「堤防自体は全域にわたり同レベルにできていた」2

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2585458.html

http://blog.goo.ne.jp/flyhigh_2012/e/ebe47677ae76d22cea64f855161891a2

30, Sep., MMXV

 前ページで、国土交通省関東地方整備局下館河川事務所は、平成24年度からの7年間で鬼怒川の堤防のうち7.77km(すべて常総市内)を整備し、22.37km(一部を除き常総市内))をおおむね20〜30年で整備する計画を立てて、順次、堤防の高さと幅を増強する工事を施行していることについてみました。これで「概ね1/30規模相当の洪水に対する安全を確保」できるということです。「1/30」とは30年に一度の多量の降雨による河川流量増大という意味なのです。驚くべきことですが、あと30年かけて、やっと「30年に一度」の豪雨に耐えられるというのです。

(下は、国土交通省国土技術政策総合研究所の「用語集」の解説です。http://www.nilim.go.jp/lab/rcg/newhp/yougo/words/031/031.html

 


 今回の豪雨は「50年に一度」だそうですから、当然耐えられなかったというわけです。9月10日の水害発生直後から、とくにテレビ放送で顕著でしたが、「50年に一度の豪雨が引き起こした自然災害」という大合唱がくりひろげられたのですが、「50年に一度」どころか「30年に一度」の耐久性もなかったことを、国交省自身がすでにあらかじめ明言しているのです。

 下流部でつくばみらい市および守谷(もりや)市との境界が複雑に入り組んでいたり、また堤防が「必要ない」とされている区間があったりして多少複雑なのでおおよその数値なのですが、常総市内を流れる鬼怒川の延長は約20kmです。左岸と右岸合わせて約40kmです。そのうち7.77 km + 22.37 km = 30.14 km が要整備区間なのです。太田昭宏国交相の「堤防自体は全域にわたり同レベルにできていた」というのは決してハッタリでも何でもなく、常総市内の鬼怒川の堤防は、洪水に対する安全性を欠くという意味で、「全域にわたり同レベル」の堤防だったのです。

 これを、同じく国土交通省関東地方整備局下館河川事務所が公表している「鬼怒川河川維持管理計画」によってみてみましょうhttp://www.ktr.mlit.go.jp/shimodate/gaiyo10/h23ijikanri%20kinu.pdf

 左はその表紙ですが、15ページに、下のような堤防についての記述があります。


(以下引用)

(引用おわり)

 

 築造年代が古くて堤防の材料(礫、砂、粘土など)も不明で、浸透(河川水が浸み込んで堤防を根底から崩壊させる)の危険性がある部分が49%あり、とくに下流部で顕著だというのです。結城(ゆうき)市、下妻(下妻)市、つくばみらい市も該当しますが、多くは常総市内の堤防です。今回の水害は、「50年に一度」の稀有な豪雨による自然災害なのではなく、もっと早く起きていてもおかしくない災害だったというべきなのです。

 次は、16ページの図です。

 前ページで引用したのは、今後7年ないし20〜30年で改修が予定される堤防の地図でしたが、上はその前提となるもので、堤防の現状を示した図です。上が西で、右が鬼怒川上流方向です。「計画断面堤防」とは、断面すなわち幅と高さが基準を満たしているものという趣旨のようです。「暫定」はその基準を満たしていない堤防、「暫々定」はさらにそれ以下の堤防ということです。

 用語法からして不適切で、「断面」すなわち幅と高さについての基準値(これが「計画」)もわざと具体的に示されていないので、わかりにくくなっています。また「決壊」した堤防を応急措置で仮復旧するような場合であれば「暫定」というのもわかりますが、幸運にも無事に過ぎ去ったこれまでの数十年はともかく、改修に今後30年もかけるのに「暫定」などという、おかしな用語を使うのです。(などなど問題が多々ある叙述が隠蔽しようとしている違法性については、次のページであきらかにします。)

 前ページ同様、常総市内部分を拡大してみます。(数字は利根川との合流点からの距離〔km〕です。なお大きな矢印は無視してください。)

