八間堀川問題 8 終曲

draft1 15, Feb., 2016

 

 八間堀水門地点の鬼怒川の水位と八間堀川(新八間堀川)の水位データ、ならびに八間堀水門と八間堀川排水機場の「操作規則」を踏まえて改訂する予定です。データおよび操作規則文書は入手済みですが、9月10日の操作状況につき下館河川事務所に照会したところ、「関東地方整備局において検討中」とのことで、回答入手とその結果に基づく記述訂正は当分先になる見込みです。

 

 7ページにつづき、2015年12月20日に常総市で開催された水害被害者団体の集会における、「水問題研究者」の嶋津暉之(しまづ てるゆき)氏の「講演」について検討します。見出し番号は通し番号とします。

 なお、この「八間堀川問題」という項目全体の趣旨ですが、最初におことわりしたとおり、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」を批判することが主要な目的ではありません。まして、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」を提唱し流布している人たち(団体・個人)を批判し、論争を挑むなどということは一切考えておりません。

 というのは、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」自体は、たんなる勘違いに過ぎず、なによりまとまった主張らしいものがあるわけでもありませんし、その提唱者たちは、二桁もことなる事象を同一次元で並べて論じたり、時間的に到底ありえないことについてさも当然のことであるかのように主張したり、ついには決壊地点の対岸の浸水まで八間堀川に原因があるなどという信じられない主張を並べ立てる人たちですから、論争のしようもないからです。

 

 しかし、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」と名付けた少々やっかいな勘違いが、限られた場面においてとはいえ根強く主張される理由をあきらかにすることは、このたびの鬼怒川水害を全体として正しく把握するうえで、ややもすると見過ごしかねない観点に気づかせてくれる効果があるのです。あまりくわしく見ようともしなかった衛星写真や航空写真を詳細に調べることで、目撃者もいない夜間に起きたことについて相当の確実性をもって推理することも可能となるのです。ろくに現場も見ないで早とちりで書かれた記事を検証しようとすれば、何度でも自分で見に行く先々で被災住民の方々から懇切丁寧に教えていただく機会にもめぐまれるのです(お茶をご馳走になったあげく、お土産にお茶菓子までいただいてしまいます)。

 2ページから6ページにかけて、鬼怒川の氾濫水が流入した下妻市南部からはじめて、新石下(しんいしげ)と曲田(まがった)の自然堤防を回避した若宮戸(わかみやど)由来の氾濫水が三坂(みさか)町由来の氾濫水と合流して5000万トンの巨大な水塊となり、三坂新田・沖(おき)新田・平町(へいまち)一帯で後背湿地最深部の八間堀川(はちけんぼりがわ)を完全に水没させた上で、八間堀川右岸から一気に水海道(みつかいどう)市街地に到達して西流する新八間堀川に流れ込む一方で、左岸では十花(じゅっか)町から箕輪(みのわ)町などの広大な水田地帯と新八間堀川南岸の水海道市街地からつくばみらい市北部までを浸水させたところまでを追跡しました。

 

 最後に前ページとこのページで、「水問題研究者」嶋津暉之氏による「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の最終形を分析しているところです。

 

 

(5)「水海道市街地水害八間堀川氾濫唯一原因説」における根拠のない楽観論の提起

 

  20分間の「講演」の際に上映されたパワポ資料http://yamba-net.org/「鬼怒川水害と行政の責任」/の検討を続けます。

 6枚のうち、八間堀川・新八間堀川に関するものはグーグルの地図と水海道地区の鬼怒川の水位のグラフの2枚です。下に再掲します。

 

 

 「であったのだろうか」「のではないか」と語尾を濁し、はっきりこうだと断言しているわけでもありません。レトリックとして疑問文にしてあっても内容上は断定していることだってありますから、文法上の形式でだけ言っているのではありません。確信がないためにこのような躊躇いがちな内容になっているのです。

 後段の、「少なくとも」以下についていうと、具体的にどうすべきだったかについて何も言っていないのです。排水停止時間が長すぎたと批判するのであれば、水位が何メートルになった何時何分にポンプによる排水を再開すべきであったと、具体的に述べるべきです。とりわけ、そのように主張する根拠として、何時何分にポンプを作動させれば、水海道市街地の氾濫水の水位をどの程度さげることができたかを、(誤差があってもよいから)きちんと試算して示すべきなのです。それすらしないでなんとなく水位が下がったはずだと言っているだけです。

 はなはだ曖昧な言い方ではありますが、講演者は排水を停止したこと自体を批判していることにはかわりありません。洪水時における支川からの合流停止は後述のとおり鉄則であり、講演者の主張はきわめて特異な主張なのです。ところがその理由たるや「堤防高に対して1.4mの余裕高があった」という1点だけです。ことが排水続行によるあらたな破堤・氾濫の可能性もある重大事項なのに、現状認識としてはあまりにも貧弱です。

 曖昧な現状認識のうえに根拠も示さず唐突で特異な主張を提起しているもので、これでは主張の当否を検討することさえ容易ではありません。とはいえ、まさか「嶋津さんの判断は適切であったのだろうか。根拠のない主張なのではないか。排水続行がもたらすかもしれない結果の重大性をまったく考えていない暴論なのではないか」などと言って放置するわけにもまいりませんから、その妥当性を逐一事実をあげて検討することにします。

 

(i) 水門と排水ポンプの役割

 

 まず、鬼怒川の水位変動にもとづく八間堀水門と八間堀川排水機場の運転状況を確認します。排水ポンプの操作の日時ですが、水害発生翌日の国土交通省の広報文書に、一応の説明があります(http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000631487.pdf)。結構長いので該当箇所だけ抜粋し、省略箇所に(元文書のものに紛らわしいものもありますが)ブルーグレーの横線を入れ、左上から右下へと2列に配して順に示します。

 





 

 この公式発表だけでは何のことかさっぱりわかりません。写真で大きく写っている塔は八間堀川水門のゲートの支柱ですが、八間堀水門のことは一切触れられていません。八間堀川排水機場の巨大な建物は写っていますが、八間堀排水機場樋管(ひかん)は一切写っていません(狭義の「樋管」は堤防基底部を横断する管ですから見えないのは当たり前ですが、その流入口や吐出樋管なども見えません)。これら3つ(水門・排水機場・樋管)と鬼怒川・八間堀川との関係を示す図もありません。ここには水門と排水用の樋管(排水口)のふたつがあるのですが、一切説明がないまま排水機場のポンプと排水ポンプ車の運転について書いてあるのでよく意味がわからないのです。

 これだけでもややこしいのに、水害後の現在、八間堀川のことが話題になる際には、市街地にはいる直前に分流する八間堀川の名目上は本川で実質的にはきわめて小規模な支流に関する件、さらにその支流と小貝川との合流点の排水機場のポンプの一部不作動の話がごちゃごちゃになっています。しかもそれらをもっぱら報道したりインターネット上で話題にする人たちの多くが「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」に立脚している人たちで、2桁も違う事柄を混同したり、時間的前後関係のつじつまの合わない話を平気でするなど、およそものごとを客観的に把握したうえで人々に合理的に説明して伝えるということをしない人たちですから、余計に話が混乱しているのです。

 八間堀水門と八間堀排水機場の関係すら混同して、八間堀水門を閉鎖したことを非難するひとまでいるくらいです。それらをご丁寧に「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の提唱者がリツイート(twitter 〔さえずり〕という一時隆盛をほこり現在頭打ちとなっているインターネット上の通信手法のひとつにおいて、他人から送信されてきた電文を、そのまま登録済みの数百人から数千人の他人に一挙に転送すること〔retweet さえずり返し〕。風説を流布する簡易で無責任な方法です)するなど、目も当てられない状況になっているのです。年端のゆかぬ子どもではなくいい歳をしたオトナがこうした愚かしい行為に日々興じているのです。

