まさに一目瞭然、B社による砂丘掘削がなくても2015年9月10日の溢水は不可避だったことはあきらかなのです。しかし、国土交通省にしてみれば、それではかえって困ったことになるのです。住民と常総市役所にうるさく要望してくるのを無視するわけにもいかず、さりとてどうせ水が来ることはないのだから(と、何の根拠もなく思い込んでいるので)、本気で取り組む気はさらさらなく、いやいやながらB社と面会し、できましたら砂丘を掘削しないでそのままにし、手前側(東側)だけで発電してくださいませんか、と腰の引けたお願いはしたのだがすげなく断られれてしまいました、というストーリーであれば、少しは「B社」に責任追及の矛先が向いてくれるのですが、こんな図を示した日には、B社の掘削があろうがなかろうが(少々程度の差はあるかもしれないが)氾濫が不可避であるのが、あらかじめわかっていたことが世間に知られてしまうわけですから、絶対にこんなものは見せられないのです。本当のことは死んでも言えないし、直後から新聞テレビが大騒ぎをしているのをなんとかなだめすかさなければなりません。しかも、当然予想される損害賠償請求訴訟への対抗措置を講じなければならないのです。

 なんとか事態の本質を隠蔽し、捻じ曲げ、ありもしない方向へともっていくための、広報係の出番です。こうして作ったのがこれです。

 

 これは、GoogleEarthProの現在の状況です(2018年5月15日)。堤防も含め、ソーラーパネルなどは立体表されていませんが、地面の傾斜がわかる3D表示画像です。画面中心の縦軸がかつて、ムツウロコの「仮堤防」があった場所です。

 「仮堤防」撤去後は特段大規模な土砂の搬入ないしすき取りはおこなわれていないでしょうから、これが「仮堤防」設置時点での段差を反映しているでしょう。それはまた、「品の字」積みの土嚢の堤防もどきを設置した時点の地形を推測する手がかりでもあります。

 

 

 

 次は、国土交通省の委託を受けて株式会社建設技術研究所が作成した報告書「H26三坂地先外築堤護岸設計業務」の「第4章 若宮戸地先」中の「平成14年7月台風6号浸水図です。青灰が氾濫範囲で、茶破線の河川区域をこえています(なぜか「想定線」と言っています。ここまでは洪水が来ると「想定していた」が、超えてしまったという意味でしょうか?)。(ウェブサイト「平成27年関東・東北豪雨災害〜鬼怒川水害〜」http://kinugawa-suigai.seesaa.net〕が、国交省に開示請求して開示を受けたものです。感謝して引用させていただきますhttp://kinugawa-suigai.up.seesaa.net/pdf/waka-7-1.pdf

 

出来損ない山付き部の溢水の有無?

 氾濫開始地点に関連して、付近の地形に関して2点瞥見しておきます。

 画面左下の左岸堤防の60度屈曲部の天端の標高は22.868mで、そこに21mの等高線と一部で22mの等高線で表されている河畔砂丘のごくごくせまい部分がつながってます。あとで見る通り、最高水位時にはすくなくとも21m以上には達しているでしょうから、これらの数値だけからみてもこの部分もギリギリ冠水していた可能性があります。最高水位については別に試算することにしますが、下流に行くにしたがい、1kmあたりで40cm少々下がるうようです。25.25k地点で22.0mとのことなので、24.75k地点では21.7mか21.8m程度です。(そもそもその最高水位をどこで測ったのかもわかりませんし、あまり細かい数値に拘泥するのもどうかとは思うのですが、今のところはこのあたりにしておきます。)

