1 「一部の奉仕者」としての茨城県知事

 

 高校のクラスメートを「いばらき大使」に委嘱

 茨城県知事大井川和彦1(後注。以下同じ)は、就任から2か月後の2017(平成29)年11月、大衆小説家の恩田陸りくに「特別功労賞」を授与したうえで、「いばらき大使」に任命した。県庁舎内の知事室で2人が面会した際、恩田は大井川とは高校で同じクラスだったことなどを話した後、「『夜のピクニック』の舞台になったところですとか、モデルになったところですとか……広めていきたいなと思っています。」と述べた2。「いばらき大使」として、茨城県の宣伝につとめたいということのようだが、つまりは、ほとんど誰も恩田陸が茨城県に縁のある作家だとは思っていないのである。それどころか、恩田本人もそれまでは「いばらき」にさほどのこだわりもなかったようで、小説『夜のピクニック』(2004年、新潮社)では、「モデル」だという茨城県水戸市は「たかだか人口二十万規模の町」、茨城県立水戸第一高等学校は「北高校」、小説の舞台となる同校の学校行事の「歩く会」は「ど田舎の鍛錬歩行祭」、実際には全行程約70km(50kmを隊列歩行、残りはばらばらに走行ないし歩行または脱落)なのに「80km」という調子で、じつに冷淡かつ大雑把である。名称はともかく、「モデル」だという景観や事物事象を彷彿とさせるような描写はまったくない。いまさら、「舞台になったところですとか、モデルになったところです」と言ったところで、学校近くの「鉄道」の水郡すいぐん線(水戸・福島県郡山間のJR単線非電化路線)を「電車」が走っていたり、茨城県では到底ありえないのに、海の水平線に太陽が沈んだりと、どうにも具合がわるい。

 大井川は知らないようだが、じつは『夜のピクニック』は、茨城県行政で2度目の登場である。茨城県立高校の1年生に対する週1時間の「道徳教育」が、2007(平成19)年度からしばらく実施されていたが、その際のテキスト『ともに歩む』に抜粋が掲載されていたのである。県教育庁高校教育課が、文科省初中局で「道徳教育」を担当していた教科調査官から天下りで私立大学教授になった押谷由夫を編集長に委嘱して作成し、毎年新入生に500円で買わせた『ともに歩む』で、第3テーマの「自然の美しさに感動する心を養う」ための教材として採用されたのである。

 しかし、その文章は、この調子である。

 

太陽は偉大だ。たった一つで世界をこんなにも明るくする。ゆっくりと昇ってくる太陽は卵の黄身に似ていたが、貴子の頭の中も、同様にどろりとした卵の黄身状態である。

 

 「貴子」とは小説の主人公で「北高校」の生徒である。映画『夜のピクニック』(2006年、監督:長澤昌彦)では多部未華子が演じたが、作者の恩田陸がモデルというわけではないようだ。原作の小説では海岸での日没場面が描写されていて、それを『ともに歩む』は延々と引用することになるが、たいした描写でもないこともあり、水戸市とその周辺で撮影した映画では常陸太田ひたちおおたあたりの山々に沈む夕陽の場面に置き換えられている。「自然の美しさに感動する心を養う」ためというなら、「卵の黄身」とか凡庸な海景描写などでは用が足りるはずもない。他をあたるべきなのに、編集担当として動員されたものの読書の習慣のあまりない教員たちは何も思い当たらず、茨城県に関係する作家ということで無理して掲載したのだろう。3

 「いばらき大使」というと、この2年後、「フードデザイナー」の藤原浩が、デザイン盗用や詐欺行為が露見して解任される事件が起きる(2019年12月3日)。県庁にならってコンサルタントなどとして採用した県内の市町村や、信用して盗用デザインで製品化してしまった菓子業者が大損害を蒙るなど、茨城県庁(藤原浩が選定されたのは橋本昌在任時)の安易な選定が問題を起こしている。

