堤防決壊メカニズム 1

鬼怒川水害の真相 三坂町 4」のつづきです。

24, Dec., 2015 

 

「断面」だけ見ている国土交通省の「堤防決壊メカニズム」

 

 「鬼怒川水害の真相 三坂町」などとご大層なタイトルで4ページほど費やし、三坂町(みさかまち)地先・左岸21km地点での破堤原因として国土交通省関東地方整備局が当初もくろんだ「越水破堤論」が、東京大学の芳村圭(よしむら・けい)准教授の長靴一足であえなく破綻し、「越水と浸透の複合原因論」「越水浸透共働原因論」)に転換したところまでを見てまいりました。このことをただしく見て取っているのは、いまのところ公表されたものとしては茨城大学の災害研究プロジェクト(reference3)が唯一のようです。報道はもちろんのこと、残余のあまたの論評はことごとくこの点を見逃し、ナイーブにも国土交通省関東地方整備局が断念した「越水破堤論」をそのまま信じこんでいるようです。

 

 とりわけ、国土交通行政の批判者が、この「越水破堤論」を前提にして、すなわち堤防の高さの不足がこのたびの水害の原因であったとしたうえで、ダム建設にばかり予算を投入して堤防整備を怠ったことを批判するという、少々迂遠ながらきわめて単純なレトリックを展開していることに、留意しなければなりません。「批判者」が、水害の根本原因について、行政当局がすでに断念している誤った認識を事後的に「共有」するという、被災者でなくてもおおいに失望せざるをえない状況は到底見逃すべきものではありませんから、別項で詳細に検討することします。

 

 しかしながら、「越水破堤論」を脱却したはずの国土交通省関東地方整備局は、「越水浸透共働原因論」のとば口に立ったものの、そこで立ち止まってしまい、三坂町地先鬼怒川左岸21km地点の破堤の全貌を捉えるにはいたっていません。これは、ほかのさまざまの事実について関東地方整備局がしているような隠蔽や歪曲とは事情が異なります。データの隠蔽や恣意的なデータの引用、あるいは写真や証言などの隠蔽・低解像度化、さらには虚偽であることを承知のうえでおこなう説明図の提示などにしても、(個人や小グループでも起きることですが、なおのこと)大規模な組織ともなれば自分で自分に隠し事をして結局自分で自分を騙すという、嘘の自家中毒現象が不可避ですが、この件はそれらとはまったく違います。自分たちだけわかったうえで、それを外部に隠しているというのではなく、ほんとうにわかっていないのです。堤防を「点」でだけ見ていて「線」あるいは「システム」として捉えていないとして大学の河川工学研究者たちを虚仮にした吉川勝秀は、出身組織である建設省=国土交通省の矜持を示したつもりなのですが(真相・三坂町3)、それをいうなら国土交通省は堤防を「断面」でしか見ていないのです。五十歩百歩です。

 

 

「鬼怒川堤防調査委員会」資料

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000633118.pdf



 

 上は、前にも引用した国土交通省による「堤防決壊のメカニズム」の図解です。小学生相手のパンフレットのためのイラストではありません(これでは小学生だって満足しないでしょう)。2015年9月28日の第1回「鬼怒川堤防調査委員会」の資料として関東地方整備局河川部の官僚が用意したものです(ただし、オリジナルではなく、もともと国土交通省があちこちで使い古したものの再利用です)。こんな「ポンチ絵」をメカニズムの説明だとして出す方も出す方ですが、出された方の「専門家」の先生方もこんなものを出されて「バカにするな」と怒って突き返したわけでもないようです。翌日の新聞やテレビは、これをもとにさらに簡略化した図を載せて、そもそも決壊原因には3種類あって云々、としたり顔で講釈を垂れているのです。じつは、当ウェブサイトとしては、以前、決壊原因の「3類型」について触れた際のコンテンツにしようと考えて、Google の画像検索なども使っていろいろ探したのですが、ろくなものがないのです。これなどまだいい方で、本当にひどいものばかりです(「ポンチ絵」とは、福島第一原子力発電所の爆発事故の際に多用された原子炉の図に対する、広瀬隆による的確なコメントです)