 そうすると、この地点の標高はいずれも21m以上22m未満ですから、最高水位の時点でここに達したか達しなかったかは、ほんとうにギリギリのところで、たとえばさきほどの市道東0280号線が20m未満であって、あきらかに最高水位を下回っていたのとは異なります。河道から200mほどへだったっていることもあり、確実なようでそうでもない公式発表数値だけで考えるより、現場の状況はもちろん、地図を見るにしてもあまりにも局所的にだけ見るのではなく、すくなくとも若宮戸の河畔砂丘の全域、さらには上下流の状況も考え合わせて考えなければなりません。最高水位時にここを越すか越さないかのギリギリのところであり、何ともいえないのですが、ひとつだけはっきりしていることは、最初にここを突破してから北西側の市道東0280号線の盛り土を乗り越え、稲田へと向かったということはないということだけです。

 

 

 さらに堤防の屈曲部の川表側はかなり洗掘されているのですが、これもおそらく水位が21m前後まで上がったあとでのことだと思われます。つまり、同様に最初の氾濫水の流入はここからでないでしょう。

 なお、この2か所については、地上写真は「若宮戸の河畔砂丘 3」(作成中)で、見ることにします。

 

 ここで問題になっている現在の常総市道東0280号線の若宮戸の河畔砂丘内の区間は、「迅速測図」(大日本帝国陸軍参謀本部陸地測量部、1886〔明治19〕年完成)を見ると、すでに19世紀末には存在していることがわかります。ルートもまったく同じです。

 その後の各時期の国土地理院の地形図などからは、鬼怒川河岸からは対岸への渡し船があったことが伺われます。対岸は現在は下妻(しもつま)市国生(こっしょう)ですが、長塚節(ながつか・たかし)の生家があり、小説『土』の舞台ともなったかつての国生村です。『土』のなかで勘治が対岸の町場にある医院に行く場面がありますが、この渡し船と現在の市道東0280号線を利用したのかもしれません。

 kinugawa-suigai.seesaa.net は、「遅くとも昭和22年には、この道路ができ、自然堤防が切り開かれています」と、この市道東0280号線を作る際に、河畔砂丘を大きく掘削と考えているようです(河畔砂丘を「自然堤防」とする混乱があります)。市道東0280号線の前身となった道路を建設するために図中のBの細い地形とAの部分を切り離し、そこを切り通しとしてあったために、このたびの水位上昇によって、そこから氾濫が起きたというものです。

 kinugawa-suigai.seesaa.net は、市道東0280号線のための河畔砂丘の切り開きを認識していながら、これを放置した国交省に責任があると主張するもので、損害賠償の民事訴訟ないし国家賠償請求訴訟を意識しているようですが、その前提事実となる氾濫の原因としては、市道東0280号線ないしその前身となる道路建設のための河畔砂丘(「自然堤防」)の掘削を挙げているものです。

 さきほどの、「慰霊塔入り口↑」の表示のある物置を過ぎると、左側にランドマーク紅白鉄塔がそびえています。ここから、対岸のやはり紅白鉄塔まで600mを一気にこえていきます。途中で市道280号線を斜めに横切るところが、今回のカサンドラ・クロスです。

 

 

 他の写真からわかるとおり、押堀の両岸の市道東0280号線断面はほぼ同じ標高になっていますから、市道東0280号線はちょうど押堀になっている部分で、下向きの弧を描くように低くなっていたようです。

 というと、早とちりの人は、市道東0280号線で砂丘を掘削したのが今回の水害の原因だ、常総市役所が悪い、とすぐ大騒ぎをするのです。しかし、それはあまりにも短慮というもので、すぐ目の前のものに囚われすぎて(それだってよく見ているわけではないのですが)、全体をことごとく視野の外においているからそういうことになるのです。あの小さな八間堀川が水海道市街地全域を水没させたと思い込むのも同じ発想です。だから同じ人が両方の誤りに同時に捕らわれるのです。

 市道東0280号線が、この24.75k地点の氾濫の原因となっているわけではないことは、「河畔砂丘 4」でもっとも精密な地図や、航空測量にもとづく標高図と照合し、全体のなかで位置付けたうえであきらかにする予定です。今は、全体を見て回ることに専念します。

 