 まずわかりにくいのは水門と排水樋管(ひかん 排水口)のふたつがあることです。一般人の感覚でいうと、そもそもふたつあることの意味がわからないのです。八間堀川の件を問題にするときに、本当は最初に押さえておかなければならないのに、いちいちそんなことを説明してあるものはみあたりません。たとえば国土交通省近畿地方整備局のウェブサイト(http://www.kkr.mlit.go.jp/plan/binran/etsuran.html)には詳細な説明が、また国土交通省中部地方整備局のウェブサイト(http://www.cbr.mlit.go.jp/hamamatsu/gaiyo_kasen/gaiyo_kasen17.html)には簡単な説明がありますが、当の八間堀水門と八間堀川排水機場に関しては、国土交通省関東地方整備局による説明はなかったのです(2015年11月になってこの件で1ページ分の説明が出ました。http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000636288.pdf 24ページ)。

 河川問題では国土交通省の地方整備局もそれを批判する運動体も「西高東低」の冬型の気圧配置になっているようです。批判される側とする側はたいてい同じレベルになります。批判というのはそういう意味で双方の認識をふかめる重要なプロセスなのです。批判 critic は、批判する側もされる側も、それまでの認識を再検討し改める機会 chance を与えるのです。わけもわからず相手をこき下ろしたり悪口雑言をぶつけ合ったりするのは、批判ではありません。いまここでの事柄に関していうと、批判にあたっては相手を選ばなければなりません。批判するときにはできるだけ大物を相手にしたほうがよいのです。へたに選んだ相手をこきおろすのもたいがいにしないと、自分もおなじレベルだったりするので気をつけないといけません。怖い話です。ですから、当 naturalright.org としては本当はこの項目は気が進まないのです。

 なお、天才は別です。ジョン・ロックが批判した相手のサー・ロバート・フィルマーは、当時はたいした人物だったようですが、ロックが『統治に関する二つの論考』の第一編で批判しなかったなら、とっくの昔に忘れられていた二流以下の人物でした。フィルマー先生はロックのお陰で歴史に名を残す三流神学思想家の栄誉を頂戴したのです。ソクラテスが批判したソフィストたち、ナザレのイエスに徹底的に批判されたさまざまの俗物たち、トマス・ホッブズが批判したベラルミーノ枢機卿、パスカルの命をおびやかして完璧に批判されたジャンセニストたち、ダンテを追放して結局地獄 inferno の一番奥底で永久に劫罰にさいなまれることになった同じ町のくだらない連中などなど、みな同様です。

 新聞などは細切れの記事を散発的に出すに際して、背景事情をそのつどいちいち説明するわけではありませんから、読者は水門や排水機の意味が一向にわからないままなのです。書籍ではないので記事の散発性自体はやむをえないのですが、どこかの時点で特集面を設けて基本的なことから説明すべきなのです。しかし、なんども指摘しているように、新聞記者たちは水門と排水機場の構造の概略程度はわかるようですが、その流量までは考えてもいないようです。したがって、氾濫水の総量(公式発表3400万㎥、土木学会での報告例では5000万㎥)との比較などはするはずもなく、3桁も違う小貝川への排水量の「毎秒3トン」に異常に拘ってしまうのです。後述のとおり、合流地点での八間堀川と鬼怒川の水位差について、データを踏まえたうえで論じた例は皆無です。

 嶋津氏はポンプによる排水量までは把握していて、例の「東京ドーム」の8割、などという陳腐な印象操作をしていますが、氾濫水の総量との圧倒的な差異には、わかったでうえなのか考えもしないでなのかはわかりませんが、一切触れていません。(4ページでも触れたとおり)もし言及すれば2%程度だと正直に言わなければならないのです。

 

 

 八間堀水門(写真右)は、八間堀川と鬼怒川を遮断するものです。幅20mの鉄製のゲートを上げれば開放、下げれば閉鎖です。目的は2つです。ひとつは八間堀川から鬼怒川への流入を止めることです。もうひとつが鬼怒川から八間堀川への流入(逆流)をとめることです(後者が主たる目的です)。開放状態では、水は水位の低い方へ自然に流れるだけです。水位差があればポンプを使うより効率がよいのです。

 八間堀排水機場(写真左奥)は、八間堀川から鬼怒川へ水を流す施設です。自然に流すのであれば上の八間堀水門のゲートを上げればよいだけの話ですから、この八間堀排水機場を使うのは水門のゲートを下げて遮断している時だけです。自然に流れない、つまり八間堀川の水位よりも行先である鬼怒川の水位の方が高い時に、八間堀川排水機場のポンプで八間堀排水機場樋管(ひかん)(写真左)から強制排水します。上の国交省文書にもあるとおり、ポンプは一台あたり毎秒15立方メートルのものが2台、つまり毎秒30立方メートル(30トン)の排水能力があります。八間堀川の流量の規格は河口部で75㎥ですから、その半分近くの排水能力があるわけです。逆方向につまり鬼怒川から八間堀川へ水を流すようにはなっていません(ちなみに鬼怒川の流量の規格は毎秒5000㎥です。2桁違います。ついでに利根川はその4倍以上の毎秒22000㎥〔八斗島〈やったじま=群馬県伊勢崎市〉基準点〕です)。

  水門および排水機場には国土交通省通達(平成24年3月9日づけ国水環第104号「河川管理施設の操作規則の作成基準について」に基づき、各地方整備局で「操作規則」を定め、それにもとづいて実際の操作がおこなわれます(中身は現在調査中です)。

 次は、八間堀川排水機場のものではありませんが、(水門と)排水機場の平面図と断面図の一例です(国土交通省「揚排水ポンプ技術基準」平成26年3月、http://www.mlit.go.jp/common/001037879.pdf。なお、この技術基準の前提となるのが以下の一連の文書です。「河川砂防技術基準 計画編」、http://www.mlit.go.jp/river/shishin_guideline/gijutsu/gijutsukijunn/gijutsukijunn.pdf、「河川砂防技術基準 設計編」 http://www.mlit.go.jp/river/shishin_guideline/gijutsu/gijutsukijunn/sekkei/pdf/00.pdf、河川砂防技術基準 維持管理編 河川編」、http://www.mlit.go.jp/river/shishin_guideline/gijutsu/gijutsukijunn/ijikanri/kasen/pdf/gijutsukijun.pdf#search='河川管理施設の操作規則+昭和+55+年+5+月+21+日%2C建河政発第+41+号%2C+河治発第+35+号%2C水政課長%2C治水課長')。

 

 

 

 仕組みと目的を踏まえて、9月10日から11日にかけての操作状況を概観すると次のとおりです(主語の「国土交通省」は略します。以下、時刻は24時間表示とします))。

 

 9月10日2時、鬼怒川の水位が上昇したので(「鬼怒川水海道水位観測所」の水位データは1.48mでした)、八間堀川への逆流を防止するために八間堀水門のゲートを下げて閉鎖し、同時に八間堀川の氾濫防止のために八間堀川排水機場のポンプを作動させ八間堀排水機場樋管(ひかん 排水口)から鬼怒川への排水を開始しました。

 10日13時に、鬼怒川の水位がさらに上昇したため(最高水位の8.06m)、八間堀川排水機場のポンプの運転をとりやめ、八間堀排水機場樋管から鬼怒川への排水を停止しました。

 10日22時に鬼怒川の水位が低下したため(6.09m)、22時30分、八間堀川排水機場のポンプを作動させ、八間堀排水機場樋管から鬼怒川への排水を再開しました。ただし、鬼怒川の水位は八間堀川の水位より高いため、八間堀水門は閉鎖したままです。

