「クラスター対策」の実際

June., 12, 2020

 

 

「クラスター」とは何か?

 

 

 官邸・厚労省・国立感染研は、当初より単に「集団」という意味の英単語「クラスター cluster 」を、〝感染者の集団という特定の意味で使っています。感染源となった人と、その人から感染した人たちとをあわせた集団、という程度の意味のようで、厚労省に「クラスター対策班」というものが置かれ(その一員が、自称「8割おじさん」の西浦博です)、「クラスター潰し」がもっぱら日本のCOVID-19対策の中心とされていたようです。一般的 General 用語で、特定の particular ものを指す、というのでは混乱は必至です。そういう意味で使っているのだから構わない、いちいちこだわることでもないということなのか、指摘する人もないまま定着してしまいました。官邸・厚労省・国立感染研の政策に批判的な人まで、あえて問題だと指摘することはしないようです。たしかに、議論するその都度こんなことに言及していては話が進みませんから、やむをえないことかもしれません。しかし、基本的な用語・概念を曖昧なままで使用していると、当然現実認識の誤りは避けられず、ひいてはあらゆる局面の誤謬に帰着することになります。
 前々ページで見た横浜市保健所のマニュアルをみるとよくわかりますが、「帰国者」が持ち込んだウィルスがその「帰国者」から直接別の人たちに感染したことが疑われる場合に、その人たちをを「濃厚接触者」と称し、行政機関がその者にPCR検査の受診資格を授与する、そうでなければ付与しない、という仕組みなのです。その「濃厚接触者」であって厳重な条件審査をくぐり抜けてPCR検査を受けた人の中から、複数の感染者が確認されると「(感染者の)クラスター」が成立したとみなされます。
 ただし、「(感染者の)クラスター」は、〝感染源〟を含めた感染者数5人以上の集団に限定されます。結果的に「濃厚接触者」からの感染者が4人未満だと、「(感染者の)クラスター」とはみなされません。5人未満のグループは、一応記録には留めるのでしょうが度外視するということになります。いったん「(感染者の)クラスター」ではないとして視界から外れると、そこからの感染の連鎖や拡大はもはや追跡対象ではなくなるのです。
 5人以上ということは、普通規模の家族は「(感染者の)クラスター」とはしないということです。特権集団やすでに重症となっている者を除き、感染者の入院隔離を怠って「自宅待機」とする方針だと当然家庭内感染が頻発することになります。そんなものまでいちいち算入していたのでは、「(感染者の)クラスター」数が激増するので、それを回避するのです。
 いろいろな事例で、いちいち言うことが違うのでよくわからないのですが、「濃厚接触」とは、一方がマスクをしていればこれにあたらないとか、1m以上離れていれば該当しないとか、1m以内に接近してもそれが15分以内だと除外するなど、妙に杓子定規です。できるだけ漏れがないように感染者を探し出して隔離・治療するというのではなく、とにかく狭く、むやみに「厳密」に篩い落とし、選抜した「濃厚接触者」にだけPCR検査を施して「感染者」認定をおこない、結果的に5人以上になれば「(感染者の)クラスター」として承認するのです。
 とりわけ注目しなければならないのが、4月21日に、国立感染症研究所は「濃厚接触者」とは「発症当日」以降に感染者と接触していた者としていたのを「発症の2日前」以降に変更したことです。そういわれてはじめて、「発症当日」以降でないと「濃厚接触」とはみなさなかったのだとわかったというのが正直なところです。今回の新型コロナウィルスの場合、発症前の段階でもウィルスを大量に排出しているというのに、こんな誤った定義で3か月もやってきたわけです。発症5日前くらいが妥当なところでしょうが、改善してやっと2日前です。これでは大量の見逃しが生ずることになり、「感染経路不明」の「市中感染」が蔓延するのも当然です。

 

 

「クラスター対策」とは何か?

