BMWが製造するMINIの品質 2

自社で設定した「基準範囲」から逸脱している「ミニ MINI 」のサスペンション

 

 下に、前ページに掲載した、BMWが製造販売した「ミニ」(5ドアハッチバック、ディーゼル、型式:LDA-XT15、2016年5月10日製造)のホイールアライメントの測定値を再掲しました。青字は「基準範囲」内におさまっている数値、赤字は「基準範囲」から逸脱している数値、黒字は「基準範囲」が示されていない箇所の数値です。前後左右4輪各々のトーとキャンバでいうと、8項目のうち、4項目が「基準範囲」を逸脱していることになります。念のために付言しておきますが、長期にわたって酷使したとか、まして「事故車」などではありません。もちろん「ローダウン」「車高調」などの改造車でもありません。製造から2か月後、新車登録の3日後に「納車」された直後の車両を定評のあるベテラン整備士が測定した実測値です。

 

 この事実を前にすると、私たちはいうべき言葉を持ちません。これがあの天下のBMWが製造販売している「ミニ」ブランドを付した車両の現実なのです。「高級車」メーカーとして定評のあるBMWは、それじたいは「高級車」ではないもののいささか高額な値札のつく「ミニ」ブランドの車両を製造販売しているのですが、その車両というのが自分で決めた基準範囲にまったく合致しない規格外車両なのです。

 これが現実ですから、当然こういう車を購入するかどうかについては慎重にならなければなりません。ミニのステアリング特性に対する幻想には惑わされるべきではありません。これをもって、このページを閉じていただいてもよろしいかと存じます。

 

 

 雑誌やインターネット上で、「自動車評論家」と称する太鼓持ちたちによる数多の提灯記事が、ありきたりの褒め言葉として「ゴーカート・フィーリング」などという意味不明の言説を振りまいています。ローリングつまり旋回時に車体が旋回外側に傾斜することがない、とか、ステアリングのギア比が低くて、ステアリング・ホイールに少し舵角を与えただけで操舵輪が即座に大きく反応し、車体がすばやく旋回する、とでも言いたいのでしょう。妄言です。

 「ゴーカート・フィーリング」などと言ったり聞いたりしてよろこんでいる人たちは、ステアリングのギア比やあるいはパワー・ステアリングのアシスト量などの、どちらかというとインターフェイスの次元(それはそれで重要です。意味がないと言っているのではありません)と、実際の車両のサスペンションの設定やステアリングの設定などの次元との区別もつけないで、なんとなくぼんやりとした言葉でごまかしているのです。それにしても、「ゴーカート」とは、競技用の本物?のことをいっているのか、それとも昔よく遊園地で見かけた子ども用のどちらのことなのでしょう。もっともそんなことはどうでもよいことで、「ゴーカート・フィーリング」などということを言っている人たちは、ゴーカートに乗ったことなどないのですから。

 

 以下、蛇足ながら、これにまつわるさまざまの事実をお示しすることといたします。

 

 

「基準範囲」から逸脱している「ミニ MINI 」は修正可能か?

 

 ホイールアライメントは修正可能なのだという人がいるかもしれません。一部妥当する点もありますが、全体としては絶望的です。

 「基準範囲」内におさまるよう修正すればいいだろうと安易に考える人が多いのですが、まちがいです。作業もたいへんですし、いくらやっても適正範囲におさまらないこともあります。左右のアンバランスが一番良くないのですが(野崎博路『サスチューニングの理論と実際』2008年、東京電機大学出版局、106頁)、だからといってそうそう簡単にあわせられるわけではありません。

