八間堀川問題

 

7 風説の生成

学童橋から八間堀川上流方向の八間橋、建設中の圏央道を見る。

右岸(画面左)は三坂新田町、左岸(画面右)は上蛇(じょうじゃ)町

 

 9, Feb., 2016

 

(1)「水海道市街地水害八間堀川氾濫唯一原因論」に対する当 naturalright.org の基本姿勢

 

 「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の基本型は、大生(おおの)小学校近くの八間堀川(はちけんぼりがわ)の破堤箇所から流出した八間堀川の水が、十花(じゅっか)町などの南東部水田地帯と、水海道(みつかいどう)市街地さらに南隣のつくばみらい市北部までを水没させた、という思い込みのようです。

 「のようです」というのは、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」にはひとまとまりの命題 statement として目にできるものはないために明確に示すのが難しいのです。「説 theory 」なり「論 argument 」なりをきちんと述べたものはどこにもありません。そもそも被害を受けたと主張する地域の範囲 range も曖昧なら、原因 cause もはっきりしない、けっきょく何を言っているのか要領をえないのです。破堤地点以南の水害の原因をすべて八間堀川に帰するようですが、それでは八間堀川からの氾濫の影響の及んだ地域の北限は奈辺にあるかというと、そんなことは考えたこともないようで何の言及もありません。まさか若宮戸町や三坂町の浸水被害まで八間堀川の氾濫に原因があるとは主張しないでしょうけれども、そうかといってどこで区分するのかについての言明もありません。要するに破堤した平町(へいまち)や水海道(みつかいどう)市街地のことだけしか考えていないということなのでしょうが、破堤地点の対岸である水海道市街地北部は視野の外のようです。

 流量5000㎥の巨大河川である鬼怒川と流量70㎥(いずれも1秒あたりの計画流量の小河川である八間堀川を同列に並べて論ずるという空間認識の錯誤は、当然時間認識の破綻と一体です。5000万㎥程度とされる鬼怒川からの氾濫水のうち、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」がどれだけを八間堀川関連のものと認定しているのか不明ですが(そもそも総氾濫量についてもまったく考慮していないように思われます)、前ページの末尾でかんたんに触れたとおり仮に1000万㎥として、毎秒70㎥の八間堀川の水が全部流出したとしても1週間以上かかるはずなのに、9月10日の深夜にはすでに水海道市街地のほぼ全域が水没していたこととの矛盾には気づかないようです。

 いろいろ反論されたり不都合な事実を目にしたとしても、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の唱導者たちは、「そんなことは言っていない」というに相違ありません(GoogleAlertで自動的に通知される新聞記事などのネット情報のチェックと、せわしないツイッターのチェックとリツイートで神経と時間を浪費し、事実を調べる、何かを読む、議論する、という当然のことに投入する時間も注意力も残っていないようですし、そもそも批判や疑問とまともに向き合うことはありませんから、そういう場面にたちいたることはおそらくないでしょうけれども)。

 最低限の事実調査もせず、というより意味のある事実調査を全く欠いたまま、客観性のない「取材」と出処不明の噂話 rumor のうえに構成されたものにすぎないとはいえ、得意になって広言するその結論部分は決然としたもので、すこしの逡巡も遠慮もありません。とにかく常総(じょうそう)市役所が悪い、茨城県が悪い、国土交通省が悪い、の一点張りです。常総市役所は、上三坂(かみみさか)の決壊を予想しなかったといって叩かれ、「避難指示の遅れ」で叩かれ、どうして水没するようなところに市役所があるのだと言って叩かれ、職員に時間外勤務手当(日額特勤手当)を支払ったといって叩かれ、「産業廃棄物」としての瓦礫を受け入れないと言って叩かれ、要望によって受け入れることにすると今度は不公平だと言って叩かれ、サンドバッグ sandbag 〔土嚢〕状態ですが、八間堀川をめぐっては「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」提唱者らによって9月10日午後早いうちの樋管(ひかん)閉鎖の遅れと深夜になってからの氾濫水到達との区別もしない轟々たる非難にさらされています。八間堀川の管理者である茨城県土木部河川課は、いまだに誰にもわからないことである3か所の決壊時刻も知らないといって非難され、常総市南東部の水田地帯と水海道市街地全域の水害の責任を負わされ糾弾されています。あげくには「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の追随者にして後発勧進元である「水問題専門家」が登場して、国土交通省が悪い、と言いだしました。水門を閉めたのが悪い、排水ポンプを止めたのが悪い、閉めたり止めたりしたのがやむを得ないとしても排水を再開するのが遅すぎた「のではないか」と逃げ腰の「疑問」を突きつけているのですが、その前提たるや、整備を怠ったのはけしからんと言っている鬼怒川の堤防が八間堀水門付近だけは?なんの心配もなく排水を続行しても大丈夫だった、というのですからほとんど破れかぶれです。