 押堀の南端から北を見たところです。仮堤防工事のための地盤造成のせいか、右岸(東岸)が段付きになっています。注目すべきは、それぞれの段から地下埋設された橙のチューブが出ていることです。チューブは一定の深さで埋設されるのでしょうから、ということは北東から南西に向かう市道東0280号線は、この部分で下り坂になっていたことになります。

 

 

 氾濫水は南(画面左奥)から流入して押堀をつくり、たまたまそこを通っていた市道東0280号線をついでに流してしまったうえで、北(画面右)へと抜けていったのです。写真からわかるとおり市道東0280号線の路面がことさらに掘り下げられていたということはなく、むしろ標高が高くなっています。現地を見る限り市道東0280号線を(常総市土木部が、もしくは合併前の結城郡石下町役場が)掘り下げたことが原因となりここから氾濫水が流入した、とは言えないことがわかります。

 とはいえ、いまここで慌てて断定する必要はありません。このあと他の写真も見比べ何種類かの地図も見た上でさらに検討して判断することにいたします。

 

 

 

 ここで押堀の対岸にワープします。

 市道東0280号線の切断面近くから、さきほどの右岸=東岸をみたところです。後ろに紅白鉄塔、左奥の樹々の間から見えるのが仮堤防です。

 

 などと負け惜しみを言っておりましたところ、若宮戸24.75k地点を無視するわけにはいかないことは、どうやら国土交通省自身も気づいているようで、氾濫量推定値の修正がはじまったようです。これも土木学会がらみですが、田端幸輔・福岡捷二・吉井拓也「平成27 年9月鬼怒川流域における洪水流・氾濫流の一体解析に基づく水害リスク軽減策に関する研究」(土木学会論文集B1(水工学) Vol.74, No.4, I_1399-I_1404, 2018.)に、氾濫水量の新たな推計値が出ています。著者のうち2人は中央大学の教授と准教授ですが、3人目は国土交通省関東地方整備局の現役の河川課長です。形式上は土木学会の論文集に、東京大学工学部出身の河川工学者である吉井拓也が共著者のひとりとして個人会員の資格で寄稿したというものでしょうが、あえて肩書きを明記したことからも、事実上国土交通省の見解表明と受け取るほかないでしょう(「総理大臣〇〇〇〇」と記帳する〝私的〟な靖国神社参拝のようなものです)。

 論文のテーマは、破堤・溢水により堤内地に入ったあとの氾濫水の挙動のシミュレーションであり、さまざまに変数を変えた計算を積み重ねることで、常総市の鬼怒川水害における実際の挙動を再現しうる変数設定手法を探ろうというものです。それを他地域のハザードマップづくりに応用するのが目的なのです。というのも、現在のハザードマップの前提となっているデータは、たとえば破堤による河川水の流入には、例の「本間式」を使っているのですが、謎の変数「0.35」は経験から帰納的に得られた数値にすぎず、「本間式」は、厳密な演繹的体系としての自然科学的方法とはいえません。

 

 それは、たとえば「身長から100を引いたのが適正体重だ」とかいう類の経験的・帰納的な言明程度のものにすぎません。身長を「cm」で表し、そこから体重の「kg」を導き出すことには、なんの客観性も合理性もないのです。身長と体重にはある意味では相関関係はあるでしょうが、ほかのあらゆる条件を一切無視してこの2項だけを取り出して、あたかもそこに生理学的・病理学的因果関係があるかのようにいうのは論外です。

 

 堤内地に流入した氾濫水の挙動にしても、従来はせいぜい等高線データから予測していただけでしょう。道路盛り土などの「線形構造物」による氾濫水の貯留、建物による氾濫水の流速や方向の変化、逆に氾濫水による家屋の損壊状況などを、いかにしてあらかじめ正確に予測できるかを探るのが、国交省河川部と配下の各地方整備局河川部の課題の一つなのでしょう。

 