 9月11日8時、鬼怒川の水位がさらに低下したため(4.26m)、八間堀水門のゲートを上げて開放し、八間堀川から鬼怒川への自然排水を再開しました。なお、これにともない八間堀川排水機場のポンプによる八間堀排水機場樋管から鬼怒川への人為的排水は停止しました。

 

 これでもまだ十分にわかりにくいので、このあともうすこしていねいに見て行きます。

 

 えらそうに説明している、というわけではありません。チンプンカンプンだったので図を見たり表をつくったりして考えた筋道を自分用に書いているだけです。ただし、本当はよくわかっていないくせにわかったふりをしていた人たちの雑な説明とは違い、〔まだいくつか足りませんが、本邦初公開の水位データを含む〕全部の要素について具体的に触れる説明はこれが唯一で最初です。いつものことですがくどいのはやむをえないものとしてご容赦ください。

 

 

 (ii) 水位変動ならびに水門と排水機の操作

 

 本質的な問題が別にあります。

 水門と樋管の並列に加えて(というより「その前に」ですが)、鬼怒川の水位と八間堀川の水位ならびに両者の差について全部わかっていなければならないのですが、驚くべきことに八間堀川の水位は公表されていないのです。新聞はもちろん、この問題について言及してきた「専門家」たちは八間堀水門の直前における八間堀川の水位データもなしに、あれこれ議論をしているのです。もちろん「水問題研究者」を自称する講演者もです。そんなことはない、知っているぞ、というのならそう言うべきで、もったいぶらないで八間堀川の水位データを示せばよいのです。

 もちろん、いちばんよくないのは国土交通省です。隠すようなことではないのですからウェブサイトで最初から公表しておけばよいのです。「鎌庭(かまにわ)水位観測所」や「鬼怒川水海道水位観測所」における鬼怒川の水位等のデータであれば、国土交通省のウェブサイトでリアルタイムに見ることができますし、水文(すいもん)水質データベース(http://www1.river.go.jp)で過去数年分のデータを閲覧し、ダウンロードすることもできるのです。しかし、八間堀水門における、内側すなわち鬼怒川への合流地点直前の八間堀川の水位データは、一切公表されていないのです。というより、そこに測定機器が設置されてデータをとっていること自体が、公表されていないのです。秘密にしているというわけではないようですが、担当者以外はよくしらないようです(先日、ある国土交通省の幹部職員にこの話をしたら、何のことかわからず呆然としていました。そのくせそのあとに、この水門と排水機場の運転状況について被災者住民に説明!したのです。国民に対する情報の出し惜しみをすると、内部でもいろいろなことがわからなくなるという一例です〔お偉方が現実的知識を欠いていることがよくわかります〕)。当然、インターネット上でつねに閲覧できるわけではないのです。ですから、水害被害者をふくむ国民は、あるのに教えてもらえないないというのではなく、そもそもそのようなものがあること自体がわからない、ということです。

 内外の水位差が問題になる施設ですから、まさか目視で水位を判断して水門のゲートの上げ下げや排水ポンプのオン・オフを操作するなどということがあるはずはなく、測っているに決まっているのですが、いままで鬼怒川水害の話のなかでそんなことに触れた人は誰もいないのです。新聞など「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」提唱者たちもそうですが、講演者も同様です。もともと厳密な話をする人ではないようですが、洪水時の合流地点での排水ポンプの停止を批判し、支川からの流入量を増大させることとなる措置を求めるという、社会的に見てこの上ない重大な主張をする際に、このような杜撰きわまりない態度は到底許されるものではありません。

 おそらく国土交通省の特定部署以外で唯一データを持っているのは、八間堀川の管理者である茨城県土木部河川課だと思います。しかし、まさか国土交通省が公表していないものを内緒で教えてくれとは言えませんから、当 naturalright.org が行政文書開示請求制度により得たデータも含めて、水門と排水ポンプの具体的な操作状況をみてゆくことにします。

 

 最初に、グーグル・アースの再構成実写映像で、八間堀水門、八間堀川排水門、鬼怒川水海道水位観測所、左岸堤防11km地点、それと鬼怒川水海道水位観測所の位置関係を見ておきます。

 前のページで写真やヴィデオに登場した地名も入れてあります。ヴィデオの撮影者は、諏訪町交差点にいて、東方向(このグーグル・アースの写真ではやや斜め上、常総市役所の方向)から氾濫水が迫ってくる様子をとらえたり、あるいは明(あきら)橋との中間点で対岸の古矢家具の方向を見ていましたが、始めのあたりで、明橋の南側たもとから見た御城(みじょう)橋の欄干の向こうには、八間堀水門の幅20mの赤い巨大なゲートが降りている様子と、国土交通省の内水排水ポンプ車も映っていました。

 以下、このページでは、わずか500mの距離に集中している、八間堀川最下流部(新八間堀川)の流量毎秒75トンのなかばにせまる毎秒30トンを鬼怒川へ排水する能力を誇る八間堀川排水機場と樋管八間堀水門、そのすぐ下流の、豊水橋(ほうすいきょう 西岸の豊岡〔とよおか〕と東岸の水海道〔みつかいどう〕から一文字ずつ)をはさんだ左岸11km地点付近、さらに鬼怒川水海道水位観測所までを見て行きます。それにより、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の提唱者である講演者の、「鬼怒川の水位は堤防高に対して1.4mの余裕があった」として排水ポンプの停止を非難したうえで、「少なくとも」早期に排水を再開すべきであったとする言明の当否 right or wrong をあきらかにします。

 

 

 

(6)「水海道市街地水害八間堀川氾濫唯一原因説」における水位の評価の誤謬

 

 (i) 観測所ごとにことなる水位の基準 「Y.P.」について

 

 講演者は、「堤防高に1.4mの余裕があった」としたうえで、「この停止の判断は適切であったのだろうか」と言っています。曖昧な口調で(都合が悪くなったらあとで取り消せるように。実際には手遅れです)ごまかしていますが、排水ポンプを止め、八間堀川から鬼怒川への毎秒30トンの排水を停止したのは間違いだったと主張しているのです。

 鬼怒川左岸10.95km地点で、2015年9月10日13時に記録した最高水位は8.06mでした。講演者は、この「鬼怒川水海道水位観測所」の水位8.06mという数値を以って、「堤防高に1.4mの余裕があった」と断言しているのです。

 

 講演者のパワポのグラフでは、鬼怒川水海道水位観測所の水位データをそのまま使うのではなく、そうする必要もないのに、わざわざ「Y.P.」値に換算しています。「鬼怒川水海道水位観測所」で、2015年9月10日13時に記録した最高水位は8.06mでした。これを、講演者が使っているY.P. すなわち「江戸川工事基準面 Yedogawa Peil 」の値であらわすには、「鬼怒川水海道水位観測所」の水位(標高)の基準高である、Y.P +9.91m を加えなければなりません

 (Y.P. すなわち江戸川工事基準面は、T.P.すなわち東京湾中等潮位〔Tokyo Peil〕をゼロとした場合、マイナス84cmです。Y.P.高度は、T.P. 高度すなわち通常つかわれている標高より、84cm高く表記されるわけです。地形図などでの標高はT.P.値ですから、河川の水位や堤防の高さを問題にするときには、84cmもずれている2つの尺度を同時に扱わなければならないのです。混同するととんでもないことになります。ややこしい話ですが、明治5年におやとい外国人として来日していたオランダ人学者のI. A. リンドがそのように決めた、ということです〔http://www.ktr.mlit.go.jp/edogawa/edogawa00229.html〕。)

 最高水位8.06mというのは、Y.P. すなわち江戸川工事基準面でいうと、8.06m 足す 9.914m イコール 17.974m です。(ほんとうは、このように小数点以下2桁のものと3桁のものが混在していて有効数字の桁数が揃っていないのは好ましくありませんが、国交省の文書や講演者のグラフにあわせて一部だけ3桁で表記します。)