 

 「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」それ自体は、水害被害者ではないうえ現地の状況にも疎い外部のひとたちが、(いささかあけすけに言わせていただきますが)商業目的か組織的事情ないし私的想念にもとづいて新聞紙や雑誌、インターネット上のブログやツイッターに書き散らしている数ある陰口 gossip のひとつにすぎません。合理的かつ冷静にものごとを分析しようとする素振りも見せず、ふとしたきっかけで目にし思いついた些事に過度に拘泥し、ろくに調べもしないうちに妙に断定的なことを書いて虚報・誤報を連発してもまったく平気なうえ、勢い余って唐突に激発して当たり散らし、「行政機関」を口を極めて罵るのです。騎士物語を読みすぎて頭が幻想でいっぱいになり、痩せ馬ロシナンテにまたがって、村の娘ドルシネアが城塞に幽閉されているにちがいないと思い込んでその救出に出立したドン・キホーテ・デ・ラマンチャのようなものですが、残念なことにドン・キホーテのような底抜けの純粋性も何ものをも畏れぬ勇気も持ち合わせていないようで、反撃される心配のない相手に隠微な攻撃を加えているのです。

 水害発生直後、「ソーラーパネル」糾弾フリークたちは、若宮戸と三坂町の空撮映像の区別もできずに、「反原発」運動や太陽光発電それじたいが氾濫の原因だとして2、3日間だけ大騒ぎをして、すぐに飽きて他へ移動して行きました。同様に「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」もまた一時的なものにとどまると思っていたのですが、いつまでも燻っているだけでなく、本項目の冒頭でも例示したように水害被害者である一般市民たちを瞞着して水害の実態の認識を妨げるばかりでなく、とうとう一部の「被害者支援」運動の公認理論に採用されたようで、今後しばらく命脈を保ちそうな状況になっています(http://bylines.news.yahoo.co.jp/masanoatsuko/20160131-00054003/)。

 「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」は、(まもなく半年になろうという)現在わかっている限りの水害の全体像どころか、2015年9月中旬時点で公然周知だった事実からみてもまったく根も葉もない幻影であって、およそまともにとりあう意味のないものです。当 naturalright.org は、もとより「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の提唱者たちに向けたものではありません。「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」自体がなんらかの事実に基づくものではなく、このような事実関係のくどくどしい探索行為は「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の提唱者たちがもっとも嫌うところのものであり、ありそうもないことですが万一眼にしたところで、かれらの根拠のない正義感?や商業上組織上の都合とはいささかも感応するところがないからです。当 naturalright.org としては「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」について検討するのを機会 chance として、主として画像解析と現地調査というもっとも初歩的かつ基本的手法によって氾濫水移動の全体像を探ろうとしているだけです(画像解析と大仰にいうほどのものではありませんし、現地調査などといっても職務としておこなっている方々〔報道関係者のことではありません〕の足元にも及びませんが)。

 

 「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の検討は、それが出現した経緯と原因をあきらかにしたうえで項目をいったん閉じることにいたします。「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」は客観的事実にもとづくこともなく合理的な推論 reason をまったく無視してひねり出された幻影にすぎませんが、その出現には当然ながら理由・根拠 reason があるわけです。「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の提唱者本人らも気づいていない幻想 illusion の構造 structure をあきらかにしたいと思います。