 作業の困難性あるいは不可能性の原因はひとつではありません。一部を例示します。ホイールアライメントの各数値は、つまるところ「相対値」であり、「絶対値」ではありません。こんなことをいうと何をばかなことを言っているのだと思われるかもしれませんが、こういうことです。どれかひとつを修正すると全部に影響が及ぶのです。ですから、たとえば一つの車輪のトーだけ、あるいはキャンバだけを変更したつもりでも、それは他の車輪のトーやキャンバその他、すべての値に影響がおよぶのです。ワープロで上下左右の「余白」を指定する場合、私たちは画面上で、上余白、下余白、左余白、右余白という4つの数値をまったく独立に指定できるのですが、それというのもすべてが二次元の完全に平滑な平面上に印字部分が乗っていて(重なっていて)、しかも印字部分の外側線が完全に水平・垂直であるからです。もしこれが印字部分の水平・垂直が保証されずに斜めになっている、さらにはそれが長方形ではなく、四辺の長さも四隅の角度もばらばらで、しかもそれらが3次元空間に浮遊している……、こうした状態だったら、印字面を完全な長方形にし、完全に垂直・水平に位置付けることは容易なことではありません。自動車のホイールアライメントとは、要するにこういう状態なのです。コンピュータ画面上で、いくつかある記入欄(窓)にちょちょいのちょいと数値をタイプするだけで一丁上がりとなるような呑気な作業ではありません。新米整備士が、「フロントのトーを直したので直進性がよくなります」「リヤのキャンバを直したので、リヤが安定します」などと言って得意になったりしますが、実はそれにより車両全体の方向・角度が変わるわけですから(そうでなければ意味がない)、つまるところ他の3輪のあらゆる値を変更してしまっているのです。それどころか、一つの車輪のキャンバをいじれば、当該車輪のトーだって微妙に変更されてしまっているのです。直進性にせよ旋回性能にせよ(いささか曖昧な言い方ですが)、いずれも一つの要素で決まるわけではありません。しかも、1輪の1要素を変えれば、4輪の全要素に影響がおよぶのです。修正作業はたいへん手間のかかる作業です。基本料金15000円、修正一箇所につき3000円というのが相場のようですが、通り一遍の作業だとしても決して高いとは思えませんが、もし慎重で丁寧な作業がおこなわれる場合には、異常なほど不当な低価格です。

 したがって、たいていのディーラーの整備工場にはホイールアライメントを測定する機器のそなえはありません。ホイールアライメント・テスタと呼ばれる機器はたいへん高価です。一番の問題は車両をリフトに乗せた状態で使用しなければならないことかもしれません。ホイールアライメント修正作業をおこなっている間じゅう、ほとんど利益のでない作業のために工場に数基しかないリフトが何時間も占領されるのです。その作業たるや上述の通りです。ベテランが一部について作業するだけでも数時間はかかるわけですから、そんなものを日々刻々、大量の入庫車についてめまぐるしい整備点検修理のノルマを効率良くこなさなければならないディーラー付属の整備工場では、ホイールアライメント修正作業をおこなう余地は到底ありません。機器がなければ、当然ホイールアライメント測定や修正作業をおこなうことはできません。作業をしない、したことがないのですから、その作業に習熟することは、絶対に、ありえません。サスペンションやステアリング特性に関するユーザーからの申告に対して、ディーラーが的確に対処することがまったくできないのも当然です。これが日本中の自動車販売の現状ですが、一応ここまでにしておきます。(当然、アライメントについては、全部下請けにだすことになりますが、それについてもいろいろ問題がありますので、別に検討します)

 しかし、それでもまだ修正の余地があれば、まだよいのです。問題は、ホイールアライメントについては、修正できない項目があるということです。順番に整理してみてゆかなけばならないところですが、あらかじめ結論を示しておきます。BMWが製造販売している「ミニ」については、キャスタ角とキングピン角の修正はできないのです。修正できないので、BMWは、その点については、「基準範囲」を明示していないようなのです。

 上の図の右側、キャスタ角とキングピン角の欄の「基準範囲」が空白になっています(キングピン角は未測定)。前ページで示した当該車両の走行上の問題点は、あえて単純化して言うと、「まっすぐ走らない」ことと、「尻を振る」ことの2点です(前者は「ハンドルの戻りが悪い」と言ったほうがよいかもしりません)。さらにあえて単純化して言うと、このうち「まっすぐ走らない」「ハンドルの戻りが悪い」ことの最大の(唯一の、ではありませんが)原因になるのはキャスタ角の不足や左右輪の不均衡とされています。そのキャスタ角、つまり図中の右上の「CAS」については実測値だけが印字されているのですが、それが「基準範囲」におさまっているのか、それとも逸脱しているのか、逸脱しているとすればどちら側にどのくらい逸脱しているのかが、いっさいわからないのです。