 

 

 

 

 講演者の資料のグラフでは「ピーク水位 17.994m」とあります。2cm違っています。これは、13時10分の水位8.08mをY.P.値に換算したものです。厳密に言うとこの8.08mが最高水位ということになるのですが、国土交通省関東地方整備局は広報資料等では毎正時(00分)の値、すなわち13時00分の8.06mを最高水位としているほか、さまざまの機関の報告などでもほとんどの場合同様で、当 naturalright.org もこれに倣っています。(当初このページでは嶋津氏のミスとしていましたが、訂正します。毎正時(00分)の値としていたわけではなく、コメントでは「午後1時に八間堀川排水機場の運転が停止されたが、云々」とあり、いささか説明不足でありますが、ミスではありません〔2016年3月11日〕)

 

 水文(すいもん)水質データベース(http://www1.river.go.jp)で、鬼怒川水海道水位観測所のデータをみると、次のとおりです(http://www1.river.go.jp/cgi-bin/SiteInfo.exe?ID=303031283307160 で青いボタン〔に見えませんが〕がぞろぞろ並んでいる中の「観測所詳細諸元」のボタンを押すと表示されます)。

 

 

 

 下の方に、「観測所諸元」欄があり、そこにさきほど触れた「零点高 9.914m」などが書いてあります(Y.P. 高度9.914mを「零点」つまり基準面にしているという意味です。そこからの隔たりが「水位」です)。

 問題はその下です。「水防(すいぼう)団待機水位」「はん濫注意水位」「避難判断水位」「はん濫危険水位」「計画高水位」がそれぞれ明記されています(観測所によってはここが空欄の場合もあり、ちょっと見ただけでは氾濫の危険性の有無がわかりにくくなっています。別ページに鬼怒川の下流のすべての観測所8か所の諸元を示してありますが、これらが明記されているのはそのうちの4か所だけです。「鬼怒川水海道」は明記されているので話は簡単です)。

 

 (ii) 鬼怒川水海道水位観測所における水位変動

 

 今回の最高水位は、9月10日13時の 8.06mでした(時刻表示はすべて24時間表記です)。

 

 講演者があえてY.P.値に直してしまってわかりにくくなっていますが、以下は画面上で表示されるとおり、Y.P.で9.914m(普通の標高つまり、東京湾中等潮位〔T.P.〕の値ではそこから84cmを引いた9.074m)をゼロ点として(ゼロというからわかりにくいので「基準点」とでも言った方がよいのですが。グラフの原点=ゼロと同じことなのですけれども)、そこからどのくらい高くなったかの数値で見ていきます。ただし、あとでやるように、八間堀水門のゲートの内と外の水位、つまり新八間堀川の水位と鬼怒川の水位を比べるような場合には、別々の「基準点」からの高さをくらべても何が何だかわからないので、同一基準、ここではY.P.で表示しないと比べようがありません。しかし鬼怒川の水位といえばウェブサイトでも現場の水位表示板でもこれで表示されるわけですし、いまは観測所ごとの数値で見ていきます。

 

 下に、2015年9月の1か月間の毎正時(00分)の水位表を示しました。

 

 グラフだと数値が読み取れませんから、表のまま引用しました。閲覧方法については、別ページを参照ください。グラフでは数値の増大幅を強調したいがために、わざとy軸をゼロから始めない、などの見え透いた印象操作は当たり前ですし(水位の場合はマイナスもあるので複雑ですが)、表層の印象に縛られるのは不可避で、グラフも善し悪しですからわざと示しません。

 

 9月9日の夕方から急上昇し、9月10日(すなわち朝から午ごろにかけて若宮戸と三坂町から氾濫し、その夜のうちに水海道市街地が浸水した水害の当日です)の2時過ぎに「水防団待機水位」(1.5m)を超え、2時間後の4時過ぎに「はん濫注意水位」(3.50m)を、5時台には「避難判断水位」(4.70m)を、そしてとうとう6時台に「はん濫危険水位」(5.30m)を超えていたのです。

 

 

 

 一応グラフも出しておきます。

 国土交通省関東地方整備局の「鬼怒川堤防調査委員会」資料(第1回)からの引用です(reference2)。

 

 

 空前の豪雨による自然災害を印象付けるためのグラフと言えないこともありません。しかしこれなどまだいいほうなのです。二つを並べてみると(右下がさきほどの嶋津氏の作)、パワポで水位の曲線の上の方に「1.4mの余裕」の赤線だけをクッキリと入れて「氾濫危険水位」などをわざと描かないグラフを見せた講演者の作為が浮き彫りになってしまいました。実際には意図して外したのではなくて、まったく考えてもいなかったのかも知れません。どちらにしても致命的な錯誤ですが、批判している相手の国土交通省の資料のコピペばかりでパワポを作った講演者がどうしてここだけ自前のグラフを作ったのかというと、これら「水防団待機水位」「はん濫注意水位」「避難判断水位」「はん濫危険水位」「計画高水位」の入らないものを示したかったから、としか考えられないのです。さらにいうと、Y.P.値にしておけば、かりにウェブサイトで簡単に見ることができる水位観測所のデータに明記してある「水防団待機水位」「はん濫注意水位」「避難判断水位」「はん濫危険水位」「計画高水位」などのデータが、そのままではわからず、いちいちY.P.値に換算しなければならないのです。そのようなことを知らない一般の人では換算することもできないわけですから、気づかれることもないのです(ここまで疑うと、自分の心根の悪さにうんざりしますが)

 

 一見すると、「水防団待機水位」の1.5.mや「はん濫注意水位」の3.50mというのは、その絶対値だけみていると小さい数字です。これらの基準じたいが大げさで、そんなものをいちいち気にするのは過剰反応のように思えるかもしれません。しかし、上の2015年9月一か月間の水位の一覧表を見ればわかることですが普段の水位はマイナス3m以下ですから、たとえば「水防団待機水位」寸前の10日2時過ぎでいうと、48時間前にくらべてじつに5m以上も水位が上昇しているのです。

 

 水位は、水深ではありませんから、マイナスということもありうるのです。1931(昭和6)年に設定した基準ですから、その後の砂の採取や洗掘作用の進行などで川底が大幅に低下して、水深はけっこうあるのに「水位」の数値はマイナスになるということです。鬼怒川はなんとなく一般的な「天井川」状態だったのではないかと誤解されがちですが、そうではないのです(http://kasen.securesite.jp/c_study/pdf_study02b/study02b_25.pdf#search='鬼怒川の河道特性と河道管理の課題')。だったら仕切り直しで基準値を変えればよいかというと、過去のデータとの比較ができなくなるので(いちいち換算しないと比べられないし、換算するとかならずミスが起きます)、「零点高」の変更はしないようです。

 

 最高水位の8.06mというのは、普段より11m以上も上昇しているわけで、ニュース言葉でいう「住民もこんなのは初めて」どころか、観測開始以来最高値だったのです。

 

 これまでにない豪雨による観測開始以来最高の水位だった、などとここに書くと、三坂町で破堤したのは自然災害であり国土交通省の責任を問うことはできない、と言っているように聞こえますが、そういうわけではありません。「脱ダム」運動の「理論的支柱」とされる嶋津暉之さんを悪く言っておいて、なんだ結局国土交通省をヨイショしてるのかと顰蹙を頂戴しそうですが、それは違います。鬼怒川下流域は堤防整備が遅れていて、まさに「全域にわたり同レベル」だったわけで、政令の定める基準に違反する違法状態にして、10年に一度程度の雨にも耐えられないというとんでもなく危険な状態だったわけですから、当然、日本国政府の責任は重大です(一級河川である鬼怒川の直接的な管理責任者は国土交通大臣です)。災害後に国土交通省が観測史上最高の豪雨による自然災害であると言っていることは、若宮戸でのあきらかに違法な措置(不作為)とあわせて到底容認できるものではありません。