 

 

(2)「水海道市街地水害八間堀川氾濫唯一原因説」の初発形態

 

 はじめて「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」が登場したのがいつであり、誰によるものだったのかはわかりませんが、現在グーグルの「ニュース」欄で検索する限りでのその初発は、茨城県の地方紙である「茨城新聞」のようです。「茨城新聞」が先鞭をつけた「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」に追随したのが、やはり茨城県内では少部数で、支局・通信局体制も大きく見劣りする「毎日」と「東京」です。「読売」と「朝日」は(さらにテレビ放送の日本放送協会も)、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」には手をつけていないようです。

 小さいからダメだと言っているわけではありません。小さいと言っても報道企業としては十分な組織陣容をもっているはずです。しかし、残念ながら河川政策について熟知している社員はいないようですし、とりわけ鬼怒川水害問題を集中的に担当できる専任者を置く余裕があるとも思えず、裏をとるどころか基礎的知識や基本的データもないままいきあたりばったりに取材して躊躇なく記事にしてしまうのです。「行政機関」を批判しているつもりが、普段から記者クラブという大変居心地のよい巣(広報担当職員が電話の取り次ぎや掃除、出前の食器の後片付けまでしてくれるし、禁煙の庁舎内でタバコまで吸える〔ところもある〕のです)にいて、大きな口を上に向けているだけで親鳥(行政機関)がせっせと餌を運んでくれる境遇を当たり前だと思っているため、いざ独自取材に着手すると、時間はないしつい特権意識を発揮してしまって、素人以下の記事しか書けないのです。当初は、同情して話を合わせてくれる親切な住民の方から都合よく証言をとって辻褄をあわせていたようですが、すぐに行き詰まって最近は常総市議会の検証委員会を傍聴したり、被害者団体の会合に首を突っ込んだりしてそれを断片的に記事にするという、安易で危険な取材姿勢に戻ってしまっています。とりわけ、無理筋かも知れないものを会社として止める体制がどこにもないようで、これもまたいささか危惧するところです。水害発生直後に従業員記者を送り込んで、常総市役所で孤立させたりあやうく死亡事故さえ起こしそうになったのが、茨城新聞と毎日新聞だったことからも、会社としての体制が少々心配になります(茨城放送も同じ失敗をしたのですが、会社として キチンと反省しています。下図参照 http://www.soumu.go.jp/main_content/000387570.pdf

 

 

 勝手に押しかけて世話になった報道企業各社が自分のことは棚にあげて、もはやボロボロで砂も残っていないサンドバッグ?状態の常総市役所いじめに加担し、ハザードマップでわかっていたのに避難者を受け入れたのがけしかんとか、そもそもこんなところに建てたのが間違っているとか言っていたのは聞き苦しい限りです。もちろん危険な場所に記者を送り込んではいけないというわけではありませんが、お荷物にしかならない経験の浅い記者に命令するのではなく、ヴェテランの幹部職員が自ら行くべきだったのです。「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」で一貫して論陣を張っている東京新聞は、八間堀川の水位データを踏まえて報道しているのかとの問いに支局長が答えられず、聞いてもいないのに人員が少ないことを言い訳にしているようですが、論外です。

 ちなみに、関東地方では、「上毛(じょうもう)新聞」の群馬県と「下野(しもつけ)新聞」の栃木県を除いて、いずれの都県でも読売・朝日だいぶ離れて毎日、日経の4紙が大部分を占めていて、地方紙は発行部数も少なく経営問題も抱えていて取材態勢は弱体です。関東地方の事情しか知らないとそれが当たり前だと思ってしまいますが、全国傾向はまったく違うようですhttp://adv.yomiuri.co.jp/yomiuri/download/PDF/circulation/national02.pdf#search='新聞発行部数+新聞社別+都道府県別'。「茨城新聞」は沖縄での読売ほどではありませんが、おそらく一般家庭での購読は少なく、大部分は官公庁や企業などの「公用」と法人需要の割合が高いものとおもわれます(他県に旅行した折に、旅館やホテルで早朝にドアから地方紙が差し入れられるのを経験しますが、関東地方ではまずそんなことはありえないでしょう)。