 

 

 5人以上の「感染者」がみつかると、それを「(感染者の)クラスター」と認定し、そこで初めて対策に乗り出すことになります。具体的には「感染者」と「濃厚接触」して感染した人の行動をたどって、そのまた「濃厚接触者」をみつけてそのPCR検査を実施するというものです。「帰国者」と連なる「濃厚接触者」、その「濃厚接触者」から選択された「感染者」、その「感染者」」と連なる「濃厚接触者」、その「濃厚接触者」から選択された「感染者」、その……と、糸をたどっていくのです。
 当初「クラスター」の数は「15」であるとされていました。全国でこれだけとはずいぶん少ないという印象を受けたのですが、PCR検査を極度に抑制した結果にすぎません。ところが、5月半ばに「クラスター」の数は「250」だと、びっくりするような数が国会で言明されました。「潰す」どころか桁違いに増加するばかりなのですから、「クラスター対策」の失敗は明らかです。プリンセスダイヤモンド号や永寿総合病院、慶應大学病院など、巨大な「クラスター」の真相はほとんど知られていないのですが(発表も報道も表面的なものばかりで、詳細はまったく公表されていません)、事態は極めて深刻のようです。
 しかしここでは、それら「(感染者の)クラスター」の外部に注目することにします。とりわけ東京など都市部では感染経路を追えない感染者、つまりいつどこで誰から感染したのかわからない発症者が激増したのです。「(感染者の)クラスター」を確定し、その「濃厚接触」の経路を追っていれば蔓延を防げるという触れ込みでやってきたはずが、その「(感染者の)クラスター」の外側での、感染経路不明の「市中感染」の方が多数になってしまったのです。「(感染者の)クラスター」だけ追っていけばいずれ「潰す」ことができるという発想は、「(感染者の)クラスター」との関連がありそうもない事例については無視する、端的には「帰国者」であって発症した人と、その人との「濃厚接触」が明らかな人についてだけPCR検査を実施し、それらとの関連性のない(=関連性があるとみなさない)国民からの訴えは無視してPCR検査すらしないという方針と表裏一体なのです。このような支離滅裂で法律に違反する非人間的医療政策は完全に破綻したのです。
 「(感染者の)クラスター」を追跡しているつもりでいるのでしょうが、実際には「(感染者の)クラスター」の外延が曖昧かつ杜撰なのです。最初に指摘したとおり、一般的 General 用語で、特定の particular ものを指すことにした時点で、合理的にものを考えるどころの話ではなくなったのであり、支離滅裂な展開になるのは当然です。「(感染者の)クラスター」の外延が融通無碍ということは、「(感染者の)クラスター」の対照群についてまったく考えていないということです。比較の対象すらないのですから、つまるところこの「クラスター」概念は、何も意味していない、空疎なコトバにすぎないのです。「クラスター」というからもっともらしいだけの話で、狭い基準で確定した感染者の集団を漠然と指しているだけです。PCR検査で感染者だとわかった人だけ見て、それを「クラスター」と称しているだけで、その周辺の、PCR検査をしていない人たちは漫然と放置しているのです。一般的概念である「クラスター」を「(感染者の)クラスター」という特殊概念の意味で用いるという、日本のCOVID-19対策行政の誤謬はあきらかでしょう。

 

 

「クラスター」は疫学上の概念ではない

 

 