 しかし、そのことと、この9月10日の時点で、若宮戸の2か所と三坂町に加えて、さらに第4、第5、第6、第7…の「越水」・「決壊」・「破堤」の現実的危険性が高まっている時に、八間堀川から鬼怒川への排水を続行するのか中断するのかという問題は別次元の問題です。いくらなんでも、こういう状態になるまで放っておいた国土交通省が悪いのであって、その国土交通省が排水を止めたのはけしからん、という論理は成り立ちません。

 なお、「溢水」や「浸透」については、ずいぶん発表されていますが、越水だけ?起きた箇所はかなりあるのに一切発表されていません。堤防がないところでおきた氾濫についても同様で、それこそ誰にも知られずに気の毒なことなのですが、「忘れられた」平町や十花町に出かけて八間堀川の破堤を騒ぎ立てて虚報を乱造した人たちは、こういうところこそ気づくべきだったのです。

 ついでに申し上げておきますと、国土交通省の堤防整備の遅滞を批判する勢いがあまって、俺は三坂町の堤防が切れるのはわかっていた、あそこは危ないと前々から言っていた、みたいなことを言う人がいますが、それは嘘です。結城(ゆうき)市から下妻(しもつま)市、常総市にかけては、かなりのところが「暫々堤」(高さだけ足りないのが「暫定堤〔ざんていてい と読むのでしょう〕」で、高さも幅も足りないのが「暫々堤〔なんと読むのでしょう〕」)だったのですから、どこもかしこも危なかったのです(「全域にわたり同レベル」だと思わず本当のことを言ってしまった太田昭宏国土交通大臣(当時)は正直者だったのです)。どこもかしこも、の中には三坂町上三坂も含まれていますから、俺は全体的な危険性を警告していたと言っている人は、そういう意味では三坂町の堤防が切れるのはわかっていた、ということになるのかもしれませんが、そんなのは「わかっていた」とは言いません。(例のハザードマップの件でも、おなじように、俺は判っていたと言い張る偽予言者が続々と出て来ました。)

 三坂町の堤防が切れるのはわかっていた、みたいなことを言う人は、現場を無視して、机の上で(それもたいていコンピュータのデスクトップ〔机上〕にくだらないツイッターやブログ、思いつきで書かれた新聞記事を乱雑に広げて)考えているフリをしているだけなので、必ず次のような間違いをしでかすのです。人間だれでも間違いはある、とか、猿も木から落ちる、というレヴェルではありません。もちろん、弘法も筆のあやまり、などというご大層なものではありません。虚言癖のある人の言動に近いものがあります(失礼しました)。

 1 堤防の安全性をつい「高さ」だけで評価してしまう。(低ければ越水する、越水すれば崩れる、しかし越水しなければ大丈夫、と単純に考える。さんざん越水していたのに破堤しなかったところがある〔三坂町のケヤキ〕のに気がつかない。浸透のことは全然考えない。そして、三坂町で判断を誤る。)

 2 堤防のないところの危険性がわからない。(自然堤防 natural levee と堤防 bank の区別がつかない。砂丘 sand dune を自然堤防 natural levee と呼んでしまう。土嚢 sandbag を積んだものと堤防 bank の区別がつかない。そして、若宮戸で判断を誤る。)

 3 三坂も危なかったかもしれないが、他だって危なかったことをつい忘れる。(21km地点〔三坂町上三坂〕のちょっと先〔下流側〕に天端が低いところがあって、それで越水して破堤したのだ、と得意になっていて〔前からわかっていて警告を発していたとかではなくて、水害が起きたあとでそう言っているだけの話ですが〕、この11km地点〔水海道〕のちょっと手前〔上流側〕がどうなっているか、消防団〔水防団〕も近隣住民も、そして残念ながら国土交通省も、誰でもが知っていることを、今も知らない。そして、八間堀川で判断を誤る。)

 ようするに、八間堀川で判断を誤る人は、若宮戸でも三坂町でも判断を誤るのです。認識というものは、そういうものです。鬼怒川水害の全部について判断を誤る人が、どうして他の分野(たとえばダム問題)でいままで正しい判断をしてきたのか、理解できません。

 もう結論が出てしまいました。しかし、きちんと論証しなければなりませんので、話を戻します。

 

 あらかじめ設定してある「はん濫危険水位」をも大きく上回ったのに、そのことに触れずに(もしかすると忘れていて)「堤防高に対して1.4mの余裕があった」と主張するのは理解しがたいことです。当然賛同できません。堤防の天端まで水が来ないうちは安全だという根拠のない判断が前提になっているようです。ようするに破堤原因として越水しか考えていないからこういう発言が飛び出すのです。

 

 水位があがって堤防の天端に達し、さらに越水がおきれば川裏側法面(のりめん)の洗掘が起き、ついには破堤にいたる可能性がたかまるのですが、破堤原因は越水だけではありません。別項目で検討していることですが、三坂町の破堤原因についての国土交通省(鬼怒川堤防調査委員会)の見解は、越水と浸透の複合的原因(共働原因)によるというものであり、越水だけで破堤したとはしていません。ところが、早とちりを身上とする新聞テレビ企業はもちろん、講演者もそのようですが、日常的にダム政策などで国土交通省を批判していたような組織や個人などまでが鬼怒川堤防調査委員会の結論を勝手に誤解して、越水が三坂町での破堤原因だったと決めてかかっているのです。それは、国土交通省がそう考えている、と誤解しているというだけでなく、自分も破堤原因をそうだと判断しているということなのです。国土交通省による破堤原因分析を誤解した上で、相手が放棄したものに勝手に賛同しているのです。誤解した上で批判するというのはよくあることですが、そうではないのです。誤解した上で賛同しているのです。じつにおかしなことですが、べつに複雑なことではありません。むしろきわめてシンプルなことです。つまり、自分の願望どおりに勝手に誤解して、当然ながらそれに満足しているということなのです。嫌われていることに気づいて逆上する前のストーカーの心理です。

 

 (iii) 鬼怒川・八間堀川の水位差と、水門・排水機の操作

 

 さて、水位をめぐってはその前提となる事実関係について、講演者が無用の操作を加えていたこともあって記述があちこち寄り道していて、なかなか話がすすみません。さまざまの基本的事項をふまえたうえで、さらに考慮すべき事項がたくさんあります。しかもそれらが場合によっては深刻な社会的対立を醸成しかねないクリティカルな問題なのです。

 一応、水門と排水樋管の基本的位置付けについてもおさえ、水位に関する基本的事項も確認しましたので、実際の国土交通省による排水の停止・再開措置がどのようにおこなわれたかを時系列にそって整列したうえで、水位変動データと突き合わせて検討できるような形で提示したいと思います。八間堀水門の直前の八間堀川の水位データは従来公表されていなかったものです。

 

 などと偉そうなことをいうと、慧眼の士から、「鬼怒川水海道水位観測所」のデータでは「八間堀水門」直下の水位とは言えまい、とのお叱りを受けることになります。八間堀水門直下の鬼怒川の水位データについては、もちろんないはずはないのですが、現在調査中であり(入手に相当期間を要しますので)、ここではかりに約500m下流の「鬼怒川水海道水位観測所」(一応10.95km地点とされていますが、さらに20mほど下流寄りのようです)のデータで代用し、後日訂正を行うこととします(3月下旬の見込みです)。