 

 その「茨城新聞」の2015年9月17日の記事です。水害発生から1週間もたたないうちの「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の登場です。

 何を伝えたいのか一向に要領をえない記事です。本項目4ページで少し触れたとおり、平町(へいまち)は常総市南部のとりわけ低平な後背湿地であって浸水していた時間が長かった地区のひとつですが、「市内唯一で最後」というのは不正確です。

 「鬼怒川の堤防が決壊して、甚大な被害を受けた同市三坂町から南東に約7・5キロ」であり「八間堀川は、平町から北に1キロと約300メートルの2カ所で堤防が決壊して大量の水が押し寄せた。」というのは、若宮戸を忘れているうえ、三坂町での鬼怒川堤防の決壊は平町の浸水とは関係がないとでもいうかのようです。「北に約1キロ」の川崎排水機場そばと、「約300メートル」の大生(おおの)小学校近くでの八間堀川の決壊だけによって平町が浸水した、という認識が前提にあるようです。この時点でも国土地理院の浸水範囲地図や各種の衛星写真航空写真は公表されていたのですから、新聞記者がこの程度の認識だったのは大問題です。大本営発表すら見ていないのです。

 「三坂町ばかりが報道されている」という住民のことばは、「電柱おじさん」と「ヘーベルハウス」に熱中した報道企業への批判とも受け取れるのですが、記者は歪曲して聞き取ったようで、自分が若宮戸を忘れているのも棚に上げて、鬼怒川の決壊とは別物である八間堀川の問題を今こうして発掘したのだといわんばかりの気負った口吻になっています。


 地図があるのはよいのですが、八間堀川の決壊地点や平町、なにしろ肝心の八間堀川が描かれていなくて、まるで「記事の内容とは関係ありません」?になっています。校閲部の慎重姿勢とまったく噛み合わない記者の独断を浮き彫りにしているのです。社内にもおかしいと思っている人はいるはずですが、そういう声は無視されるのでしょう。

 



 常総市出身の吉川彰浩が、水害からちょうど1か月後にインターネットのヤフーのウェブサイト内の「Yahoo News」に書いた記事です(http://bylines.news.yahoo.co.jp/yoshikawaakihiro/20151010-00050292/  青横線は省略箇所)。

 常総市南東部の水田地帯の浸水はすべて大生小学校西の決壊によるものだ、とありえない主張をしたうえ、さらに水海道市街地の浸水の原因として、同地区で八間堀川が越水したという虚偽事実をあげています。こうした主張は、このあと「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の基本パターンとなるものです。

 引用部分冒頭の、「八間堀川から鬼怒川への合流地点の水門を閉じたけれども、「今回は『想定していた以上の鬼怒川からの逆流』が起きたのが事実です。」というのは、何を言っているのかわかりません。水門を閉じたのに逆流したというのは、意味不明です。

 第2段落半ば以降の、「八間掘川への逆流が、鬼怒川が越水するほどの流量をまかなえないリスクを考慮せず、急場しのぎの対策ではなかったのか、八間掘川土手の高さは、石下地区からの流入被害を防げた可能性も考えられるとされ、新八間掘川周辺と八間掘川と小貝川の挟まれる地域で甚大被害に遭われた方々は、浸水に至った経緯が明らかにされない事に疑問の声を挙げています。」にいたっては、意味のとおる文ではなく、ほとんど錯乱状態です。

 この「Yahoo News」というのは、スペースを与えられた何人かの執筆者が誰のチェックも受けずに、全部自分の判断と責任で公表して報酬を受け取っているもののようです(まさか無償でやっているとは思えません)。誤字や語句の誤りどころか読むに堪えないニホン語で趣旨不明のことが書かれているのです。「編集」「校閲」という手続きはまったく介在しないようです。個人のブログと同じレベルです。

 それでいて、最後に「問われる行政責任」を華々しくうたっていて、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の発想の定型パターンと用語法がすでに確立していたことがわかります。