 常総市の水害に関しては、ハザードマップがいかにも正確であり、まさにマップに書いてあるとおりに氾濫水が挙動したかのように言われていますが、まったくの誤解です。このたびの鬼怒川水害において、浸水地域がハザードマップで完全に予想されていたと思い込んで、避難指示を出しそこなった常総市役所や避難し遅れた市民をさんざん馬鹿にし、あげくそんなところに市役所を建てたのが悪い、そんなところに住んでいるのが迂闊なのだ、などととんでもない暴言を吐いた人たちは何もわかっていないのです。この点については別ページで検討しましたので、ここでは再論いたしませんが、実際の被害状況は、ハザードマップやその元データである各破堤点ごとの氾濫予測図のとおりにはなっていなかったのです。そもそも、自治体によっては表示してある場合もありますが、常総市のように、市内に一級河川分だけで60km以上の堤防があり、今回浸水した鬼怒川・小貝川の間の低地にはさらに八間堀川などの大小の排水路が張り巡らされているところでは、破堤地点からの氾濫水到達のの時間的経過を一枚の画面に表示するなどということは到底不可能であり、避難のタイミングを判断する上での手がかりは得られないのです。まして、今回のように上流側の三か所が同時に破堤・溢水した場合には、水量の予測も氾濫水到達時刻の予測もほとんどできないのです。ハザードマップを見ていないのはけしからん、と言って偉そうに他人を非難している人たちは、ハザードマップの意味がまったくわかっていないのです。

 

 鬼怒川水害のシミュレーションに取り組んでいる人たち、たとえば今回おおいに脚光を浴びた二瓶教授やこれから脚光を浴びるであろう安田准教授だけでなく、関係分野の数多の研究者たちが、鬼怒川水害における氾濫水の挙動の観測データを、シミュレーションによって再現しようと努力しているのです。実際の氾濫水の挙動がわからないので、それが実際どうだったかを知るために、シミュレーションをおこなっているのではありません。すでに起きていて、すでに分かっている実際の氾濫水の挙動を、コンピュータ・シミュレーションによって液晶画面上に再現することが目的なのです。鬼怒川水害について解明するためにシミュレーションをしているのではありません。鬼怒川水害それ自体がどのようなものなのかは、シミュレーションによって知るものではなく、事実を見る(観測、観察、読図、写真読影など)ことによって、そして今さら見にいけない事柄については、直接体験者から聞いて事実を知ることによってしかなしえません。コンピュータがあらゆる真実を教えてくれると思うのは、50年前のマンガ的妄想です。

 すでにわかっているデータどおりの状況を、コンピュータ画面上で再構築できるようになれば、そのアルゴリズムを使って、まだ起こっていない水害の被害予測ができる、ということです。その場合、ターゲットは都市、それも名前だけ「〇〇市」と呼ばれる地方農村地帯の小規模な街区などではなく、人口数百万規模の大都市です。東京、横浜、大阪、名古屋、札幌、仙台、広島、北九州、新潟、など、日本列島の大都市は、ほとんどが大河川(日本的基準での「大」ですが)の沿岸にあり、しかもそのほとんどが大河川河口部の臨海都市です。

 常総市の40㎢が水没したところで日本国政府はさほどの痛痒を感ずることもなかったし、国会は水害対応を怠って「安全保障関連法案」の審議を続け、「人間かまくら」作戦による採決強行に興ずる余裕があったのです。ところが、利根川、江戸川、荒川で破堤が起きたら、その時はまさに、中央および首都の政府機能は大打撃をうけ、災害対応自体ができない状態に陥るでしょう。基幹産業も中枢機能の停止により一斉に生産停止、流通途絶の状態になるでしょう。しかも報道企業は発行停止、放送停止におちいるので、そのような状況が報道されることもなくなるでしょう。