 厚生労働省は、「帰国者」の中から出てきた「感染者」と、それとの「濃厚接触者」に対してPCR検査を施し、感染の有無を確定する手法を「積極的疫学調査」と呼んでいます。「積極的」というからには「消極的疫学調査」というものもあって、しかしそんな不徹底な手法ではなく大規模かつ網羅的に感染元や感染先を探索し尽くすのかと思いきや、まったく違うのです。要するに、「帰国者」と連なる「濃厚接触者」、その「濃厚接触者」から選択された「感染者」、その「感染者」」と連なる「濃厚接触者」、その「濃厚接触者」から選択された「感染者」、その……と、糸をたどっていくというだけの話です。「積極的」と対語になる「消極的」な疫学調査などというものがあるわけでないのはもちろん、そもそも「積極的疫学調査」は医学の一環としての疫学上の概念なのではありません。「積極的疫学調査」はサイエンスとしての疫学 epidemiology とは無関係です。それでは「積極的疫学調査」とは何であるのでしょうか? 「積極的疫学調査」は、厚生労働行政上の概念です。すなわち、「積極的疫学調査」は医学 medical science 上の概念ではなく、行政 administration 上の概念だったのです。
 COVID-19に関する「積極的疫学調査」について国立感染症研究所が発している文書は次のとおりです。これは2020(令和2)年1月17日に発せられて以降、数次の改訂を経て、現在は2020年5月29日改訂版となっています。ここでは3月から4月にかけての「積極的疫学調査」の実状について検討するので、3月12日版を見ることにし、次に全4ページ(左上・左下・右上・右下の順)を示します(https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/ka/corona-virus/2019-ncov/2484-idsc/9357-2019-ncov-02.html)。(クリックすると拡大表示します。)



 「暫定版」となっていますが実施前の案文とかではなく、これこそがCOVID-19問題における、その時点での日本政府の確立した基本的方針なのです。

 「(感染者の)クラスター」の定義らしきものと、それに注目する理由を次のように述べています(ボールド体は引用者。以下同じ)。

 

患者クラスター(集団)」とは、連続的に集団発生を起こし(感染連鎖の継続)、大規模な集団発生(メガクラスター)につながりかねないと考えられる患者集団を指す。これまで国内では、全ての感染者が 2 次感染者を生み出しているわけではなく、全患者の約 10-20%が 2 次感染者の発 生に寄与しているとの知見より、この集団の迅速な検出、的確な対応が感染拡大防止の上で鍵となる

 

 厚労省・感染研が「(感染者の)クラスター」に拘る理由が端的に述べられています。「(感染者の)クラスター」を潰すことが感染拡大防止の「鍵」になるというのです。錠前 lock そのものやドアを壊すことなく、鍵 key を差し込んで回しさえすれば簡単にドアは開くわけで、「(感染者の)クラスター」発見こそがその「鍵」を見出すことだというのです。「鍵」さえ手に入れてそれを使えば「大規模な集団発生(メガクラスター)」の出現を予防できる、すなわち日本社会における感染拡大を阻止できるというわけですが、いくらなんでもこれは一面的ですし、過大評価でしょう。実際、失敗に終わるわけです。

 「5人」条件については、つまるところ家族度外視方針であることを、その理由とともにあけすけに述べています。

 

これらの積極的症例探索の対象者の範囲を過剰に拡大 し、事例全ての対応を行おうとすると、関係者の負担が大きくなり、実施自体が困難となることが 危惧される。国を挙げて感染拡大阻止に取り組む当面の状況としては、濃厚接触者の中で「患者 (確定例)」と接触期間が長い同居家族等については、一般的な健康観察や行動自粛の要請等に 留めて(後述)、リソースを潜在的な患者クラスター(集団)の一部として評価された患者や集団の 検出に向けることを検討する。

 

 家族については「(感染者の)クラスター」には算入しないし、当然PCR検査や追跡の対象とはしないのは、家族を考慮の対象とする必要性がないからだというのではないのです。「関係者の負担」を回避するためだというのです。語るに落ちる。医療体制の負担を減らすために(「医療崩壊防止」)PCR検査を抑制禁止するのとまったく同じ理屈です。しかもこの家族度外視方針はそうと明言せず、周りくどく「5人」という線引きを設定することによっているわけです。なかなか陰険です。

 いよいよ「積極的疫学調査」についての説明です。

 

(積極的疫学調査の対象)