 2015年10月17日の毎日新聞の茨城県版の記事の引用です。茨城新聞から1か月近くたっているのですが、ほとんど同趣旨です。

 ただし、貴重な証言が載っています。

 「夕方になると、その八間堀川より西側に水がきているのが2階のベランダから見えた。」というのです。

 本項目4ページで八間堀川右岸から河道への氾濫水の流入について見ましたが、やはり、西岸は東岸よりはるかに早く氾濫水が到達していたようです。また、「夜になって外で滝のような音がするのに気づいて見ると、濁った急流が東へ流れていた。」というのですから、河道への流入やさらには左岸堤内への流入も起きたということです。

 ただし、それが八間堀川の破堤と同時なのかそれともその前なのか、はたまたその後なのかはわかりません。

 引用したのは記事の前半ですが、その末尾の大生小学校の隣の本橋さん宅とは、小学校北側のりっぱな生垣のある家です。

  なお「濁流の影響で東に傾いた」としていることが気になって本橋さん宅を拝見させていただきました。公的な建築物ではないので、いまここで具体的根拠を述べるのは一切控えますが、「東に」傾いたのは破堤地点からの河川水の直撃によるものとはいえないように思われます。記者は、八間堀川の決壊による損害という思い込みで都合よく話をまとめてしまっています。



 右は、本項目4ページの図を再録したものですが、大生小学校と大生公民館の間にある生垣で囲まれた大きな農家住宅が記事中の本橋さん宅です。

 痕跡からみて2か所の破堤箇所からの直撃は、上流側破堤点からは大生(おおの)小学校体育館付近、下流側からは小学校のプールに向かったようで、本橋さん宅や大生公民館などは、もちろん水は及んだでしょうが、建物を傾かせるような影響は受けていないように思われます(詳細は本項目4ページ参照)。

 一帯の3mほどの浸水は、北方向から八間堀川左岸を流下した氾濫水によるものと考えられます。






 同じく「Yahoo News」の記事です。

 「今回は、『詳しく報じられていないのは若宮戸だけではない、八間堀川でも被害があったことについて取材をして欲しい』との読者からの声に応えて出向 」いて記事を書いたのが、この「Yahoo News」 のほか、週刊金曜日などの常連執筆者で、いくつかの著書もある政野淳子まさのあつこ)ですこれまでも三坂町と若宮戸を取材してきたようですが、「こちらにも目を向けてほしい」という住民からの要望によって、平町の八間堀川の破堤地点を訪れたようです。取材は2015年10月29日、記事は11月3日です。http://bylines.news.yahoo.co.jp/masanoatsuko/20151103-00051095/ 青横線は省略箇所

 末尾で「一つひとつハッキリさせて組織内外で共有しておくことは、今回の被災地域にも他地域にも有益なはずだ」として盛りだくさんの課題の羅列で終わっていて、いささか趣旨のはっきりしない記事になっています。上の2紙の記者のように、行く前から抱いていた思い込みだけでベタの結論だけ書かなかったのはよいのですが……。

 「鬼怒川上流からは溢水・決壊による浸水被害が迫り、鬼怒川下流からは、八間堀川との合流地点で水門が閉まり、排水ポンプが止まり、八間堀川の水が排水できずに、浸水が上流に向かっていた事態を、なんとか切り抜けたと国土交通省の責任の範囲で考えたであろうタイミングだ。」と書いています。「上流から」「浸水被害が迫」るというのはヘンな日本語ですし、八間堀川の水が排水できずに、浸水が上流に向かっていた」というのは、さきほどの吉川彰浩と同様の、意味内容のよくわからない記述です。

 指摘されている事実関係がほとんど意味不明であること、それでいて八間堀川問題で国土交通省による水門閉鎖と排水停止を問題にするという、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の特徴を備えています。

 現場を見ないでもっともらしいことを述べる偉い学者先生たちと違って、わざわざ来県してレンタサイクルで走り回って取材したのは立派です。しかし、せっかく大生小学校と本橋さん宅まで行ったのにそこで終わりにしたようです。あと70mほど足を延ばしていれば大生公民館のフェンスが八間堀川堤防側に倒れていることに気づいたはずなのですが、当初の思い込みを払拭してくれる重要な事実を見逃してしまっています。