 シミュレーション精度の向上で事前予測が正確なものとなれば、まことに結構なことではありませんか、ついては鬼怒川水害の被災地・被災者はそのためのケーススタディ材料を提供する犠牲の人柱としてお役にたつと思いどうか諦めてください、ということなのでしょう。

 鬼怒川水害直後に、整備済みが17%という茨城県内区間の鬼怒川堤防の現状を指摘された国土交通省が、「堤防整備は下流からやっています」と言ったのは、鬼怒川の下流のことではもちろんなく、若宮戸から25kmほど、三坂から21kmほど、水海道から10kmほど下ったところで流れ込む利根川という下流のことだったことも想起すべきでしょう(鬼怒川という独立した川はありません。たくさんある利根川の支流のひとつの名称が「鬼怒川」なのです)

 鬼怒川水害をもって他山の石とする氷のような冷酷さをもってとりくまれるシミュレーションについては、またページを改めて論ずることにし、いまは関東地方整備局吉井課長が常総水害からどれだけ教訓を汲み取ったか(汲み取らなかった)について、ちょっとだけ見ておくことにします。

 

3年後の鬼怒川水害 1 無視される若宮戸24.75k地点

鬼怒川水害の分析を再開します。

最初は、鬼怒川水害最大の深さ6メートルの洗掘痕(「落堀」)を残したにも関わらず、誰からも無視され続けてきた、第3の出水地点である若宮戸24.75k地点について検討します。(Nov., 2018)

 

イタイイタイ病の町・神岡

飛騨市神岡町といえば、いまや「カミオカンデ」と「ノーベル賞」の町ですが、谷あいの美しい高原川は北流して富山市にはいると、神通川と呼ばれることになります。イタイイタイ病の川です。(July,  2018)

 

 学習指導要領

中央教育審議会の実状

「公共」1 通俗的正義論

「公共」2 幸福・正義・公正

「公共」3 権利と義務

 2018年3月に告示された「高等学校学習指導要領」で、注目される改正点のひとつが、科目「公共」の新設です。その内容たるや、マイケル・サンデルの通俗的「トロッコ問題」をさらに軽薄にした選択問題を中心にしようのです。そのバカバカしさを一瞥したあとは、児童生徒に説教される「権利には義務がともなう」という俗諺についてすこし考えてみます。(May - Aug.,  2018)

 

戦時体制

軍都宇都宮1943

銃後奉公笠間1943

1943(昭和18)年秋、祖母(33歳)と母(10歳)は、陸軍病院に入院している祖父(36歳)に面会するため、宇都宮駅に降り立ちました。当時はバスの便などはなく、徒歩で4.5km離れた病院に向かい、マラリアに罹患してニューギニアから送還された祖父に再会しました。笠間駅で見送ってから2年後のことでした。(Oct., 2017)

 

(引用終わり。以下、地の文の文字色を黒にもどします。)

 

 「1. はじめに」で、いきなり、積乱雲が堤防を直撃したようですが、返す刀で「下流側24.75kの情報は極端に少ない」と、既存研究を総なめにします。

 「2. 水利解析モデルの構築と妥当性検証」に、「河川シミュレーションソフトiRIC」で計算したと明記しています。スーパーコンピュータ上で動く巨大なソフトウェアかと思いきや、CPUはインテルのCore i5、メインメモリ2Gバイト、OS「ウィンドウズ7」上で動作するとのことです。土木学会が全1日日程の講習会()をしているくらいですから、小さなサンプルなら計算時間もさほどかからないのでしょう。土木学会に加入してIDをもらうと、タダで?ダウンロードできるようです。メインメモリ4Mバイト、モトローラの68030のマッキントッシュで動いた、大昔の娯楽用シミュレーションソフトの「SimCity(シムシティ)」や「ガイア」よりは複雑なようですが、当今のコンピュータゲームのソフトウェアよりはるかに軽量級のソフトウウェアです。これでは入力する初期条件はさほど複雑ではないでしょう。これで複雑な河川水と氾濫水の運動をシミュレートしてしまうというのですから、怖るべきナイーヴさです。「複雑系」理論以前の、50年ほど時代遅れの代物です。

