下流優先論10  2019年水害の隠蔽                    (May 22, 2021)

 

Ⅴ 痕跡水位データの救出

 右は浸水した幼稚園の敷地。2015年水害の際、建設中の園舎が浸水したので、その高さまでの高矢板を打設し鉄筋コンクリートの天端をつけたが、今回はさらに1m以上水位が高かったため、完成した園舎が床上浸水した。この地点は激特による築堤がもっとも遅れた。建造中の擁壁が途切れているあたりがL5.50k。(2019年10月30日)

 

 

 2019年台風19号による洪水について、全区間の痕跡水位が記録されず、重要区間を含む膨大な欠測が生じている現状は到底放置できない。というより重要区間であるから隠蔽行為がおこなわれたのであるが……。

 とはいうものの、いまさら痕跡水位の測量をやり直すことは不可能であることに鑑みて、膨大な「不採用」地点の全てにわたり、記録された「縦断測量観測手簿及び計算簿」から痕跡水位の数値を「採用」しうるものを救出できるか否かを検討する。すなわち、地点写真に併記された恣意的な「痕跡精度」判定による「不採用」を取り消し、測量によって得られた「縦断測量観測手簿及び計算簿」のデータにより一覧表・平面図・縦断図の空白を復元できるか否か検討する。

 しかしながら、www.naturalright.orgとしては、今ここで、下流部の全区間・全地点について熟知しているわけではないし、なにより実際の測量をおこなったのでもないので、全区間にわたってその作業をするのは不可能である。それができるのは、実際に測量や撮影をおこなった新星コンサルタントの従業員だけである。そして、現在のところ、隠蔽行為に手を染めた新星コンサルタントの経営幹部と下館河川事務所には、その作業をおこなわせる意思がない。

 そこで、とりあえず、ある程度現地の具体的状況を把握している2つの地点・区間について、痕跡水位データの救出を試みることにする。

 

 

1 25.50k-26.50k区間の痕跡水位

 

 まずⅣで扱ったばかりの25.50k-26.50k区間である。すでに作成した一覧表に、「縦断測量観測手簿及び計算簿」から、該当地点の測量値を読み取って転記した。

 

 

 250mごとの距離標石地点と、樋管・堰の地点を別の日に測量しているので、「縦断測量観測手簿及び計算簿」からの数値を2列に分けて転記した(痕跡水位の標高のあとに、測量日と、報告書名〔003とはSUVRP003.pdfのこと〕と掲載ページを記した)。

 水面波形にややおおきな変動が見られる。洪水の当日に現場を見ていないので水面波形がどのようだったかはわからないが、鎌庭捷水路の急傾斜区間(長大な大蛇行部をショートカットすれば、当然河道勾配は大きくなる)の下流端部であり流れが激しくなる可能性が高いこと、そして鎌庭堰による水流変動、いわゆる「堰上げ」が起きていることなどの要因が考えられる。なお、左岸でも同程度の変動はあるから、あえて測定ミスとして排除すべき数値ではないだろう。

 2015年9月水害の大規模氾濫地点である若宮戸の対岸の痕跡水位を記録する意味はおおきい。(ここではとりあげないが、同様の大規模氾濫地点だった三坂〔L21.00kの前後195mで決壊、うち165mが破堤〕の対岸の痕跡水位が欠測となっていることも留意すべきである。)

 

 

 

2 3.00kから7.00k区間および9.00kから12.00k区間の痕跡水位

 

 つぎに、本件洪水における、もっとも注目すべき地点・区間である3.00kから7.00k区間を含む、3.00kから12.00kまでの区間である。利根川への合流点直前の左右両岸にわたる4kmに及ぶ区間、しかも2015年9月の氾濫にひきつづき、前回以上の氾濫による被害を生じた地点と、2019年9月水害における氾濫地点(豊水橋と11.00kの間の区間)である水海道元町(もとまち)の対岸区間を復元する意味はきわめて大きい。

 1のL25.50k-26.50k区間では右岸だけの数値を拾い出したが、ここでは、左右両岸にわたり、「縦断測量観測手簿及び計算簿」から数値を転記した。

 ただし、3箇所、測量ミスに起因する数値がある(赤文字)。左岸11.25k地点と左岸豊水橋地点については、さきにⅡで測量ミスが生じた原因も含めて具体的に指摘してある。右岸3.75k地点についても、同様に測量ミスの原因を推定してある。

 これら測量ミスがあきらかな3地点を除けば、ほかの全地点は、妥当なものと考えられる。

 

 

 

 さらに、こうして救出した2019(R1=H31年度)年10月13日の痕跡水位の一覧表を、2015(H27)年9月10日の水害時の痕跡水位の一覧表と比較する。

 次に、2019年の痕跡水位一覧を左側に、右側に新星コンサルタントが作成した報告書から同じ区間の2015年の一覧表(すべて空欄の「その他」欄は除いてある)を並べた。

 さらにその次には、2回の洪水の水位を折れ線グラフで示した。(ただし、2箇所の誤測地点すなわち11.25kと豊水橋地点の水位は、さきにⅡ-1-⑵でおこなった推認により「17.50m」としてある。)

 


 

 

 2回の洪水をグラフにしてみる。緑が2015年9月10日、燕脂が2019年10月13日。

 洪水の縦断形は、単純に上下に平行移動するかのように思われているが、そうではない。それというのも「鬼怒川」という独立の河川は存在せず、0.00kにて本川の利根川に合流するからである。鬼怒川は利根川の支流であり、本川の水位如何によって合流点直前の水位は、まったく異なる様相を示すのである。利根川の水位変化は、海面の干満による水位変化とは比べ物にならない。

 

 

 最後に、2019年洪水の特徴を明らかにするために、ほぼ同水位だった9.00kを挟んで、上流側の水海道の更新世段丘地点と、下流側の更新世段丘地点における2回の洪水の水位(Y.P.値、単位:m)を比べてみる。

 

 

 豊水橋をはさんだ11.00kから12.00kにかけては、2019年には2015年より50cm程度水位が低かった。しかし、7.00k付近を境にして高低が逆転する。利根川への合流点近くになると、2019年には2015年より数十cm水位が高かった。とりわけ、園舎が床上浸水した絹ふたば幼稚園のある5.50k地点では、4年前より1.08mも高かった。2019年洪水の最高水位は、7.00kより下流区間では計画高水位に迫り、5.50kでは55cmも上回るなど、黙過できない事態となっていたのである。

 このとおり、2019年10月の台風19号の際の洪水は、利根川本川の水位上昇により、2015年水害時とは大きく異なる特異な縦断形を呈した。鬼怒川下流域における計画高水位を上回る洪水の実態を把握することは、今後の治水政策を立案実施するうえで極めて重要、それどころか絶対的に不可欠であることは論を俟たない。

 新星コンサルタントと下館河川事務所による痕跡水位データの改竄・隠蔽の主たるターゲットが、まさにこの3.00kから7.00kの区間だったことは、偶然ではない。新星コンサルタントと下館河川事務所の行為は、鬼怒川治水の破綻を引き起こしかねない。利根川水系鬼怒川の最下流部の洪水の挙動を把握することは、利根川本川の治水政策においてきわめて重大である。鬼怒川に関する重要データの扱いが影響を及ぼす範囲は、下館河川事務所の管轄の範囲を超えている。利根川水系治水を担う唯一の行政機関である関東地方整備局が、ただちに是正措置を講ずるべきである。

(終)