 下は、BMWが当該型式車両について示している「標準仕様」書です(F55というのが、2014年以降の現行の5ドアハッチバックです。ちなみに3ドアハッチバックはF56です。該当車両の表記中に「EUR」とあるのがひっかかりますが)。非常に不親切な表です。表の2行目に「フロントアクスル」とあり、3行目から前輪についての「標準仕様」が書かれています。表の15行目に「リアアクスル」とあり、16行目から後輪についての「標準仕様」が書かれています。最下行には興味深い「ヒント」が書かれています。実際の製品のチープな現実を目にしているだけに、「標準仕様」書の大言壮語はまことに虚しいものです。問題はたくさんありますが、いまここでは操舵輪、すなわち前輪のキャスタ角についてだけ、検討します。

 検討します、と言いましたが、検討しようにも、「基準範囲」は一切書かれていません。10行目の「キャスター角」には丸括弧内に「左右の角度差限界:最大30’」とあるだけで、そもそもの角度が何度であるべきなのかは書かれていません。12行目の「最大キャスター角」欄は、どういうわけか全部空白です。該当欄が空白なのに項目名だけあるのですから不思議な話です。

 以上から推認できるのは、さきほど述べた通り、

 

キャスタ角とキングピン角の修正はできない。

修正できないので、BMWは、その点については、「基準範囲」を明示していない。

 

ということのようなのです。このような行為はたいへん異例のことであり、他の自動車製造業者との顕著な違いです。

 

 

 

 「このページはここまでにして、次ページではこれらの事実についての証拠を列挙することします。(明日予定)2016.7.26.」としましたが、同日この後、この件でユーザーからディーラーをとおしてBMWの日本法人に対して、対策の有無、あるとすればその内容に関する照会がおこなわれたので、その対応状況を踏まえて以後の記事を追加することにします。別の、容易に対策可能な件についてのただちに回答可能な照会(5ドアハッチバックの、ユーザーに不利益を及ぼす無意味な車両全長の延伸についての照会。後日別途紹介予定)についてさえ、回答がなかったことからも、この件のように車両設計と製造品質の根幹部分での問題について、意味のある回答がなされることは一切期待できないのですが。BMWのこの件での対応ぶりは、こういう場合に行政機関や企業が個人相手によくやるような、時間稼ぎとか、わざと焦らして根負けさせるなどの見え透いた戦術をとっているというより、たんに対応経験がなく、したがって対応能力がまったくないので、反応すらできず、結果的に勿体ぶった放置状態になっているということのようです。それにしても、一応経過をみることにします。

 2015年に発覚したフォルクスワーゲンのディーゼルエンジン不正は、オプションのカーナビの出来が悪いというような、周辺的な、どうでもいい問題などではなく、エンジンという基幹部品の基本的性能上の不正であり、まさに致命的なものでした。ヨーロッパにおいては、ガソリンエンジンではなくディーゼルエンジンが主力なのに、フォルクスワーゲンは不正によってしか基幹部品の製造を続行できなかったのです。欧米での動向はともかく、これにより「質実剛健」が取り柄の日本におけるフォルクスワーゲンのブランドイメージは総崩れになり、それ以前に始まっていた深刻な販売低迷に拍車がかかったのです。このページで扱っているBMW製造のミニ・ブランド車両の直進性欠如は、車両の根幹的性能に直結する基本設計上の本質的無理解と、製造品質維持上の根本手順の欠如に起因するものであるだけに、一層深刻です。フォルクスワーゲンはどうすべきはわかっていて、それができずに誤魔化したのですが、BMWはどうすべきがわかっていないのです。老婆心ながら、ドイツ企業独特の尊大で硬直した企業姿勢が、自滅的な結果を招きかねないことを危惧する次第です。(2016.7.29 - 8.3.)