○積極的疫学調査の対象となるのは、上に定義する「患者(確定例)」および「濃厚接触者」である。

感染源推定については、患者クラスター(集団)の検出と対応という観点から、リンクが明らかで ない感染者〔患者(確定例)など〕の周辺にはクラスターがあり、特に地域で複数の感染例が見つかった場合に、共通曝露源を後ろ向きに徹底して探していく作業の重要性、必要性があらためて強調される。これらは地域の、ひいては日本全体の感染拡大の収束に直結している。

 

 いささか趣旨がわかりにくい文です。「リンクが明らかで ない感染者〔患者(確定例)など〕の周辺にはクラスターがあり、特に地域で複数の感染例が見つかった場合に、共通曝露源を後ろ向きに徹底して探していく作業の重要性、必要性があらためて強調される。」とあるのは、先に「リンクが明らかでない感染者」が見つかった場合、そこから「後ろ向き」に辿っていけば、「感染源」である「(感染者の)クラスター」に到達できると読めます。「後ろ向き」とは、時間を過去に向けて遡るという意味です。そして到達した「(感染者の)クラスター」を潰すことが、「日本全体の感染拡大の収束に直結」する、と言うようです。しかしながら、そもそも感染研方針では「帰国者」でも「濃厚接触者」でもない者がPCR検査を受けること自体ほとんどあり得ず(別ページ参照)、「リンクが明らかでない感染者」が先に見つかる可能性はほとんどないのです。すなわち「リンクが明らかでない感染者」が出現することは、例外的なものなのです。

 なにより、厚生労働省・国立観戦研が現実に実行しているのは、いうところの「後ろ向き」ではなく、その逆の「前向き」、すなわちすでに確定している「感染者」ないし「(感染者の)クラスター」から各「濃厚接触者」へと、つまり時間を先へと辿って調査をおこなうというものであり、それも実際には「徹底して探していく」とはほど遠いものなのです。

 

 

茨城県における「クラスター対策」の実状 1 ダンス講師とその周辺

 

 

 茨城県の初期段階の「クラスター潰し」について、茨城県庁が県政記者クラブ会員の報道企業に提供した資料〔https://www.pref.ibaraki.jp/1saigai/2019-ncov/hassei.html〕、ならびに新聞記事によって具体的に見てゆきます。

 茨城県の5月5日までの感染判定者数は168人です(以後、6月10日まで感染判定なし)。最初の感染判明は、3月17日で、イタリア出張から帰国した直後の日立製作所水戸事業所勤務のひたちなか市の会社員、2人目(3月18日)はヨーロッパ旅行から帰国した直後のつくば市の大学生、3人目(3月19日)はタイ旅行から帰国した直後の阿見町の会社員と、ここまではいずれも「帰国者」としてPCR検査を受けたようです。

 4人目(3月23日)は永寿総合病院勤務で土浦市の派遣社員です。入院患者20名が死亡するなど、激烈な院内感染が起きた「メガクラスター」ですから、その関係でPCR検査の対象となったようです。

 5人目(同日)は、「帰国者」ないし県外での「濃厚接触者」ではない、「リンクが明らかでない感染者」の最初の例で、つくば市にある筑波記念病院に入院している高齢者です。病院から「帰国者・接触者相談センター」すなわち市内のつくば保健所に連絡してPCR検査を受けたもののようです。別ページで見た横浜市の「対応フロー」を再掲しましたが、つくば保健所はこれと同様のもので判別したに違いありません。それでいうと中段の④に該当するものとして処理されたのでしょう。

 この5人目の感染者の「濃厚接触者」として35人がPCR検査を受け、翌24日にそのうち3人が「感染者」と確認されることになります(https://www.pref.ibaraki.jp/1saigai/2019-ncov/noukoupcr.html)。すなわち、入院前に市内で同居し入院中に面会していた妻(6人目の感染者)、県外から面会に来ていた娘(医師、7人目)、入院中に「付き添い」をしていた「家政婦」(8人目)の3人です。妻は3月18日、娘は21日に発症していたもので、症状のなかった「家政婦」ともども24日にPCR検査を受けて、即日陽性が判明したものです。さらに、約2週間後の4月7日、5人目の感染者の「濃厚接触者」であるつくば市の「医療従事者」(おそらく同病院の職員でしょう)の感染が確認されています。当初はPCR検査で陰性だったのですが、その後、体調不良により再度PCR検査を実施したところ感染が判明したとのことで、茨城県の77人目です。

