2 四合院・伽藍

 前項の「四合院」については、北京に行く前にすでに了解していたのですが、実際に行ってみると、「四合院」は一般住宅と宮殿だけではありませんでした。

 5か所見た仏教寺院(法源寺、潭柘寺、戒台寺、臥仏寺、碧雲寺)のすべて、さらに2か所見たチベット仏教寺院(雍和宮、北海公園の永安寺)の伽藍は、いずれも幾重にも重合する四合院建築群から成っていました。それだけではありません。道教寺院(白雲観)も、儒教の建築(孔子廟と国子監)も、なんとイスラムのモスク(牛街清真寺)までも、どれもが「四合院」でした。

 いずれも、建物の配置の基本パターンはまったく同じで、しかもたいていの場合、最初の主殿は「天王殿(てんのうでん)」という名で、弥勒菩薩の化身である布袋(ほてい)の像とその背後に韋駄天(いだてん)像、周囲に四天王像があるところまで全部同じなのです。ガイドブックはもちろん、専門家が執筆した概説書、一般向けの建築の本でも、住宅建築としての四合院のことばかりで、寺院については一言も書かれていませんでした。伽藍の配置図などどこにも掲載されていません。春名徹の『北京』(2008年、岩波新書)では、雍和宮について、

 

南北の軸上に重要な建物が並んでいる。(p.111.)

 

として、牌楼(はいろう)、山門以下、五つの主殿の名称と安置されている仏像について簡単にコメントしますが、左右(東西)の建物には言及がなく、当然、「四合院」の語は一切登場しません。北海公園瓊華(けいか)島の永安寺についての描写はこうです。

 

山門をくぐると丘の斜面にいくつかの建物が階段状に配置されており、頂上まで登ると白塔がある。(p. 143.)

 

 前ページで引用した楼慶西『中国歴史建築案内』(2008年、TOTO出版)は、伽藍の「四合院」様式については、少し説明がありますが(pp. 128-29.)、伽藍の平面図は一件も掲載されていませんでした。中国の建築家にとっては、あまりにも当たり前のことであり、いまさら説明するほどのことではないのかもしれません。しかし、日本の建築家や歴史家、仏教解説者たちは、ほとんど(すくなくとも一般向けの解説書・案内書では、まったく)寺院の四合院構造について言及することはありません。

 下左の写真は、チベット仏教寺院・雍和宮の伽藍の鳥瞰写真です(李衛峰『雍和宮』2008年、China Intercontinental Press, p. 10.)。下右は、現地の案内看板の鳥瞰図です。左の航空写真には、右の案内図の①牌楼〔入り口のゲート〕と②中庭は写っていません。一番下に写っているのは、案内図④の昭泰門です。

(どちらもクリックして開いた写真をさらにクリックすると、拡大表示されます。案内看板の写真を拡大すると、建物の番号を読み取って、その下の案内表示から建物の名称がわかります。


 雍和宮(ようわきゅう、Yonghegong)は、もとは雍正帝(ようせいてい、清の第5代皇帝、在位1722-35)が生まれ育った宮殿でしたが、のちにチベット仏教の寺院として下賜されたものです。もちろん、転用にあたっては寺院特有の建築物としての鐘楼・鼓楼の追加など、大規模な増改築がおこなわれたにちがいありません。しかし、住宅と寺院が転用可能であるというのは非常に興味深いことです。いずれも「四合院」形式だからこんなことが可能なのです。これは、日本の寺院ではちょっと考えられないことです。(塔頭〔たっちゅう〕というのはまったく別の事柄です。いずれ触れることにします。)

 そういえば、前ページの清代の「清明上河図」に描かれていた四合院住宅は、ずっと小規模とはいえ、この雍和宮にたいへんよく似ています。牌楼もあるし、四合院が幾重にも重合し、いちばん奥の建物が二階建てになっているところまでそっくりです。

 

 次は、北京郊外(旧城壁から直線距離で約28km)にある仏教寺院の潭柘寺(たんしゃじ)の伽藍配置(『潭柘寺』p. 84)と、旧城壁(現在の第二環状道路=二環)のすぐ外縁にある道教寺院の白雲観(はくうんかん)の伽藍配置(『北京白雲観』1994年、中国道教協会、p. 2.)です。白雲観の図は、軸線が補助線として記されています。四合院の本質をよく自覚していることが窺われます。


 このように、チベット仏教、一般的な大乗仏教、道教の寺院が同じ発想のもとに建設されたものであり、しかもそれらがずっと維持されているのです。

 潭柘寺と雍和宮の伽藍配置のそれぞれについて、左右に重合する部分を除く中心軸上の建物の配置を表にしてみます。(「主殿」というのはいささか不適切な語かもしれませんが、拝殿、仏殿を指すことにします。「本堂」「金堂」「中堂」などでは日本の、宗派性を想起させるのでとりあえず使わないことにしますが、それらに相当するものとは言えます。ただし、どこでも一つではなく、たくさんあるのに「主」殿というのも変ですが。)


中国(北京・潭柘寺)

中国(北京・雍和宮)



 牌楼  牌楼
 獅子  獅子
 第一の門  山門  昭泰門
 中庭

 東西に建物をもつ四合院形式  銀杏と沙羅(樹齢数百年)

 東西に建物をもつ四合院形式

 第一の主殿

 天王殿

(正面に布袋像、背中合わせに韋駄天像、周囲に四天王像)

 天王殿

(正面に布袋像、周囲に四天王像)

 中庭  東西に鼓楼と鐘楼のある四合院形式  東西に鐘楼と鼓楼のある四合院形式
 第二の主殿  大雄宝殿(釈迦牟尼仏像)  雍和宮(現在仏・釈迦牟尼、未来仏・弥勒仏、過去仏・燃燈仏、ならびに十八羅漢)
 中庭  東西に建物をもつ四合院形式  東西に建物をもつ四合院形式
 第三の主殿  毘盧閣(毘盧遮那仏) 

 永祐殿

(無量寿仏、獅吼仏、薬師仏)

 中庭       東西に建物をもつ四合院形式
 第四の主殿

 法輪殿

(ツォンカパ像、五百羅漢山)

 中庭  東西に建物をもつ四合院形式
 第五の主殿  万福閣(弥勒仏)
ストゥーパ  複数の石製ストゥーパ 法輪殿頂上