 「3. 溢水量の推定(若宮戸地先)」に計算結果が出ています。答え合わせに、有名な「本間」の越流公式を使っています。「本間の越流公式を用い、概ね一致している」ので一安心というわけです。氾濫水量は、iRICだと氾濫地点で水深(h)、幅(l)、流速 (v)の積分値として、「本間」だと水深、幅、重力加速度他に、経験から導き出された謎の係数「0.35」を掛けて得られる数値のようです。

 

 「本間の越流公式」における謎の係数「0.35」は、越流前の水流から堤防天端の高さを引いたもの(h1)と、越流後の水流から天端の高さを引いたもの(h2)の比(hh1)が 2 / 3 以下の時の公式とのことで、そもそもこれが現実と合致するかどうか不明ですが、ここで土嚢の「品の字」堤防もどきを堤防とみなし、巨大巾着袋の半開きの頭を「天端」とみなすことができるとも思えませんし、まして、25.35kで土嚢の堤防もどきがない場合には水流が素通しになるわけでその場合にも、この「本間」公式を使うのでしょうか? 24.75k地点ではもともと堤防も何もないわけですから、どのように氾濫水量を計算したのか不明です。

 

 計算結果は、25.35kが毎秒102㎥で、なんと24.75k地点は毎秒380㎥です。いままでゼロ査定だった24.75k地点が、25.35k地点の4倍近い値だというのです。かくして、若宮戸2か所の総氾濫水量は1159万㎥となります。ここまで計算したのなら、ついでに三坂もちょちょいのちょいで算出すればいいのに、さきにみた国土交通省の官許数値である総氾濫水量3400万㎥から差し引いて、約2200万㎥ということにしています。たぶんiRICがとんでもない数値をだしてしまい、おそろしくて書けないのでしょう。この提灯記事の眼目は、若宮戸25.35kで土嚢の堤防もどきが効果を発揮したと主張することなのですから、三坂のことなどどうでもいいのです。

 「2. 水利解析モデルの構築と妥当性検証」の末尾にもどりますが、河畔砂丘の砂が売り払われ平らに均された後に、土嚢を「品の字」に積んだ堤防もどきが、てっぺんまで水を防いだというあきらかな嘘を前提にしています。そして話の辻褄をあわせるために、「洪水痕水位と計算水位の差が平均値で0.3m」もあったと言っているのに(1ページ目の左下)、24.75k地点では肝心の午前6時の水位シミュレーション結果は土嚢の堤防もどきのてっぺんの高さにぴったりあったことにしています。

 

 

 

 25.35k地点を見渡していた現地住人の方の証言によれば、公式発表のだいぶ前の5時40分に、すでに相当の流入が起きていたようです(次ページで詳論)。24.75k地点近くの別の住人の方は、家族を避難させたうえでその直前まで24.75k地点の様子をみていたのですが、午前6時には25.35k地点からの氾濫水が北北西から迫った来たので、車で南東方向へ逃げたそうです(又聞きではなく、直接伺いました)。

 

 水位の計算結果が「誤差30cm」だったというのは、本来なら、シミュレーション全部がご破算となる数値です。三坂での越水深は20cmであり、それによって堤内側の法面(のりめん)の末端が侵食され破堤にいたった、というストーリーが公式見解なのです(ただし「浸透の可能性も否定できない」として、事実上浸透が共働原因となったことを否定していませんが)。誤差が30cmもあって20cmの越水深を「再現」できないようでは、越水による破堤という図式が成り立たないことになってしまうわけです。こちらも、25.35k同様、むりやり合わせたのでしょう。答えを見てから計算するのは、この業界では当たり前のようです。