 左の方すなわち下流側のつくばみらい市や守谷市との境界線が複雑に入り組んでいる地域一帯(この図では境界線は省略されています)が「不必要区間」とされているのは実は大問題で、今回9月10日に、ほとんど話題にもなりませんでしたが、つくばみらい市と守谷市で、「河川区域」の標石を越えて泥流が流入し、小面積ながら事業所用地や農地、住宅、道路が冠水しているのです(近々報告します)。それにとどまらず、もし上流の若宮戸と三坂町での浸水が起きなければ、水位がさらに上昇し守谷市役所が水害の心配はなく「安全」だと太鼓判を押している「北守谷団地」(左岸の5km付近)はじめ市の北西部の相当部分が水没していたことでしょう(当然そうなったはずです。実際に三坂町の「決壊」直後に水位が急激に下がったのですから)

 「不必要区間」といえば、例の、左岸(東岸、図では下側)の25.35km地点の「若宮戸(わかみやど)」です。中央やや右上の「25」とあるところの右上の緑色です。詳細は別ページのとおりですが、このとおり国交省自身が「いわゆる自然堤防」があるから大丈夫だと言っていたのに、その「いわゆる自然堤防」を2つの業者が掘削・整地してしまい、当然のように今回「越水」を引き起こし(堤防がないので、定義上「〔堤防の〕決壊」と言わないだけで、状況としては「決壊」同然のように見えます)、三坂町の堤防「決壊」と重合して大災害を引き起こしたのです。国土交通省は、「河川区域」外なので河川法上の権限が及ばないとして事実上放置容認していたのでした。(別ページを参照ください。)

 このように、「不必要区間」といえども本当に「不必要」なのではなく、その点でも国交省の施策は重大な瑕疵があるのですが、それらの点は別ページで扱う他ありません。このページの本題の「暫定」部分の件に戻ります。

 

 これら「不必要区間」を除くと、常総市内の鬼怒川堤防は、ごく一部に基準を満たしているらしい部分(ここにも問題があるのですが、これも後日検討します)があるほかは、ことごとくが「暫定」堤防なのです。一部が「暫定」なのではなく、大部分が「暫定」なのです。しかも数週間で解消されるような「暫定」ではありません。予定どおり進んだとして、「暫定」でなくなるのは「平成53年」すなわち2041年です。

 「どこかが決壊するかもしれないとは思ったが、どこが決壊するかは予測できなかった」と述べた常総市長を、報道企業が非難したのですが、このような実情を踏まえれば、責任逃れの言い訳とはいえないことが明らかでしょう。

 

 9月9日から10日にかけて、降り続く豪雨のなか、国土交通省関東地方整備局下館河川事務所は具体的なことは言わないし、茨城県庁は傍観しているだけです。常総市役所がとるべき道はおそらく鬼怒川左岸の全域、鬼怒川右岸の約半分の住民全員に、避難指示を出すことだったのです(下の「常総市洪水ハザードマップ」を参照ください)。6万人あまりの常総市住民の大半がいっせいに避難することが可能であったとしてのことですが……

 避難所の大半は水没が見込まれる地域にあり、とりわけ鬼怒川東岸全域の住民が脱出に使えるルートは小貝川東岸(鬼怒川の西岸も避難すべき土地なのです)への5本の橋と、北に2本の国道と県道、南へ1本の国道だけ(他は裏道のみ)なのです。関東鉄道常総線は、南の守谷(もりや)・取手(とりで)方面へは非電化ながら複線ですが北の下妻(しもつま)・下館(しもだて)方面へは単線です。なお、北の下妻市も、南のつくばみらい市・守谷市でも決壊・氾濫のおそれがあるほか、東側の小貝川東岸の氾濫の可能性もあります。逃げる場所、逃げる手段はあまりないのです。



小貝川右岸(=鬼怒川左岸)の赤斜線は、1986(昭和61)年の小貝川水害時の浸水範囲です。約10㎢で、今回の浸水面積の4分の1です。当時は水海道(みつかいどう)市と石下(いしげ)町の合併前でしたが、今回浸水した常総市役所(当時は水海道市役所)など南部の旧水海道市の中心市街地や、北部の旧石下町の中心市街地は浸水しませんでした。