 一番左が、三坂新田水位観測所の八間堀川中流のデータ、次が八間堀水門内側(八間堀川側)、次が鬼怒川水海道水位観測所の鬼怒川のデータ(赤は「はん濫危険水位」以上)です。各観測点の「水位」とそのYPでの表記です。見出行の「YP」は、各観測所のゼロ点高(八間堀水門は不明で調査中)です。そしてその右が、八間堀川最下流部である八間堀水門内側と、鬼怒川の水位差です。マイナスは鬼怒川の方が低く、プラス(赤)は逆転して鬼怒川の水位が相対的に高い場合です。

 「趨勢」としては、たとえば1時間に10cm以上の変動があった場合に、その変動が起きた時間の直前の時刻(00分)に「急上昇」等と記入してあります。「MAX」以後の「低下」はあらずもがなですし、もし書くとしてもその原則にしたがえば「MAX」欄に書くべきところですが次の行に記入してあります。八間堀川排水機場のポンプ作動措置と八間堀水門のゲート開閉措置がとられた時刻ですが、最初の発表以降しばしば変動しており、現在のところ確認した範囲で記入してあります(9月11日の水門開放時刻は、「7時」説もありましたが最終発表は8時です)。

 最後の「事象」についても、概ねの時刻です。たとえば、三坂町の「決壊」については、国土交通省は堤体基底部まで流失してはじめて「決壊」とみなすという、たいへん問題のある定義によっているようで(そもそも決壊と破堤を混同しているのです。日本中で)、実際にはかなり前に事実上破堤して膨大な氾濫水の流入がおきています。越水についてもすでに11時にはかなりの規模でおきていたのです。若宮戸も同様で、25.35km地点は6時過ぎとされていますが、三坂町同様、それより早く相当規模の溢水が始まっていたものと思われます(5時半という目撃証言もあります)。なお24.75km地点は6時30分ころに急激な溢水が始まったとの目撃証言があります(それを現認し即座に車で避難した方の証言ですから、信憑性は極めて高いのです)。

 有効数字の不一致や表示桁数の不揃いなど、不体裁が過ぎますがご容赦ください。

 

 

 

 (iv) 水位上昇時における排水機の操作

 

 ここで、洪水時において、本川の水位が上昇して決壊等のおそれがある場合に、支流からの排水をどのようにおこなうべきなのかについて基本的な考え方を確認しておきます。

 

 水門・排水門(排水機)の操作規則については調査中です(たとえば東京都などは、具体的な水位に応じた操作タイミングを定めた規則をインターネット上で公表していますが〔http://www.lawdata.org/local/tokyoreiki/g1011463001.html#b1〕、国土交通省は公表していません。現在別途調査中です)。

 

 河川工学に関する書籍から2つほど引用いたします。

 まず、末次忠次『河川技術ハンドブック 総合河川学から見た治水・環境』(2010年、鹿島出版会)です(146ページ)。

 

 

 末次忠司(すえつぎ ただし)は、現在は山梨大学の医学工学総合研究部社会システム工学系教授ですが、ながく務めたのは土木研究所の研究員の職です。

 もとは国土交通省の外郭団体(現在は独立行政法人)だった土木研究所の研究者では、国土交通省寄りの人間だということであれば、もうひとつは、国土交通省の河川政策をもっともきびしく批判してきた元新潟大学教授大熊孝の『洪水と治水の河川史 水害の制圧から受容へ』(1988年〔旧版〕、平凡社)から引用します(205−08ページ)。大熊教授は「脱ダム」の運動の理論的指導者とされる人で、講演者の盟友でもあります。

 


 

 このように、「立場」のことなる二人の研究者が本川の水位上昇時に排水ポンプによる河川への排水を制限することについては、一致した考え方を示しています。もし支流側の河川での氾濫や内水氾濫をおそれて本川への流入を決行し、万一本川の決壊・破堤を引き起こせば、防止した損害の数十倍あるいは数百倍の規模の氾濫水による甚大な水害をもたらすことになるのですから、当然と言えます。これは、立場の違いなどの入り込む余地のない、誰でもが認める原則と考えてよいように思います。

 その意味でも、講演者の主張はきわめて特異なものです。特異であることは、もちろんそれを排斥する理由にはなりませんが、このような社会的に見てきわめて重大な事項について、十分に根拠を示して提言するわけでもなく、「堤防高に対して1.4mの余裕があった」という程度の(それ自体虚偽事実であるのは後述のとおりですが、かりに真実であったとしても)薄弱でほとんど受け入れられない根拠だけを以って、あたかも当然であるかのごとくに主張することは、慎重さに欠けるのではないかといわざるをえません。

 

 「堤防高に対して1.4mの余裕があった」のだから排水を停止したのは誤りである、という発言は、その中身についてよくよく考えてみると、深刻な社会的対立感情を醸成し、延いては社会存立の基礎をも揺るがしかねないものなのです。もし当日その場でそういうことを言い出して、排水停止に断固として反対して騒ぐとかあるいは直接的行動に出るとかしたら、とんでもないことになります。実際に排水ポンプの停止をめぐって、現場が騒然とすることもあるようです。昔であれば巨大な排水ポンプなどありませんから、スイッチを切る入れるで暴力沙汰になることもなかったでしょうが、洪水時に夜陰にまぎれて対岸の堤防を切りに行く、などということはよくあったのです。洪水時の支流からの排水の是非に関する主張は、選択を誤ればさらに甚大な災害を引き起こすかもしれない、緊急時における二者択一の問題に関するものであり、いずれであってもよいとか、立場や趣味で見解が違って当然というような問題ではないのですから、軽々に論ずるべきものではありません。あとになって、たいした根拠もないのに軽々しく主張する講演者の態度は、社会的にみても不適切といわざるをえません。しかも、それがよりによって水害被害者の運動のなかで主張されているのです。これではかえって被害者救済の障害にもなりかねず、そのこともまたたいへん憂慮すべきことです。

 

 

(7)「水海道市街地水害八間堀川氾濫唯一原因説」が前提とする事実の虚偽性

 

 洪水時の支流からの排水の問題については、一般的基準、抽象的理論、机上の空論より事実が問題なのだ、現実を見ろ、という人がいるかも知れません。まったくもってその通りです。当 naturalright.org としても、いくら河川問題の大家にして脱ダム運動の理論的指導者である大熊孝教授の言葉だとしても、それをもって排水ポンプ停止問題解決の決定打にしようとは思いません。

 目の前を見よ、と言われるまでもありません。以下、このページでは、「鬼怒川の水位は堤防高に対して1.4mの余裕があった」という言明の真偽 true or false について検討することにいたします。そして、それが明白ではっきりした clear and distinctive  虚偽 false であることを示します。

 

 これから見る写真は、9月10日に、住民の方がおそらく携帯電話機で撮影したものです。たいへん貴重な写真です。つつしんで引用させていただきます(http://ameblo.jp/goemonn-dog/ このブログは閉鎖されてしまったようです)。左の列に当日の写真を、ほぼ同じ場所を後日撮影したものを右側に置きます(2016年2月8日)。その前に、さきほど示したグーグル・アースの写真地図が、ページの遥か彼方へ上昇してしまいましたから、撮影位置がわかるよう再度掲げます。 

 

 

 まず、豊水橋直下の「観水公園」とその先の「土囊」の、9月10日12時ころの写真です。「鬼怒川水海道水位観測所」が最高水位の8.06mを記録したのは、この後の13時00分です。豊水橋(ほうすいきょう)のたもとの「豊水橋東」交差点を南に20mほど下ったところです。