 なお、2018(平成30)12月には、県保健福祉部の「顧問」として採用された福田祐典が、厚生労働省健康局長だった時に特定の女性職員に年間400通の「セクハラメール」を送信していたとして同年4月に戒告処分を受け、7月に同省を退職していたことが問題になった4。これは定例記者会見での朝日新聞社5の指摘であきらかになったのであるが、質問された大井川は、医系技官で厚生労働省から「出向」している保健福祉部長木庭こば6から推薦を受け、処分の内容は知った上で「私が決断しました」と答えた。

 条例・規則にない「顧問」を置き、しかも公表していないことについては、「今まで公表してほしいという要望がなかったので公表していないのではないでしょうか。私は少なくとも公表しろという要望をいただいたことはありませんけど」と訳のわからないことを言って開き直った7。大井川は、公共性に反する権限行使を平気でおこない、それを稚拙な言辞で正当化しようとするのである。

 「いばらき」にはまるで無頓着だった恩田陸を「いばらき大使」に推薦したのが誰なのか、県庁総務部知事公室報道・広聴課はあきらかにしないので、クラスメートの大井川の意向だったのかどうかはわからない。かりに気を効かせた県職員による人選だったとしても、そんなものは断ればすむ話である。すくなくとも新聞社がビデオカメラで撮影している場では一応のけじめをつけ、高校のクラスメートだとはおくびにも出さないくらいの配慮はすべきだったろう。なんだったら、東京に帰る恩田陸を、浦安行きの公用車に同乗させ、話に花を咲かせればよかったろう。

 

 公用車で千葉県浦安の自宅通い

 大井川の自宅は千葉県浦安市にある。知事就任後、大井川は知事公邸には入らず水戸市内に部屋を借りて「単身赴任」生活をしながら(そこに住民登録)、毎週、家族のいる浦安まで知事公用車(日産エルグランド)で帰宅していた8。防災行政上の責任をないがしろにして、公用車と運転者の県職員を私的に利用して水戸と浦安を頻繁に行き来していたのである。しかも、雑誌『フラッシュ』が報道した2020(令和2)年12月は新型コロナの蔓延期であり、県民には「外出自粛」を要請していた時期である(このあと見る宮崎県知事と同じ行動パターン)。県境を越えて千葉や埼玉から来る客で繁盛するパチンコ店が目の敵にされ、テレビニュースで非難されるなかでの、毎週の帰省である。

 東京都知事の舛添要一が、神奈川県湯河原市の別荘への往復に知事公用車を使用していることが問題化したのは、2016(平成28)年4月のことである。毎週末に知事が他県に出るのは、自治体の防災行政の責任者として失当だとして批判された記憶も鮮明だったはずだが、大井川はそんなことには全然頓着しない。

 舛添の場合、都庁から神奈川県の南西端に湯河原までは約100kmだが、大井川の妻が居住する浦安の自宅までは水戸から120km以上ある。外環(東京外郭環状自動車道)の三郷ジャンクションから高谷こうやジャンクション間が開通したから、だいぶ時間短縮したとはいえ2時間くらいはかかるだろう。県庁職員には災害時に即座に登庁しての緊急対応を義務づけているが、指揮をとるべき知事は災害時には連絡途絶し登庁不可能となる。舛添はほかにも贅沢な海外出張旅行や、千葉県木更津市のホテルに家族で宿泊したのを公務と偽って公金をあてたことなどが問題化し、2016年6月に辞職したが、大井川のこの件はそれきりになっている(秘書課は、当時の公用車運行記録は廃棄したので、記録は残っていないとしている)。

 恩田陸との高校のクラスメート関係を広言したり、公用車と運転者の県庁職員を私的に使用するなど、大井川は「公私混同」性向を隠そうともしない。というより、もともと「公」と「私」の区別という観念がないと言った方がいい9。問題だとは思わないのだから、そのことを隠そうとはせず、言わなくてもいいことまでしゃべって襤褸ぼろを出したりもする。