 


 

 「濃厚接触者」に対するPCR検査がかなり広範に実施され、しかも即日結果がでています。その点では「クラスター対策」として機敏な対処がなされたようにも見えなくもありません。しかし、3月11日の時点で発熱と肺炎の所見があって入院していながら、「帰国者・接触者相談センター」への「相談」は12日後の3月23日です。このいささか間延びした対応が数十人の「濃厚接触者」と4人の「感染者」を出す結果を招いています。後で見る取手市のJA取手病院同様、「町医者」とか小規模な診療所ではない相当規模をほこる基幹的な大病院が、3月の時点でこの程度の対応だったのはいかがなものかと思わざるをえません。とはいえ、その根底にはやはり厚労省・感染研によるPCR検査抑制方針があるのです。発熱と肺炎の症状があった3月11日の時点で、勿体ぶらずにPCR検査をしていれば、茨城県初の「(感染者の)クラスター」は出現することはなかったでしょう。

 それにしても、3月23日の感染判明をうけての翌24日のPCR検査は、「前向き」の探索活動であって、上の文書にいう「積極的疫学調査」については判然としません。この5人目の感染者についての「後ろ向き」の探索、すなわち感染源の確定はおこなわれたのでしょうか?

 5人目と関連があるのが、翌3月24日に判明した9人目の感染者です。同じくつくば市内の社交ダンス講師が、3月14日から症状が出ていて、23日に「帰国者・接触者相談センター」に「相談」し、PCR検査により感染が確認されたのですが、なんと上の5人目の感染者(夫)とその「濃厚接触者」であった感染者(妻、6人目)とが、このダンス講師からレッスンを受けていたというのです。ダンス講師は1月20日から2月1日まで、イタリアを旅行していたとのことで、レッスンの日時は公表されていないのですが、当然5人目の感染者の入院よりは前でしょう。ダンス講師は1月20日から2月1日までイタリアを旅行していたとのことで、ふつうならこのダンス講師が最初の感染者であり、そこから社交ダンスという「濃厚接触」により、妻と夫に感染したと考えるところです。ところが、茨城県庁の保健福祉部長は、記者クラブで次のように述べたというのです。

 

「イタリア滞在から症状が出現するまで1カ月以上あり、海外でウイルスに感染し、レッスンを通じて夫妻に感染させたと結論づけることに十分な証拠はない」

 

 確かに40日以上の潜伏期間は異例と言えるのですが、到底ありえないとも言えないでしょうし、たとえば海外から持ち帰った物品に付着していたウイルスにしばらく後になってから触れて感染した、あるいは持ち帰った物品から家族・知人等が感染したうえでそこから感染した、あるいはまたいったん感染したものの無症状ないしごく軽い症状であり、それが消退したのちふたたび症状を呈するようになった、などの可能性も考えつきます。県庁は、5人目の感染者(レッスンを受けた夫)のウイルスの由来について感染研に調査依頼したというのですが(おそらくウイルスの遺伝子型の解析でしょう)、その後発表はなかったようです。「後ろ向き」の調査、すなわち感染源をさぐるべく時間を遡る調査としての「積極的疫学調査」は、結局あいまいになってしまったようです。

 さらに、このダンス講師から3月7日と14日にダンスのレッスンを受けていた人が、3月18日以降、発熱などの症状を呈していたところ、3月26日になってダンス講師の「濃厚接触者」としてPCR検査を受け、感染が判明したのです。県庁の文書の文言は曖昧なのですが、つくば保健所から連絡したのではなく、この11人目の感染者の方からつくば保健所に連絡したということのようです。さきの5人目の感染者の「濃厚接触者」については、ただちに数十人を割り出してPCR検査を実施していたのですが、こちらでは社交ダンスの個人レッスンという「濃厚接触」があったのは確実なのに、3日経っても放置したままだったのです。はるかに容易に実施できる「前向き」の調査も不十分なのです。