 問題点をいくつか指摘しておきます。

 

(1)冒頭に断り書きがあり、「複合的な要因となる場合も多いことに留意が必要です」というのですが、その「複合的な要因」によって決壊する場合について、いっさいの説明がないのです。たしかに、3つの類型に分類することで複雑な事象を本質的に理解できるということではありますが、なにごとも程度問題です。最初の国土交通省関東地方整備局の目論見では、「越水」だけで全部説明できるとして、他の要因を全部排除するつもりでいたのであり、そのような場合には単純な3類型で事は足りるでしょう。しかし、越水も起きていたが、同時に浸透も起きていた「可能性を否定できない」というのであれば、そしてこれこそが三坂町の事例なのですが(今こう書くと論点先取になってしまいますが、今後この推定の根拠を示します)、こうしたことがまったく視野にはいっていないのです。このポンチ絵程度の認識では、到底用が足りないのです。

 

(2)断面を2次元的に描画してあるために、それぞれの現象がどのような幅をもって起こるのかが、一切わかりません。たとえば、「パイピング」は文字どおり水の通り道となる細い管ができるのですが、それでもまっすぐではありませんから、断面図では描ききれません。まして「越水」であれば、かなりの幅にわたっておきるわけです。「越水による破堤」も当然、そうでしょう。それらの現象を、1か所だけの断面の3コマ漫画で描き出すことは本質的に無理です。せめて立体透視図法で示すことくらいはすべきですが、そのような例はただのひとつもありません。そもそもそういう発想がないのです。断面でしか考えていない、おそろしく薄っぺらな空間感覚です。

 

(3)上の(2)と関連しますが、ある箇所が決壊するとそれに隣接する箇所は、横から洗掘が起こって破堤していくはずなのに、その点について説明していません。三坂町でもそうですが、最初に、ある部分で堤体が流出して、深い水深のまま氾濫水が堤内地へと流れ込むようになると、氾濫水が左右の堤防断面を横から洗掘するようになるわけです。そのような単純な事実が、この手のポンチ絵による説明においてはまったく表現できないのです。それどころか実際の堤防決壊例についての説明文書等でも、そのようなことはまったく触れられることはありません。あまりにも当たり前だから、などという言い訳は通用しません。

 

(4)水防活動における用語としては、「決壊」には、堤防の堤体全体が失われて河川水が堤内へと流入する「破堤」だけでなく、「侵食」や「法崩れ(のりくずれ)」をも含むようですが、この図に限らずあまりにもルーズな用語法が横行しているために、しばしば混乱を引き起こしているのです。三坂町の堤防の「決壊」幅は、200m(201m?)とされていたようですが、じつはこれは突貫工事によって2015年9月24日に完成した仮堤防の総延長であり、実際の「決壊」幅より下流側に10mほど長いうえ(ただし元の堤防はカーブを描いていたので、直線の仮堤防とは距離がことなるのですが)、さらにこのうち上流側の約35mは川表(かわおもて)側から洗掘が進んだものの、川裏(かわうら)側の法面(のりめん)だけはかろうじて残っています。「侵食」によって川表側の「法崩れ(のりくずれ)」(?)までは起きていたが、決して「破堤」してはいないのです。これはもう何度も触れたことですが、9月13日の視察で「専門家」の先生方はその脇を俯いて通り過ぎてこの重要な事実をうっかり見逃したようです。国土交通省関東地方整備局の技官たちもそのことの重要性には気づかないふりをしているようです。用語の混乱は、「200m」を全部一緒くたにしてまとめて面倒見てしまって、詳細に見ようとしないことと無関係ではありません

  