 2017(平成29)年以来、今日までの茨城県知事大井川和彦の言行を総覧すると、直接的で個人的な体験、とりわけ職業上の経験やそこでの人間関係に動機づけられて、県行政上の大事業や重要施策を思いついて知事の権限を行使する、さらには法律上許されない越権行為に及ぶ、というのが定型的行動態様になっている。そしてそれは本来業務の周辺での恩田や浦安のような枝葉なのではなく、大井川の知事としての行政行為の根幹をなしている。

 

 巨大企業と特権階層を称賛

 2017(平成29)年9月の知事就任直後、11月24日におこなわれた「茨城県総合教育会議」において、大井川和彦はこう発言した。(以下、ボールド体、傍線は引用者によるもの)

 

「アメリカのシアトルなんていうのは,マイクロソフトのビルゲイツとアマゾンのベゾスと, この二人がいたおかげで,街全体にものすごい人と富が集まってきている,そんなことになっています。ほんとに一人の天才が世の中を変える,そういうことが起こりうる時代の中になっているので,いろんな才能をどんどん伸ばしてやる,一生懸命,下を支えるというのは,いままで大事だったと思うんですけど,それだけに集中しないで,どんどんいろんな才能をもっともっと高いところに伸ばしていく,というような教育もぜひ取り入れていけたらなあというような想いを持っている次第でございます。」10

 

 ビル・ゲイツやペゾスは、巨大企業の創業者にして並外れた大金持ちではあるが、100年後に名が残るとも思えず、この程度で「天才」と言ってもちあげるのは言い過ぎである。「ほんとに一人の天才が世の中を変える」など、過大評価にもほどがある。もっとも、現代日本ではたいしたことのない者をすぐに「神」だの「巨匠」だのと気軽におだてる傾向があるので、ここでの「天才」発言も値引きして受けとっておく。

 この目一杯大げさに気宇壮大ぶった法螺話は、じつは卑小なところから発しているのである。こういう文脈だと、普通は「GAFA」11、そしてそれに「M」を付け足した「GAFAM」12のなかでも、まずはアップルのスティーブ・ジョブスが登場するのが普通だ13。どうしてAのアップルでなく、付け足しのMのゲイツと、このところ低い評価が目立つもうひとつのAのアマゾンのベゾスなのか。答えは単純で、大井川がMの日本法人マイクロソフト・アジアの役員(2003-2009年)だったこと、そのマイクロソフトの本社がアメリカ合州国本土の北西端、ワシントン州シアトルにあるからなのである。大井川は、シアトル詣でをした際の個人的感激に今でも浸って、ついハッタリをかましたのだ。

 首都ワシントンD.C.から4000km離れたワシントン州シアトルは、スターバックス本社があるほか、ボーイング創業の地でもある。このところ巨大企業の高給取りの社員が増えたおかげで不動産価格が騰貴し、一般庶民はもはや市内に住むことは難しくなったとのことである。「街全体にものすごい人と富が集まって」きたのはまことにおめでたいが、その「富」は巨大企業のものであり、一般庶民はそこからのおこぼれ(「トリクルダウン」)にあずかることもできないないどころか、その「人」のために「街」から追い出される始末である。

 「一生懸命,下を支えるというのは,いままで大事だった」というのは、大井川本人ではなく、20世紀後半の日本の中央政府や地方自治体の公式政策である。それだってだいぶ大袈裟で実際にはまったく不十分だったのだが、大井川はもはやそんな目標は全廃して一般庶民には今後一切目を向けないことを宣言する。水戸一高はさほどではないが、そのあとの東京大学文科一類入学以来、〝上〟ばかり歩んできて、水戸市笠原町にポツンと立つ茨城県随一の高層ビルからあたりを見下ろすようになったからには14、金輪際「下を支える」などとはたとえ建前としても言わないというのだ。

 自前の軽ワゴン車を運転し、荷物を1個配達して70円か80円、多い時には4割にもなる「再配達」をこなし、1日に150個がやっと。そういう過酷な労働に従事する配達員がラストワンマイルを担ってA(アマゾン)の利益を生み出すのだが、キャプテンシート付きの日産エルグランドで千葉県浦安市の〝自宅〟へと送迎してもらう〝千葉県民大井川〟は、そんなことは当然考えもしない。