 大組織の一員であれ、この記事の執筆者のように独立自営であれ、「報道関係者」の悪癖のひとつとして、(比喩的な意味でなく)まず自分の目で見てまわることにもうすこし注力すべきところを、いきなり行政機関の役職者や学者先生、窮状にあってそれどころではない住民にインタビューしてしまうということがあります。ひとにものを尋ねるのは目の前にある事実を自分なりに検討したあと、入門書程度は読んでからにすべきなのに、これでは答える甲斐がありません。

 ついでにいうと、企業などでも同様でしょうが官公庁の場合、企画政策分野で直接実務を担当するのは幹部のお偉いさんたちではなく、係長以下の中堅若手なのであり、また現場を熟知しているのは自分の脚で日々持ち場を歩いている出先機関の職員なのです。政野は、茨城県が9月12日にやっと決壊を確認したことを問題視しているようですが、もし最前線にいる職員から話を聞いていれば、近くまで車で行けたかどうかが問題なのではなく、その前日までは堤防自体が冠水していてとても堤防上を通行できる状態でなかったことを教えてもらえたはずなのです。そうすれば、9月10日から11日にかけて八間堀川それ自体が氾濫水によって水没してしまっていて、およそ独立した一個の河川ではなくなっていた状況を認識できたはずでした。

 幹部職員を取材して何かを聞き出そうとするのは最初から無理な話なのです。組織の体面、正確に言えば組織における自己の立場を優先して職務上の義務を等閑に付しがちであるということもあるのかも知れませんが、今はそんなことを言っているのではありません。そもそも幹部職員は具体的職務遂行過程や現場の個別具体的事実を知るはずもないのですから、所長や「次長課長」を応接室や電話口で尋問したところで決定的事実に到達することは絶対的に不可能です。トボケたり嘘を言ったりするというのではなく、幹部職員はそもそも事実それ自体を把握していないのです。

 職務内容そのものや現場それ自体を熟知している直接担当者からへんに構えずに話を訊いていれば、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」などは、およそありえぬ幻想であることにただちに気づいたはずで、迂闊に風説のお先棒を担いでしまうことも避けられたはずなのです。


 

 

(3)「水海道市街地水害八間堀川氾濫唯一原因説」の後発便乗形態

 

 まがりなりにも「報道」を生業とする者が、合理性や客観性を完全に欠如した幻想の産物である「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」にはまり込んでいくのは、ひとつには事実探索の手法に根本的な錯誤があったからでしょう。

 「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」のもうひとつの導火線は、先にみた吉川彰浩の例でも目立っていたことですが、希薄な事実追求志向と裏腹ともいうべき過剰な「行政批判」志向にあります。

 

 そうはいうが、当 naturalright.org だって国土交通省をさんざん非難しているではないか、という誹りを受けるかもしれません。当 naturalright.org は、あきらかな作為的な虚偽を申し立てたりすることや情報隠しをおこなうことについては、とりわけそれらの場面における広報担当者の不誠実な対応を批判してまいりましたが、事実の裏付けのないことで一方的な行政機関非難をしているのではありません。他のページでご覧いただいているとおり、国土交通省が、三坂町堤防の決壊原因を当初は越水によるものだと主張しようとしたものの、ただちに撤回して越水浸透共働原因論に転換したことについては正当であるとして受容いたしたところですし、むしろ報道企業を含む「批判者」たちが、勝手にいつまでも「越水単一原因論」の単純思考にまどろんでいることを批判しております。当 naturalright.org は、破堤地点について(自分は)あらかじめそこが危険であるとわかっていたのに、放置した国土交通省はけしからんと息巻く後出しじゃんけん的非難には与せず、破堤原因の解明につとめているところです。若宮戸砂丘の掘削問題については、管理者である国土交通省の河川法運用上のあきらかな錯誤を批判していますが、若宮戸山砂丘を自然堤防と呼ぶ事実誤認について、いつまでたっても間違いをただそうとせず国土交通省のつけ込みを誘発している批判者の側の重大な初歩的錯誤を指摘しているところです。

