、深刻な測定結果、ふたつの記事が翌13日の同じ新聞紙面に並んだ。

 さらに同じ13日に、取手市が市内の保育園・幼稚園・私立小中学校における放射線量の測定を実施した。藤井信吾が責任を自覚してみずから測定に乗り出したわけではない。たまたま3月11日の震災以前に、財団法人日本科学技術振興財団に申し込んでいた簡易測定器(「はかる君」)が5月12日に貸与されたのだ。同財団は、文部科学省の委託をうけて、原子力発電を推進する目的で、放射線に対する「親近感」を醸成するために貸し出し事業をおこなっている。しかし、自然放射線をはかって、小中学生に親しみをもってもらうどころの話ではなくなった。あちこち測定されたら大変なことになる。どうやら、各学校では児童生徒には測定器に触れさせず、教員だけが放射線量値を見たようだ。

 測定結果は、平均的に前日の茨城県の測定と同様の高い数値を示したのだが、高井小学校0.417μSv/時間、取手第二中学校0.386μSv/時間、白山保育所0.368μSv/時間など、さらに高い数値が観測された。0.417μSv/時間を8760倍(24時間×365日)すると、3.65mSv/年に達する。文部科学省流のおかしな計算(学校で8時間、線量40%の屋内で16時間過ごすと仮定)でも2.19mSv/yearになる。これを、4月5日から7日にかけて測定された福島県内1600校あまりのデータ(www.pref.fukushima.jp/j/schoolmonitamatome.pdf リンク切れ)とつきあわせると、上から4分の3ほどに相当する。(なお、取手市は、市内の県立高校、私立中学校・高校、国立大学を測定対象から除外した。)

 ただちに対策を講じなければならない数値が出ているのだが、取手市教育委員会は、「すべての学校が国の定める暫定的な基準値3.8マイクロシーベルト/時間の範囲以内でした」と文書で保護者に通知し、ウェブサイトで告知している(www.city.toride.ibaraki.jp/index.cfm/8,6362,13,98,html リンク切れ)。

 違法な文科省通達が、環境汚染を正当化してそれを放置し、幼児・児童・生徒の放射線内部被曝を昂進させる口実になっているのだ。

3月15日、福島第一原発周辺住民に対する放射性物質付着検査(共同/ロイター)

 関東地方に大量の放射性物質が降下したのは、3月15–16日と、21–23日がピークだった。www.vic.jpで、1時間ごとの解析結果を閲覧できる。左図は、3月22日正午の飛散降下状況。

 このあと東京や本県で水道水の著しい汚染がおきた。