 

 公正と信義 justice and faith

 天才ビル・ゲイツの会社(M)の日本法人にいたことを誇る大井川は、とうとうみずからの深淵なる「思想」を開陳する。2年後、2019(令和1)年の「茨城県総合教育会議」での発言である。

 

「意欲のある人を選んでそこに集中して投資するっていうことを,一方でやると。広く薄く,いろんな人にボトムアップできちっとやるって今までの教育に対する僕は一つアンチテーゼだと位置付けていますので,それを広げることを目的にした瞬間に,もう身動きとれなくなりますから。〔……〕これ〔県内の40人の生徒に対する英語トレーニング〕がすぐできたのは40人に絞れたからです。こういう発想の転換がない限りはそういうことは一切できなくなるので,これは,私は反対です。それはこのもともと始めた思想に反するので。ここでやってきてうまくいったことを全体でやる中に取り入れていくっていう方向で考えていいと思います。本当にこのこれだけ密度の濃いITの授業とこれだけ密度の濃い英語の授業は本当に全員に必要かっていうと僕はそんなことないと思います。人生のいろいろな生き方っていうのはいろいろだと思いますし,本当にここで,才能があって伸ばすって可能性がある人たちに,ものすごく思い切って投資をするっていうことがあるからこそ,これは40人ですごく意味があるのであって,これをみんなにやればいいっていう問題ではないと僕は思います。」15 

 

 僕ちゃんは、県庁の場違いなほど巨大な楕円テーブルの上座から、県内の中企業経営者や医者、学者など見識と教養あふれる教育委員たちを相手に、こんなお行儀のよくない事を言っているのである。このところテレビや書籍でつまらぬことを言いふらす若手の「哲学者」と同じで、「哲学」や「思想」といっても、基本的原理原則を述べるわけではない。大井川は、「人生いろいろ🎵」と、呑み屋の酔客か小泉純一郎が披瀝する深遠な人生論も語る。

 ここ40年くらいの「新自由主義 neoliberalismネオリベラリズム 」と呼ばれる論調を受け売りする浅薄な発言であるが、たんなる放言として聞き流すことはできない。

 大井川の言葉遣いは稚拙であって、その意味するところを自分自身が理解しているかどうか怪しいところがあるのだが、「広く薄く,いろんな人にボトムアップできちっとやるって今までの教育」と言っているのは、日本国憲法においては次の条項を指しているとみて差し支えないだろう。

 

第二十六条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。

 All people shall have the right to receive an equal education correspondent to their ability, as provided by law.16

 

 「その能力に応じて」というのは、大井川がいうように、〝能力〟が高いと見做された者は手厚く扱われて高度の教育を受ける権利があるが、そうでない者は手薄に扱われて当然だ、という意味ではない。ここでいう「能力」ability とは単一の尺度で数量化しうるもの、とりわけ特定形式の評価基準(典型的には「学力検査」といわれるもの)で単純に数量化できるようなものという意味ではなく、多方面・多分野にわたる人の発達成長の可能性を意味するものである。全県で40人を選抜して特権的に取り扱う制度を新たに作ること自体妥当性が乏しいうえ、ましてやそれが「今までの教育に対する……アンチテーゼだというのであれば、あきらかに公平性を否定するものであり、正義 justice に反するものと言わざるを得ない。大井川は、憲法原理への「アンチテーゼ」としての教育行政上の措置を、継続的に強行している。これらはいずれも日本国憲法上のもうひとつの重要原則を拒絶するものである。

 

第十五条 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

 All public officials are servants of the whole community and not of any group thereof.