 

 

茨城県における「クラスター対策」の実状 2 JAとりで総合医療センターの「医療崩壊」

 

 

 筑波記念病院では、数十人が「濃厚接触者」としてPCR検査を実施することとなったものの、広範な院内感染には至らなかったようです。おそらく、この5人目の感染者は個室にいたのでしょう。家族や付添人以外への「濃厚接触」は起きなかったのかも知れません。これとは対照的に、つくば市に近い取手市にある、「414の病床数をもつ茨城県県南部、千葉県北西部の約53万人を医療圏とする救急基幹病院」と称する「JAとりで総合医療センター」(以下、JA取手病院)では大規模な院内感染を引き起こし、夜間救急を含む外来診療が長期間停止するという、「医療崩壊」状況を呈することになります。

 ここで茨城県で12人目の感染者が判明しました。JA取手病院から「肺炎」のため入院していた患者について26日に竜ケ崎(りゅうがさき)保健所に連絡があり、3月27日に茨城県衛生研究所(水戸市)でPCR検査を実施した結果、即日陽性と判明したというものです。この患者は、3月19日に発熱があって近所の医院で「感冒薬」を処方されたものの、3月22日に38度台の発熱があったためJA取手病院を訪れ、「肺炎」の所見があったため直ちに入院したが症状が改善せず、酸素吸入が必要な「重症」となったため、26日に病院から保健所に「相談」したということです。

 「濃厚接触者」が多く出たたようで、入院患者や同病院の医師・看護師・受付職員など約60人について数次のPCR検査を実施したようです。まず27日のうちに同室者1人の感染が確認され、さらに翌28日に19人についてPCR検査を実施して、家族と病院での同室者の2名の感染が確認されたほか、30日に同じ病棟の入院患者3人、4月1日に同病院の看護師2人と入院患者1人、さらに4月5日には同病院で腎臓透析を受けた外来患者1人、同室だった入院患者1人、同病院の医療従事者1人の感染が確認されました。最後の2人は3月29日の時点のPCR検査では「陰性」だったものがあらたに「陽性」と判定されたものです。

 最初の患者は70歳代とのことですから、一応高齢者なのですが、病院は「37.5度以上4日間」という例の国が設定した条件に忠実にしたがったということになります。この結果、数十名の「濃厚接触者」と、すくなくとも12人の「感染者」を生じさせる結果になったのです。引用した新聞記事(東京新聞、2020年3月29日)によると、同病院の冨満弘之(とみみつ・ひろゆき)副院長は、次のように述べています。

 

今回のケースはインフルエンザと違い、すぐに結果が出る検査方法がないことに尽きる。

肺炎患者全員にウイルス検査することは人数が膨大になり現実的でない。

残念ながらこういうことは起こりうる。

 

 おそらく独自取材でしょう。何を言っているのかと驚くような発言です。3月26日以降実施した患者・「濃厚接触者」に対するPCR検査は、いずれも即日または翌日には結果が出ているのですから、「すぐに結果が出る検査方法がない」というのは、明白な虚言です。国の基準に忠実に4日も座視したことをいまさら正当化しようというのでしょうが、到底許されない発言です。数十万人に一斉にPCR検査をすべきだなどと言っているのではありません(もっとも、それ以上のことを中国や韓国は実行しているのですが……)。COVID-19蔓延の最中に「肺炎患者」についてPCR検査をする程度で「膨大」などというのは、これも戯言というほかありません。JA取手病院は、最初のひとり目についてのPCR検査を怠ったために、結局60人についてPCR検査をすることになったのですが、まったく反省していないようです。厚労省・感染研をはじめ、多くの病院管理者、少なからぬ医師会幹部らが、PCR検査をし過ぎると「医療崩壊」を招くから、むやみに検査すべきではないと散々言っているのですが(今でもそうです)、事実は逆で、PCR検査を抑制禁止したために、本物の医療崩壊現象をもたらしたのです。