グーグル・クライシス・レスポンスが、2015年9月11日11時21分に撮影して公開している航空写真(https://storage.googleapis.com/crisis-response-japan/imagery/20150911/full/DSC02788.JPG)をトリミングしたものです。問題の箇所にはブルーシートがかけられています。「決壊」はしていますが、「破堤」には至っていません。決壊幅は約190mですが、破堤幅は約155mです。

2015年9月13日午前の「専門家」による現地調査。正面は、上の写真の、ブルーシートが掛けられていた地点のケヤキです。天端のコンクリートの残骸がまだ散乱していますが、直下の落堀(おちぼり)はすでに埋め戻され、巨大なテトラポッドが敷設されています。(本来は、落堀を埋め戻して築堤することは、避けるべきとされています。)

http://www.ktr.mlit.go.jp/honkyoku/kikaku/data/photo/sonota/20150913_3/P1070937.JPG

2015年9月12日にケヤキの木陰から上流方向を見たところです。川表側が洗掘され、川裏側の半身だけが残った様子がよくわかります。「粘性土」と言っているあまり質のよくない土が1.5mくらいあり、その下は堤防の材料としては不向きな砂の層になっているようです。(測定ポールの紅白はそれぞれ20cm。奥は高水敷に形成された樹林)

それでも「破堤」にいたっていないのです。

http://www.ktr.mlit.go.jp/honkyoku/kikaku/data/photo/hukkyu/20150912_03/DSCF2201.JPG


  

 

(4)について補足

 こんなことは言葉尻の問題にすぎず、本質的な問題ではないという人がいるかもしれませんがとんでもないことです。基本的な用語の誤用はどんな場合であっても許されることではありません。

 若宮戸の砂丘 sand dune を「自然堤防 natural levee 」と呼ぶのは、素人が当初そうだったことはやむをえないとしても、どこかの段階で訂正されるべきだったのですが、誰も指摘しないのでしょうか、今に至るも誤用が続いているのです。国土交通省は、その誤用につけこんで私たちを混乱させるために、「いわゆる」をつけてわざと間違った使い方を広報しているのです。能力はあるのでしょうが勉強不足の新聞記者や、中学生程度の知識も持たない「専門家」と称される人たち、果ては大学教授たちまでがいつまでも誤用に気づかず、あるいは指摘されても意地をはって直さず、あいかわらず「自然堤防」と呼んでいるのです。これでは底意地の悪い役人に嗤われるのも当然です。水害の話をしている時に「自然堤防」の語を間違って使ったのでは、話にもなりません。そもそもその程度の間違いをおかすような人は、最初から「専門家」としての資質を持たないことを自ら広言しているだけの話で、ほかのことでの自信たっぷりの断定も、これでは迂闊に信用できないことになります。

 国土交通省関東地方整備局は、当初、若宮戸の25.35km地点(ソーラーパネルの地点)の氾濫を「越水」と呼んでいました。内閣官房情報調査室が「決壊」と書いたのに目くじらを立てて、訂正させたくせに、しばらくすると「越水」をやめて、「溢水(いっすい)」に変更しました。堤防が壊れるのが「決壊」で、堤防の天端を河川水が越えるのが「越水」です。いずれにしても若宮戸のように堤防のないところでは、「決壊」はもちろん「越水」も、定義上起きようがないということで、「溢水」を持ち出してきたのでしょう。だったらそう断り書きを入れるべきであったのに、絶対にそうしないのです。もっとも、土嚢の「品の字」積みに効果があったと、嘘を承知でいまだに言っているのですから、その堤防(「自然堤防?」)のかわりの土嚢が「決壊」したと言っても差し支えがないことになりますが。

 そもそも「溢水」とは、旧刑法条文において重大な罪状を指した語です。すなわち現行刑法第191条にいう「出水(しゅっすい)」の罪であり、その罰条は「死刑又は無期懲役若しくは三年以上の懲役」という、きわめて重大な犯罪です。これなど、国土交通省官僚団が、無意識にみずからの罪深さに気づいて(「集合的無意識」?)、知らず識らずのうちに自分たちのしてきたこと(しなかったこと)と向かい合った結果の用語変更だったのかもしれません。