 日本国憲法第15条にいう「公務員 public official」である者が、公共の場で公平を否認する特異な「思想」を開陳するとなると、「全体の奉仕者 serbants of the whole community 」であることをみずから否定しし、まさに「一部の奉仕者」として行動することを宣言したことになる17

 

 医学コース設置で医師不足解消という思いつき

 大井川は、2018(平成30)年2月23日の「県政記者クラブ」18との定例記者会見で、医師不足解消のための施策の一環として、「医志の実現」と称して個人に対する金銭的優遇と、県教育行政上の新方針を打ち出した。すなわち、将来の茨城県内での医療従事を条件に県出身者に奨学金を貸与する従来の「地域枠」に加えて、「お医者さんを目指す県内の高校生をしっかりサポート」するための修学資金の貸与と、県内金融機関との提携による医学部在学中の実質金利ゼロの教育ローンの創設、さらに県立高校5校に「医学コース」を設置して、私立高校には医学部進学実績に応じた補助をおこなうというものである19

 日立第一・水戸第一・土浦第一・並木中等・古河中等の5校において、2020年度の高校第2学年ないし後期過程第2学年に、各校40人・総数200人の「医学コース」を設置し、歩留まり5割で医学部進学者100人を目指すという。具体的には県教育庁と県保健福祉部の連携のもとで、病院・大学と提携した体験実習・講演会、予備校等との外部連携による面接対策・小論文指導をおこなうこと、「医学コース」は「難関理工」希望者や、医療系であっても歯学・薬学・看護等の希望者とは混在しないこととし、医学部希望者に限定する、というものである20。「医志」のバックアップと称する「医学コース」の中身の凡庸さもさることながら、校名と時期まで指定して、県教育委員会の審議は一切ないまま、知事が突然記者発表してしまうという、全国的にも前例のない独断的手法である。

 医療問題を「医師不足」という一点に偏重して捉える一面的方針であり、問題を総合的に捉える観点はない。徹頭徹尾極限された内容であり、医療機関の問題を幅広くとらえることもしないし、県全体を見渡すわけでもない。記者から、とくに医師不足が目立つ鉾田ほこた保健所管轄の鹿行ろっこう地域(人口10万人あたり医師数64.9人)の高校が含まれないことについて指摘されると「今後の状況を見ながら」とごまかすなど、肝心の地域的偏在解消についてはまったく考慮していない。

 大学・短大・専門学校進学者の多くが「奨学金」と称する教育ローンの借金に苦しんでいるなかで、医学部進学者だけを極度に優遇するのは、公平性を無視する異常な施策である。ふつうなら高校卒業近くまで進む方向に迷うものだろうが、それもできない。医療以外の方向に進むことにすると、いろいろ過不足を生ずることになる。合格すればまだいいが、医学部に合格しないで終われば、法科大学院を出て司法試験に合格しなかった場合のような状況に追い込まれる。そういうことは一切おかまいなく、大井川は最初から歩留まり50%とみているのだから、薄情なものである。

 こんな調子では、50%の生徒が無事医師になったとして、そんな人情紙の如しの茨城県では医業に携わりたくないと思うかもしれず、奨学金くらいで翻意させるのは難しいだろう。かりに、本県出身者の医学部合格者が増え、本県にもどってきて勤務する医師がふえると、その分他県の医師が減ることになる。「医師不足」の根本的解決にはならないだろう。

 大井川はパワポの粗略な資料を作っただけで、あとは全部丸投げである。それでも県教育庁と各学校が、言われるまま、とにもかくにも実行してくれるのである。

 

 ジンベエザメ 美ら海は71.8ha、大洗は5.7ha

 大井川は、2019(令和1)年12月23日の定例記者会見で、「アクアワールド茨城県大洗おおあらい水族館」に巨大水槽を増設してジンベエザメを展示する計画を打ち出した。記者会見での突然の発表は大井川のいつもの手だが、考えがあってというより、他にやり方があるとは露ほども思いつかないということである。良し悪しは別として、県議会多数派の自民党茨城県連所属の議員らに根回しするとか、ましてや、すくなくとも地元や周辺の諸階層諸団体にそれとなく打診するとかは絶対にしない。県庁内でもごく一部の職員しか知らないなかでの発表である。