 JA取手病院は、2月にはダイヤモンドプリンセス号から下船した重症患者14人を受け入れていて、COVID-19対応に不慣れだったわけでもないのですが、そのさなかの2月末の段階ですら、病院の玄関はフリーパスの状態でした。同じJA系列の県内の他の病院では、COVID-19患者の識別対応を実行していたのとは対照的です。JA取手病院の正面玄関を入ってすぐの内科の待合場所は、いつも鮨詰め状態なのですが、おそらくこの内科外来で何の対策も実施しないまま3月22日に患者を受け入れ、あっというまに地域の基幹病院の外来・救急全部停止という重大な「医療崩壊」を招いたわけです

 新聞記事によると、「県は病院の対応に『瑕疵はなかった』としている」とのことです。それもそのはずで、茨城県の保健福祉部長は、厚生労働省から「出向」(制度的には厚労省職員を退職して茨城県職員として採用)している医系技官の木庭愛(こば・あい)であり、厚労省の「37.5度以上4日間」のガイドラインに忠実に従い、漫然とPCR検査を回避した病院幹部の対応を是認しているだけの話なのです。身内に庇ってもらった冨満弘之副院長は、よりにもよって外来・救急が完全停止している最中の2020年4月1日に院長に就任し、「挨拶」の中で次のように述べています。

 

 1976年に旧取手協同病院と旧龍ヶ崎協同病院を合併して現在の地に移転したのを始まりと考えると、当院はこの地で50年近く診療を行ってまいりました。この間に増改築を繰り返し、414の病床数をもつ茨城県県南部、千葉県北西部の約53万人を医療圏とする救急基幹病院になりました。

 

 PCR検査抑制方針に追随したことで、この50年の実績をあっという間に棄損してしまったわけです。

 本題の「積極的疫学調査」における「後ろ向き」探索ですが、この例については、結論は得られなかったようです。「膨大な」感染拡大を追跡する「前向き」調査に忙殺されたようで、「後ろ向き」探索どころではなかったのかもしれません。厚労省「クラスター対策班」も傍観するのみだったようです。

 

 

茨城県における「クラスター対策」の実状 3 発症前日の「濃厚接触」の無視

 

 

 3月23日に「東京オリンピック」の1年延期が決まるやいなや、それまで無視軽視していたCOVID-19問題に突然興ずることになる小池百合子が「ロックダウン」などと物騒なことを言い出し、3月末にはまもなく「緊急事態宣言」が出るだろうと言われ、そして4月7日に実際に「緊急事態宣言」が出された直後、4月9日に判明した事例です。 東京などと比べればはるかに緩慢とはいえ、茨城県では3月17日のひとり目の判明からわずか2週間ほどで数十人の感染が判明するのですが、当初は「帰国者」例が、ついで上の2つの病院のほか、老人養護施設での集団感染が目立ちました。そんななかで、それらとはいささかタイプのことなる感染例です。茨城県の80人目の感染判明者です。

 東京の大学に通う「10歳代」の「大学生」が、「ロックダウン」?の東京からほど近い茨城県南の実家に帰省した際、4月1日に発熱しほぼ一週間後にPCR検査を受け、感染判明したというのですが、「帰国者」ではなく、どうして検査を受けることができたのかは不明です。東京の大学等での「クラスター」関連の「濃厚接触者」だったのかも知れません。

 発症したの4月1日の前日にこの「大学生」は1年前に卒業した、茨城県南部にある高等学校を訪問していたのです。学校は、2月24日の安倍晋三による突然の全国一斉休校要求により1か月近く休校したあと再開されたばかりです。春休み中ということで当然授業は行われていないのですが、「部活動」は何事もなかったかのように全面的に再開されています。種目によっては学校間の練習試合も実施されたようです。