 すると今度は、なるほどそうか、naturalright.org は行政機関を擁護して、「脱ダム」や被害者支援の民主的運動に敵対するのか、と詰られそうです。当 naturalright.org は、最初から「立場」に拘り、すでにあらかじめ決まっている「結論」にしたがって主張するばかりで、すこしも事実を確認しようとしない、ちょっと考えれば矛盾だらけのおかしな定説にしがみつく、なにかというとお偉い学者先生のご高説に頼って軽信する、そのようなことはよろしくないと申し上げているだけです。そのような態度は、「脱ダム」運動それ自体にとって自滅的な作用をもたらすものかもしれません。現下の被害者支援ということでいえば、手を引いているつもりがかえって足を引っ張ることになりはしないかと、危惧する次第です。

 「政治不信」が日本社会の一般的風潮になっています。すなわち、現代日本社会では、しょせん政治家は自己利益のために動きカネで動かされる者であるという捻くれた割り切りのもとに、「政治」から逃避する退嬰的風潮が支配的ですが(そもそも「政治」の意味内容が正しくとらえられていないのです)、同様にして空疎な「行政機関不信」が一般的風潮になっています。特権層が支配するピラミッド型の組織、縦割りで杓子定規な形式主義という底の浅い見切り程度で官僚制 bureaucrasy を批判したつもりでいて、さきほどあげたばかりの例でいえば、幹部と実働層との区別を誤って幹部から具体的なものを聞き出そうとしたり、実働層と「交渉」して責め立てる勘違いを平気で続けるのです。権限と権力を行使する幹部職員と、国家公務員法・地方公務員法のしばりをかけられて自分の認識に従って行動するどころか見解を表明することすらできない一般職員とが異なることをも弁えないで、数の多さと声の大きさで突破しようとすると、閉ざされた「交渉」場所に連れ込まれて実情を知らない広報担当にのらりくらりとかわされてしまっているのです。しょせんは少数の声なき声であればこそ、事実と道理にもとづいて理非をあきらかにすべきなのです。

 ところが、どこの分野でも似たり寄ったりなのでしょうか、たとえばこの鬼怒川水害問題でいえば、大昔に現役だった人にいつまでも頼り切って自分で調べることも自分で判断することもしない、頼られてしまって断れない人が自然堤防と砂丘の区別もつかず、破堤原因は越水だけだと思い込み、原子力発電所の圧力容器の中身と違っていくらでも自分の目で見ることができるのに、都心から1時間もかからずに行けるところを見に行くこともせずに、うかつに八間堀川が一瞬のうちに何十㎢もの土地を深さ2mも3mも浸水させたと思い込み、何者かを批判したつもりでいて、その実、自分の幻想と一生懸命たたかっているのです。

 

 取材力量が十分とはいえない地方新聞と全国紙の弱体な支局が先鞭をつけ、個人ブログレベルのネットニュースが作った定型パターンを、現地に一度も行ったことのないので仕方なくちゃっかり借用して急造したのが、「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の後発便乗形態にして、おそらくその最終作品となるであろう、自称「水問題研究家」による電気紙芝居(Microsoft PowerPoint file)です(http://yamba-net.org/「鬼怒川水害と行政の責任」/)。

 驚くほど粗略な内容ですが、嶋津暉之(しまづ てるゆき)という人が、2015年12月20日に、常総市市民交流センター(「豊田〔とよだ〕城」)で開催された水害被害者の会合(参加者は約250人)で20分間ほど「講演」をおこなった際にステージ上のスクリーンに映写したものだということです。

 このパワポ画面をpdfにして掲載しているウェブサイトのURLは、「 yamba-net.org 」です。yamba とは、もちろんあの「八ッ場(やんば)」のことで、八ッ場ダム建設を批判する団体のウェブサイトです。このような見解を紹介流布する際には、せめて内容を検討してすくなくとも内容上是認できるものであることを確認してからにすべきだと思いますが、おそらくこの「水問題研究家」は、当該団体の枢要なメンバーなのでしょうか、なんの留保もなくウェブサイトに掲載してしまっています。