 計画は、規模・集客数ともに日本一の「美ら海ちゅらうみ水族館」と、最初の「ジンベエザメ」展示館で集客数第3位の「海遊館かいゆうかん」を模倣し、大洗に日本一の巨大水槽を増設して東日本唯一の「ジンベエザメ」展示を実現し、観光魅力度最下位の茨城県の順位を上げようというのである。しかし、駐車場を全部潰して建物を増設するという後先考えない無謀な計画のうえ、集客見通しすら判明でない杜撰さが問題とされ、県議会の委員会でジンベエザメ関連を含む新年度予算案の全会一致否決という前代未聞の結果となり、結局「ジンベエザメ」計画は立ち消えとなったようである。

 大井川は、知事就任後の「地方視察」で大阪の「海遊館」と沖縄の「美ら海水族館」を観覧したことで「ジンベエザメ」計画を思いつき、1年半ほど検討したうえでの計画だという(視察などの関係文書は全部廃棄済)。「美ら海水族館」のある国営沖縄記念公園の圧倒的に広大な敷地(71.8ha)21 は目に入らなかったようで、海と道路に挟まれた細長く狭隘な大洗水族館の敷地(5.7ha)のことなど考えもしなかったとあっては、「視察」といっても要するにただの観光旅行だったのである。100億円以上の初期費用を必要とし、100年生きる「ジンベエザメ」の飼育展示計画にして、この安易さである。22

 

 魚は頭から腐る

 恩田陸と浦安が予示する、公私のケジメなど一切お構いなしの公私混同体質と、思慮に欠ける拙劣な模倣性向、これが茨城県知事大井川和彦の行動様式である。他人が案出し実行した先例を見てその気になり、現実性も将来見通しも考えない短慮気質では、巨大魚類には歯が立たなかったのだが、就任から半年もたたないころにほんの思いつきで打ち出した「医学コース」は、まったく抵抗もなく即座に実現した。県行政を甘く見て口を出した「ジンベエザメ」の失敗体験と、学校分野での成功体験から、大井川は2つの重要な教訓を得た。

 ひとつは、「失敗をおそれず」という、なにかにつけて口にするスローガンである。親や社会の庇護のもとにある小学生くらいならその程度の元気があるのも微笑ましいが、それでも越えてはならない限度はある。子どもであっても、自分や周囲に重大な危険と迷惑をかけることが容認されるわけではない。ましてや、282万人の県民の生命・生活(life)と財産(property)の保護増進を目的として設置運営される地方公共団体中の最大部局の責任者が、「失敗をおそれず」などと言って稚拙な言動に興じ続けることは到底許されない。しかし、魚は頭から腐る。幼児的全能感と無責任は県庁中に蔓延しつつあり、大井川の口吻をまね、テレビカメラの前で「間違うかもしれないけれど、まずやって見ましょう」23などと放言する県庁の幹部職員が出て来る始末である。

 もうひとつが、たいして予算もかからず、ひとこと指示命令さえすればあとは担当部局がなんとか後始末してくれる、そういう特定分野があり、そこなら何をやってもうまくいく、という画期的重大事実の発見である。大井川が思う存分越権行為に及び、あきらかな違法行為・不法行為に走ったとしても、すんなり実現してしまう分野、それが県立学校をはじめとする教育行政分野なのである。

 地方自治体における教育行政分野が、なにゆえに自治体首長にとって口出ししやすいものなのか、次ページで、そうなった経緯を振り返っておく。

 

 

 

 

 

1 本稿中の人名はすべて、すでに公表されているものである。敬称は付さない。

2 いばキラニュース、2017年11月15日、https://www.youtube.com/watch?v=1w-1STxAnpU&t=2s

3 http://ihsfu.net/site2020/kikanshi/982.pdf

4 https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/244893

5 https://www.asahi.com/articles/ASLDW5GTQLDWUJHB00N.html?iref=pc_ss_date_article