 

 

越水から破堤にいたる写真の全部

 

 さて、本題に入ります。

 まず、9月10日12時50分とされる決壊(上述のとおり、どうやら破堤の意味で使っているうえ、それさえ事実かどうか不明)の前後数時間の写真を列挙します。航空写真も含めて翌11日以降の写真は比較的豊富にあるのですが、当日のとりわけ越水開始から破堤にいたる写真はあまりありません。若宮戸への自衛隊の災害派遣を取材するために雲霞のごとく飛来していたテレビや新聞のヘリコプターは、偶然に5kmも離れていない三坂町の破堤に気づいて、概ね30分後からライブ映像を流し始めましたが、「電柱おじさん」と「ヘーベルハウス」ばかりで、浸水域の拡大などの重要情報にはいっさい関心を示さないなど、およそ報道の体をなしていませんでした(この点を批判したのが早川由紀夫です)。当然破堤前の堤防の空撮映像はありません。テレビ会社が地上で破堤前の堤防の様子を撮影したものはいくらかはあるようですが、放映されたものはごく一部であるうえ、現在利用できるものはありません(福島第一原子力発電所の爆発映像同様、あと50年くらいは御蔵入でしょう。こういうところにも、視聴率と部数が決定要因であり、事実になどほとんど興味がなく、公共性をまったく弁えていない報道会社の姿勢がよく現れています)。

 たまたま参照できたのは、3か月もあとにNNNが放映した動画だけです(報道企業の自前ではなく住民が携帯電話器で撮影した動画です)。そこから2カットほど切り出したものを引用します。それ以外は、すべて「鬼怒川堤防調査委員会」資料の電気紙芝居画面に貼り付けられた、ほとんどサムネイルのような小さな写真と、住民が撮影したビデオ映像から何カットか切り出したものです一部は第1回委員会(2015年9月28日)の資料で公表されたものですが、多くは第2回(2015年10月5日)が初出です。国土交通省職員若しくは委託業者の社員が撮影したもので、水害から1か月近く経ってからやっと「発見」されたもののようです動画も撮影した住民から提供を受けた国土交通省のウェブサイトに公表されています。http://www.ktr.mlit.go.jp/river/bousai/river_bousai00000101.html

 これだけしかないのです。しかし、国土交通省の官僚団はもちろん、いずれの側の「専門家」たちも一瞥して終わりにしたこれらの映像こそ、「真相」にたどりつくための貴重な手がかりなのです。のちほど堤防の越水、浸食、法崩れ、さらには破堤にいたる因果関係がわかるように空間的要素を含めて配列し直したうえで、拡大表示し、こんどは穴があくほど克明に見ることにしますが、まずは、これだけしかないということをご理解いただくために、たんに時間順に配列してお示ししますので、今のところは、ざっと流し見してください

 

撮影時刻順に配列して1から29までの一連番号を付したうえで、撮影時刻を「写真名」とします。撮影者と撮影時刻が同じ場合にはアルファベットで枝番を付してあります。撮影時刻が不明の場合は、時刻を推定して配列してあります。なお、「不明2」は、「11時半から12時ころ」、「不明3」はその「10〜20分後」とされていますが、(確定的ではありませんが)30分から1時間程度ずれていると思われますので、こちらで想定した順に配列しておきました。

 

 

 

 住民が撮影したのものを除き、すべての写真が、車両で上流側から下流側に移動した際に撮影されたものです。天端が狭く(政令の規定は幅6mで、公称4mですが、実際には舗装は幅3mしかありません)、すれ違い不可能なので、車両による巡視はおそらく左岸は上り一方通行、右岸は下り一方通行と決めてあるのでしょう。

 これで全部かと失望することはありません。ここから読み取れるだけのものを全部読み取ることにします。