 こうして、都合のいい前提条件を揃えたので、いよいよ「4. 大型土嚢による効果」で、提灯全点灯です。いわく、「浸水開始時刻を1時間、水位上昇時には約2時間を遅らせたと考えられる」と。その前の「その効果を分析するために現況地形に改良し再計算」というのがどう意味かわかりませんが、しょせんは提灯記事なので小さいことは気にしないことにします。

 

 しかし、この記事のすごいところは、その後です。「大型土嚢が設置されていない場合の溢水量は、ほぼ同程度の482㎥/sであった」というのです。土嚢がてっぺんまで洪水を防ぎきったというとんでもないデタラメを前提に、開始を1時間遅らせた、とか、「水位上昇時には約2時間を遅らせた」(日本語になっていませんが)とか言っていたはずなのに、どうしてこうなるのかはiRICに訊いてみないとわかりませんが、つまるところ「品の字」土嚢の堤防もどきは効果はなかったというようです。それどころか、若宮戸全体で 481㎥/s が 482㎥/s になったというのですから、毎秒1㎥増えたことになります。意味不明です。

 最後の最後、「謝辞」の前にこう書いてあります。「河川管理者による大型土嚢設置の水防活動は、浸水開始時刻を1時間遅らせる効果があった」と。前年の土嚢積み作業は、一級河川鬼怒川の管理責任者である国土交通大臣の河川管理行為だったのではなく、「水防活動」だったというのです。水防活動については、別ページで触れましたが、まったく筋違いです。土嚢を置く、という動作が同じなので、これは水防活動に違いない、と思い込んだのでしょう。珍説です。

 「謝辞」によると、国土交通省関東地方整備局下館河川事務所は、「多忙を極める中、貴重な資料・情報提供に御協力」したようです。われわれ一般国民が情報開示制度にしたがって開示請求をすると、すぐにも開示できるものをわざわざ期限いっぱいまで1か月近く放置した後で、勿体ぶって開示したりしなかったりするのに、この程度の出来のわるい提灯のためには、いろいろ面倒をみてやるようです。しかし、そこまで不公正な便宜供与までしたのに、「浸水開始時刻を1時間遅らせる効果」があったが、土嚢なんかなくても「溢水量は、ほぼ同程度」だったと書かれてしまったのでは、甲斐がなかったというものです。

 興味深いのは、若宮戸2か所からの氾濫水量です。清水義彦先生は24.75k地点は無視した上で640万㎥、安田浩保先生は両方含めて710万㎥でした。それが、このたびは両方で1159万㎥です。内訳がないのですが、25.75kは見てきたような次第で、流入の高さを地盤高から土嚢の上面の巾着部分まで1.6m引きあげてしまうことで、越水量を目一杯絞ってあるはずですから、24.75k地点はかなりの量なのでしょう。

 

 2ページ目左上の、iRICの越流量推定数式と「本間」越流公式のいずれもが、変数は幅と高さと流速の3つだけのようです。24.75k地点は落堀の幅は少なくとも30mはありそうです。北側と東側(下のグーグルマップの衛星写真では左側と上方)がある程度埋め戻されているので(写真のとおり、2015年9月下旬はまさにその作業中です)もうすこし広かったかもしれません。

 

 うっすらと見える斜めの線は、グーグルマップによる、市道「東0280号線」の表示です。よく見ると両岸の紅白鉄塔を結ぶ送電線も水面に写り込んでいます。市道「東0280」号線、高圧送電線がクロスする地点を、あの日、氾濫流が横切ったのですということは、ここがかつての河畔砂丘「十一面山」の砂丘列のうち最大の畝筋が通っていたところなのです。究極のカサンドラ・クロスです。もっとも後の二つは原因と結果の関係にあるので、同じことですが。

 

 神岡

 オーストラリアで最も有名なフリーマーケット(蚤の市)だそうです。

 

 

 地元選出のウォリー・ハーガーWally Herger 連邦下院議員( 在任1987-2013年、共和党、1945年ユーバ・シティー生まれ)