6 https://govt-doctor.com/interview/ai-koba/

7 https://www.pref.ibaraki.jp/bugai/koho/hodo/press/18press/p181227.html

8 smartFLASH、2020年12月15日、https://smart-flash.jp/sociopolitics/125103/1/1/

9 ただし、「公私」の区別という論法は知っているようで、ときどき言い逃れのために使うことはあるが、「公」というものについての根本的な無理解ゆえに、使い方を間違う。

10 茨城県庁のウェブサイトには、2019(令和1)年(平成31年度)以降の議事録・資料しか掲載されていない。今後も、同様に5年分だけ掲載し、それ以前のものは順次掲載除外とするようだ。この議事録は、教育庁総務企画部総務課から「任意提供」を受けた。

11「GAFA ガーファ」: Google グーグル(ペイジとブリン), Apple アップル・コンピュータ(スティーブ・ジョブス), Facebook フェイスブック(ザッカーバーグ), Amazon アマゾン(ベゾス)

12 Microsoft マイクロソフト(ビル・ゲイツ)を足して「GAFAM ガーファム」

13 ジョブスなら「天才」と呼ぶに相応しい、というわけではない。たとえば、画面上の図像(アイコン)を鼠(マウス)が追い回すグラフィックユーザーインタフェイス(GUI)は、ジョブスのオリジナルではなく、パロアルト研究所で目にしたものの模倣である。直営店のアップルストアには「ジーニアス genius」と呼ばれる、機器の扱いに長けた従業員がいるが、これも関係ない。

14 ただし、県庁は下層階ほど中枢組織としての重要度が高いようである。知事室は5階にある。ちなみに県教育委員会教育庁は22階と23階である(24階は展望ロビー)。高層マンションの優劣関係とは反対である。

https://www.pref.ibaraki.jp/bugai/koho/kenmin/info/divishion/sannomaru.html

15 「平成31年度茨城県総合教育会議」議事録、2019(令和1)年6月21日、

https://www.pref.ibaraki.jp/bugai/seisakushingi/chousei/sougoukyouiku/documents/190625_gijiroku.pdf

16 英文日本国憲法は、次を参照。https://www.japaneselawtranslation.go.jp/en/laws/view/174

17 「茨城教育研究所通信」第27号、2016年、https://ibakk.web.fc2.com/27tuusin.pdf

18 報道各社の記者の親睦団体で、県議会棟との渡り廊下のある県庁舎4階に、記者会見場と各社のブースを持つ(029-301-6220、https://www.pref.ibaraki.jp/bugai/koho/kenmin/info/divishion/documents/4f.pdf)。加盟社は、共同通信・時事通信、読売・朝日・毎日・東京・日経・産経・茨城・日刊工業、NHK・日テレ・テレ朝・TBS・フジ・茨城放送(順不同)

19 2018年2月23日、https://www.pref.ibaraki.jp/bugai/koho/hodo/press/18press/p180223.html##2

20 2018年7月17日、https://www.pref.ibaraki.jp/bugai/koho/hodo/press/18press/p180717.html##2

21 https://oki-park.jp/kaiyohaku/inst/5668

22 大井川は少年時代を過ごした日立市の「パンダ誘致推進協議会」にも顔をだしている。巨大魚や珍獣、アニメの人物(後出)による集客にこだわりが強いようだ。

23 本稿のテーマに関する例を挙げる。教育庁学校教育部長秋本光徳(当時。現在は茨城県教育研修センター所長)は「民間人校長」導入にあたり、NHKの取材に対してこう発言した(2023年3月23日、NHK-BS1「日本の教育を変える! インド出身校長の波乱の1年」)。なお秋本は、2021(令和3)年度末の高校入試の際の「採点ミス」について、根本原因は教育庁にあるのに、それを棚にあげて県立高校の教諭ら1000人以上を、戒告処分(地方公務員法上の懲戒処分)および文書訓告処分に処した時の、教育庁学校教育部高校教育課長だった。「失敗を恐れない」のは、知事および県庁幹部職員の特権のようである。