 「下る」といっても一段高くなっている橋梁のたもとから降りたというだけで、この場所は常総市の鬼怒川東岸唯一の洪積(こうせき)台地です。今回、多くが自然堤防 natural levee 上(一部は後背湿地 back swamp )にある水海道市街地のほとんどが浸水した中で、唯一浸水をまぬかれた場所です。上の写真地図では写っていませんが、さらに右(南)にいくと例の「高台の高校」、茨城県立水海道第一高等学校があります。鬼怒川は八間堀水門付近で突然狭い河道となって洪積台地を切り分けています。それだけでなく写真地図に写っているとおり、流れの障害となり乱流の原因となる、排水樋管、水門、橋梁、取水口、堰が集中している難所なのです。

  「観水公園」で、写真のとおり浸水が始まっています。撮影時刻はわかりませんが、後の写真の12時10分±10分の前後と思われます。あと20cmほど水位が上がれば道路に流れ出し、そうなれば八間堀川以南の水海道市街地は、三坂町と若宮戸からの氾濫水の到達の8時間ほど前に一挙に浸水していたはずです。現在一部まだ残っている土嚢はこの前後に水防団によって積まれたもののようです。

 


参考:治水地形分類図

 

 橙が洪積台地(diluvial plateau 標高17m程度)、黄が自然堤防(natural levee 13m程度)、薄緑が後背湿地(back swamp 11m程度、なお濃緑はとくに標高の低いところ)です。

http://maps.gsi.go.jp/#16/36.024000/139.993780 フローティング・メニューから「表示できる情報>地図・空中写真>治水地形分類図」と順に選択し、最後に「更新版」をクリックします。この画面では、浸水範囲の青線も表示しています。浸水しなかったのは洪積台地だけでした。)

 

 同じ「観水公園」の一番河道寄りから左岸下流方向(つきあたりの手すりから左=南)を見たところです。草地が見えるのが、講演者のいう「鬼怒川の水位は堤防高に対して1.4mの余裕があった」という11km地点の堤防ですこのあと詳しく見ますが、そこから少し手前=上流側で、その「余裕」のある堤防が突然途切れています。

 「観水公園」の土囊積みはこの写真の後におこなわれたのではなく、どうやらすでに積んである土囊が水没しているようです。

 


 

 

 「観水公園」を撮影した後か前かはわかりませんが、写真地図中に「土囊」と記入した地点で、水防団による土囊積みが行われている最中の場面です。こちらは別の住民の方の確かな証言により、12時10分±10分であることがわかっています。すでに左岸堤防終端(北端)の北側からその堤防の川裏側(堤内側、水海道市街地側)への河川水の流入が始まっています(堤防を越えていれば「越水〔えっすい〕」ですが、堤防のない場所から回り込むように水が入り込んでいるのですから、国土交通省用語でいうと「溢水〔いっすい〕」です。ただし、最後に見る通り、国土交通省はここから先(上流側)も堤防がある場所だと見做しているようです)。

 ちらりと豊水橋が見えています。水が引いた現在は、「観水公園」から高水敷に降りる階段の黄色い手すりが見えます。のちほどご説明しますが、見えている舗装路は水平なのではなく、堤防南端から、2m以上低くなっている地点まで続く下り坂です。カメラは2台とも水平に構えています。右下のコンクリートパネルの塀を基準に見るとよいでしょう。

 


 

 この写真の傍証ともなる映像を示します(https://www.youtube.com/watch?v=xwXX2IQZjJg)。2015年9月10日のANNのニュース映像で、ライブ放送されたものです。豊水橋の名称がわからず「鬼怒川にかかる橋」と呼び、テロップに「栃木県鹿沼市」と出るなど、現場もスタジオも混乱していますが、大事なところは押さえています。ライブ放送なので、肝心の時刻を言っていないのはやむをえないところですが、おおよその時刻を推定することはできます。水位表示板を映して、「2時間ほど前」に「1」のところまであったのが「今は40cmほど下がった」、「上流が決壊した影響かも知れません」と言っています。最高水位の8.06cmを一の位(8m)を飛ばして、小数点以下を目視し、おおむね「1」と読み取ったのです。水位変動の表で判断すると、おそらく「2時間ほど前」とは13時の少し前で、撮影時刻(=放送時刻)が15時の少し前と思われます。

 さきほどの写真で水防団(消防団)が積んでいる最中だった土嚢が写っています。そのうえで、「さきほどまで水が漏れ出していました。近隣の住宅まで水が流れ出ていました」と言っています。映像がない時の語りとしてはセオリーどおりの、たいへん貴重な台詞です。慌てていてもたいしたものです。

 1分55秒あたりで川面を流速測定用の浮きが流れていきます。毎秒2m少々というところでしょうか。中央部と堤防近くでは流れ方も異なりますが、川幅が急に狭くなっているうえ橋脚や堰ががあり、高水敷には樹木もあって(水害後伐採されました)流れが滞っているのかもしれません。

 


 もう1枚、同じ場所で撮影された写真です。水海道ロータリークラブのウェブサイトから引用させていただきます(http://www.mitukaido-rc.jp/josoflood/index.html)。

 上の2枚より水位が低く、土嚢もまだありません。午前10時台でしょうか。むこうの「観水公園」には何人かの人影がみえます。八間堀水門の赤いゲートが降りているのも見えます。これも大変貴重な写真です。

 

 

 上の写真で見えている橙の瓦の家の、北隣の家の庭です。(いずれも2016年2月8日)。

8.06mの最高水位を記録した10日13時に、今は一部どけてありますが、土囊のところまで水が来たそうです。右は東側の道路から撮影したものです。トタン塀の向こうに見えるのは対岸の住宅です。川幅が非常に狭いのです。

 


 

 

 左岸堤防の11km地点の天端上から、東側、堤内の水海道市街地を見下ろしたところです。9月10日の同じ頃の撮影だと思われます。最高水位の少し前ですが、川裏側法面下から庭先まで浸水しています。もう少しで道路に到達し、あとは右側(南側)への傾斜にそって一気に流れ込んだことでしょう。ぎりぎりのところだったのです。

 


 上の写真の奥に見える道路上から、堤防を見たところです。庭先に土嚢が残っています(2016年2月8日)。


 

 

 ふたたび堤防上にもどり、問題の左岸11km地点です。左は、上流側から下流方向を見たもので、1993(平成5)年の洪水後にかさ上げされたという、そこそこりっぱにみえる堤防です(さきほどのANNのニュースのなかでも「数年前」にできたばかりだと言っていました)。天端の舗装面は4mあります。ここが「鬼怒川の水位は堤防高に対して1.4mの余裕があった」という地点です。

 苦し紛れに言ったのでしょう。天端まで1.4mというのはまさに危険水位であって、普通は「余裕があった」とは言わないのですが(破堤原因は越水だけだと思い込んでいるからこういうことを言うのです。素人だってあと2mもないのをみれば心配でたまらなくなるのに、「余裕」と言ってのけるところがまさに無責任で、しょせんは他人事なのです。その時その場でこんなことを言ったら、まさにピエロです)、それは、聞き流すことにしましょう。

 ところが、この11km地点のすこし上流側で、右のように突然堤防が終わるのです。左は上流側から下流側=南をみたところ、右は下流側から上流側=北を見たところです(以下、すべて水害後、2016年2月8日の写真です)。

 


 

 堤防が突然終わりますが、まさか絶壁にはなっていません。このように坂道になっています。

 この土囊は、さきほど引用させていただいたブログの写真に写っている通り、9月10日の12時10分±10分に水防団によって急いで積み上げられたのです。土嚢積みは、最初は近隣住民がはじめ、後から写真のとおり水防団がおこなったものです。

 そしてここが、住民の方が撮影したとおり、そしてANNの記者が映像のかわりに語っていたとおり、川裏側法面(のりめん)方向への流出経路になっていた場所です。ここで天端との標高差はすでに2m以上あります。ブロック塀はもっと低い位置に立っています(長さ2mの測定ポールを立てて水平に撮影して、その頂上がちょうど天端の高さになっていることを示した、素人測量です)。

 


 