 「大学生」は、在校していたころに所属していた「部活動」顧問やもとのクラス担任ら数名と面談したとのことです。突然の休校明けに、今度は何事もなかったかのように「部活動」が再開されるというのもなんともチグハグな措置ですし、私的に訪れた外部の者を、なんの警戒もせず校内の教職員の執務場所に招き入れたわけです。

 「大学生」のPCR検査結果が学校に知らされたのは4月9日です。学校では、3月31日に直接面会していた同校の教員3人をただちに帰宅させ、以後2週間は自宅待機させたようです。さらに、教職員のうち「基礎疾患」を有する者については、以後数週間は在宅勤務とする措置をとり、面会者のうち4月1日付で他校に転勤した者については、当該校に電話連絡して同様の措置を取らせたようです。

 茨城県庁・茨城県教育委員会・学校がとった措置はそれだけです。面会した教職員らについてのPCR検査等の措置はとられなかったのですが、それというのも面会の様態からの判断、たとえば身体的距離や面会時間から判断したというのではなく、当時の「濃厚接触」の条件が「発症日以降」だったことがその理由なのです。これが「発症2日前」に改定されるのは、冒頭で触れた通り4月21日以降です。職場の教職員からは、直接面会者はもちろん「接触」した可能性のある者についてPCR検査や校舎内の消毒を実施するよう要望があったものの、管理職員は「私にはそんな権限はない」などとおよそ責任感の欠如した言動しかしないだけでなく、そもそも事実関係の十分な調査もしない、さらには勿体ぶった「秘密」扱いすらする始末だったようです。

 それらの措置・不措置が誰の指示によるのかも曖昧で、茨城県庁の担当部署(上の文書にある「保健福祉部疾病対策課」)の電話は当然「話し中」で通じず、茨城県教育庁(茨城県教育委員会の事務局)では担当部署すら曖昧で、県立学校の管理一般を管掌する「高校教育課」は感染判明の事実をまったく把握していないのに、電話照会に対して「現在確認中」だとその場しのぎの虚言を弄し、学校保健担当の「保健体育課」は、「消毒については以前から実施するよう指示している」などいつもながらの危機感の欠如した応対に終始したのです。

 「部活動」で登校していて「接触」した可能性のある生徒や教職員、さらにその家族についての追跡(「前向き」探索)は一切おこなわれなかったようです。数日後にこれまでに経験したことのない上気道の違和感を感じた人もいたのですが、「37.5度以上4日間」の発熱ではなかったために、「相談」すら受けられないまま自主的「自宅待機」?を余儀なくされたのです。(いずれ近い将来に抗体検査を受けることになれば、真相は明らかになるでしょう。)

 この事例でも、感染源をさぐる「後ろ向き」探索については、一切公表はありません。5人目の感染者のころには一応探ってはみたようですが、この80人目の感染者になると、もはやそれどころでないということなのでしょうか、茨城県庁の県政記者クラブ向け発表文書に書いてある、決まり文句の「積極的疫学調査」は完全な不作為に終わったようです。

 新聞記事やローカル放送も発表文書をなぞるだけですから、茨城県庁も漫然とした対応を続けることになります。あきれたことに、末尾にある「提供資料の範囲内での報道に各段のご配慮をおねがいいたします」という誤字は、5月8日の168人目まで一貫して維持されます。発表前のチェックも不十分な、通り一遍の文書は誰も真剣には読まないし、気付いたとしてもなにせ電話はたいてい「話し中」なので連絡のしようもないのでしょう……。

 

 それにしても、「提供資料の範囲内」でだけ報道しろとは茨城県庁も随分と空恐ろしいことを平気で書いたものですし、記者クラブ会員企業群はそれらをまったく問題にもしないのです。現時は大東亜戦争の時代と各段の違いはないことがよくわかります。