 下の左のように、その土囊からさらに上流側へと降りてきたところが、ごらんのように橙の瓦のお宅の入り口になっていて、10日12時00分に階段の一番上段の天端まで水が来ていて、最高水位だった13時00分にはそこを越えて庭に浸水し始めたとのことです。時刻を含めて克明かつ正確に記憶されていらっしゃった内容を、こうして教えていただきました。

 


 

 以上の各地点を、GoogleMapの大縮尺の衛星写真で俯瞰するとこのようになります(実写、2015年9月20日ころの撮影だと思われます)。

 右下が10.95km地点の「鬼怒川水海道水位観測所」の四角い建物と、良く見えませんがCCTVカメラとアンテナの支柱、その川表側法面の水位表示板です。その上流側、画面中央の天端の川表側の端にかろうじてポツンと写っているのが11km地点の距離標(水位観測所の位置は10.95kmと言っていますが、11km地点の距離標とは70m離れています)、さらに上流側の、ここにも川表側法面に水位表示板のある地点が堤防の終端です。そこから下り坂になり、浸水した痕跡が残っていて、川裏側にさきほどの土囊があります。

 さらにその上流側の橙の瓦の家のご主人がさきほど測定棒を持って浸水深を示してくださったのです。

 

 

 みてきたとおり、下流側の堤防の天端の高さより、住宅地の敷地は2メートル以上も低くなっていて、現に浸水がはじまっていたのを土嚢でかろうじて拡大を防いだのです。水位があとほんのすこしでも上昇していれば、今回浸水しなかった鬼怒川沿岸の洪積台地部分で氾濫が起き、現に起きた以上の大規模な浸水被害が生じたであろうことは確実です。上流の若宮戸の2か所での溢水と三坂町での破堤、そして八間堀排水機場樋管からの排水が中止されるという、この場所にとっての外的要因に他ならない事情で水位上昇が停止し、水海道市街地への「溢水」の進行が食い止められた可能性が高いのです。

 どうしてこんなところで堤防が突然終わっているのかという疑問が生じます。

 堤防の嵩上げをここでやめてしまったことに正当な理由などあるはずもありませんが、考えられる言い訳としては、ここが洪積台地を切り分けた地点になっていて堤防がいらない場所であるとか(よく用語を間違って使い、「山つき」などと言っている状態です)、あるいはこの上流側にある揚水機とその取水口にかかっていて、それらを改築しなければならないので(その手間を惜しんで)手前で堤防嵩上げをやめた、あげくには三坂町について言ったように、もうすぐやるはずだった、などでしょう。この水海道土地改良揚水機組合に対する許可条件等を公示している「水利使用標識」を見る限り、許可期限の「平成27年3月31日」を水害の時点でさえ徒過していることですし、これらの経緯については今後調査しなければなりません。

 

 


 

 

 以上みてきたものを対岸から捉えた写真です。右の方、4本の水位表示板(深さごとに分担)のある堤防終端から、土囊を経て橙瓦のお宅までの坂路が見えます。緩やかながら坂道になっていることがよくわかります。望遠レンズ(フルサイズ換算200mm相当)で水平に撮影していますから高さの違いが一目瞭然です。

 さらに左へ行くと、崖の中段に「水海道土地改良揚水機組合」の揚水機が見えます。わかりにくいのですが、画面左から2軒めの家の右下にあるのがコンクリート基礎の上の四角いポンプ室、その右が記念碑と揚水機のパイプです。コンクリート基礎に掲示されているのが右上写真の「水利(すいり)使用標識」です。

 

 

 

 国土交通省関東地方整備局下館河川事務所が管轄する、鬼怒川の3km地点(守谷〔もりや〕市板戸井〔いたとい〕地先、滝下〔たきした〕橋付近)から101km地点(詳細不明)(塩谷〔しおや〕郡塩谷町地先、上平〔うわだいら〕橋付近)までの約98.5kmの区間には、411箇所の危険箇所すなわち「重要水防箇所」があります(http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000633692.pdf)(別ページ参照)。そのリストの中の372番から374番が、ここでみた箇所です。

 372番の延長130m区間が、堤防高が不足する重要度階級Aに指定されています。ここにさきほどの坂路、土嚢を積んだ地点、庭先まで浸水した家屋、揚水機場などが全部含まれるわけです。ずいぶんざっくりと一括してしまっていますが、「堤防高」が足りる足りない以前に、実態をみると堤防がないというべき状態です。

 11kmの距離標の上流側35m付近から下流方向は、1993(平成5)年の洪水後にかさ上げされたという、そこそこりっぱにみえる堤防で、ANNのニュースのなかでも「数年前」にできたばかりだと言っていたのですが、なんとそこが355mにわたって、重要度階級はBですが、堤防高が足りない区間だというのです。

 嶋津氏がパワポで明記している11km地点の堤防高だという「19.407m」の根拠が何なのかは不明です。ここがあきらかにならないことにはオチがつかないので、このページの公開を保留にして数日探し回ったのですが、いまだにみつかりません。最高水位について計算違いをしているくらいなのでこちらの数値も怪しいものですが、「開示資料より作成」とありますから何かをお持ちなのかもしれません。決め手のつもりで出した数値なのですから誰にもわかるようにきちんと出処と全貌をあきらかにしていただきたかったところです。その程度の事実にたいする慎重姿勢と人々への気配りがあれば、何らの根拠となるデータもないまま時空感覚が混乱して2桁の違いや時間的前後関係も無視するような勘違いの上に立って、新聞やインターネット上に書き散らされた虚報と誤報の子引き孫引きでパワポをつくってしまい、この「19.407m」を以って「1.4mの余裕」などと胸を張ったその区間が、けっして万全な場所などではなくじつは「重要水防箇所」であったことに気づいたはずなのです。水害被害者たちの前で上演された場違いの “地獄八間亡者の戯言” にとんだオチがついてしまったようです。

 

 

 なお、国土交通省関東地方整備局は、当然ながら、内部評価を毎年さまざまの段階においておこなっています。たとえば2007(平成19)年度の「事業評価監視委員会」においては、鬼怒川堤防の整備状況についても取り上げていて、この場所を「堤防が低く、洪水のたびに危険な状況にさらされている」場所として例示していました。左上の写真は、豊水橋の欄干からカメラを突き出して、まさにこの場所を撮影したものです(http://www.ktr.mlit.go.jp/honkyoku/kikaku/jigyohyoka/pdf/h19/04siryo/siryo1-5.pdf 18ページ)。

 

 

 

(8)結論

 

 以上のとおり、排水ポンプ運転停止より前に、すでに排水樋管直下で溢水がおきていたのですから、「堤防高に対して1.4mの余裕があった」という事実 fact に関する言明 statement は虚偽 false です。したがって10日13時において八間堀川排水機場のポンプの運転を停止した措置について、「堤防高に対して1.4mの余裕があった」ことを理由にして非難する講演者嶋津暉之氏の主張は、前提となる事実に関する言明が虚偽 false のものなのですから、堤防高に対する1.4m程度での運転停止の是非を検討するまでもなく、失当 wrong であるといわざるをえません。

 

 また、運転開始については、8.06mの最高水位前にすでに「溢水」がおきていたことから、かりにその超過した水位を50cm程度と想定したうえで、さらに水位が約1.5m低下し、あわせて最高水位から約2m低下して6.09mとなった22時以降に実行されたものと考えることができます(それでも依然としてはん濫危険水位の5.30mを大きく上回っていたのです)。そうすると、嶋津氏自身の「堤防高に対して1.4mの余裕があった」ことをもって排水をおこなうことを是認する主張からみて、嶋津氏が10日22時の排水再開措置をおそすぎるとして非難することは自己矛盾をおかすものであり、成り立たないといわざるをえません。