 順番は内容にしたがって変えてありますが、全部引用します

 

 


 

 この内容で、よりによって常総市で被害者住民も大勢参加している場で「講演」したというのですから仰天してしまいます。三坂町若宮戸の件については、当 naturalright.org でも少しは論じましたので、詳細はくりかえさず要点だけ記します。

 三坂町については、堤防の外形寸法だけを問題視し、最優先改修箇所に指定していなかったという、いささか的外れの批判をしているのみです(左列 3コマ目、右列1コマ目)。これが、あとの八間堀川の件でのおかしな主張の伏線にもなっています。

 ところが、この「講演」の翌日発表された国土交通省による鬼怒川改修計画については、嵩上げ工事をすると基底部の幅も増えるから用地買収が必要になり時間がかかりすぎると非難しています。破堤地点を早期に改修する区間に含めていなかったことを批判しておきながら、いざ改修するというとまるでやるなと言っているかのような非難です。あげく鬼怒川だけに600億円もかけるべきではなく、他河川にも割り振るべきだという、真意をはかりかねる批判をおこなっているのです。毎年20億円つまり5年間で100億では足りないと言っておきながら、600億円で多すぎるというのです。いったい幾らならよいのでしょう。1年で120億円は過大な額なのでしょうか? 今、これ以上は触れる余裕はありません。

 

 

(4)「水海道市街地水害八間堀川氾濫唯一原因説」の生成原因としての「自然堤防」誤解

 

 若宮戸については、砂丘 sand dune と自然堤防 natural levee の区別がつかず、「河川区域」を「自然堤防まで広げ」るなどという、意味不明の主張をしています(左列3コマ目)。地図もありませんし、具体的にどこのことなのか、本人もよくわからないで言っているのです(これではオリンピック招致の際の「0.3㎢」発言と同じです)。「25km付近」などと誤魔化していて、24.75km地点についてはまったく触れていません。見たことがないのはもちろん、一切知らないのかも知れません。

 25.35km地点についても、関東地方整備局が事後に提出したでたらめな図面をそのまま引用し(左列4コマ目)、青字で「2段」で「浸水深0.7m」と追記しています。一見趣旨不明の追記ですが、別の場での発言等から判断すると、2段だから越水してしまったが3段だったら大丈夫であったというと言っているようです。9月10日午前6時ころには「品の字」に2段につんだ土嚢などあっという間に崩されてしまい、最終的には三坂町の破堤地点(幅155m)より長大な、幅200mにわたる区間で氾濫を引き起こしたのです。土嚢など何の意味もなかったのに、常総市民を前にしてこんなデタラメを言ってのけたのです(2015年11月に自身が運用するブログで2段ではダメだったが3段だったら越水を防げたと主張したのに対してコメントがつき、「実際に越水を防ぐことができたかどうかはわかりません」と訂正?していたのですが、結局のところ当初の主張に戻していたわけです。http://yambasaitama.blog38.fc2.com/blog-entry-3703.html#comment58)。

 用語「自然堤防」の誤りは、互換可能な用語のただの言い換えなどというようなものではありません。中学生や高校生が学校で習うような「地理」の基本的事項であって、それを取り違えていてはまともな議論はできないのです。この講演者は、この12月20日以前にすでに、11月20日、11月29日、12月13日と、さまざまな会合で同様の鬼怒川水害に関する「講演」や「報告」をおこなっているのですが、11月20日に1都5県の都県議会議員らを前にしておこなった「講演」の際、次のように述べていたのです(http://yamba-net.org/鬼怒川水害に関する講演/)。

 

 

 河川の話をするときにこの程度のマンガを出してくるようでは真剣さを疑わざるをえませんが(福島第一原子力発電所の爆発事故の際、テレビで原子炉のポンチ絵を使って説明していた「報道関係者」や「専門家」と同じです)、文章での説明も要領をえないものです。「近年の水害発生区域を見ると、河川のすぐ近くにあって、氾濫の危険性のあるところに新しい家々が立ち並んでいる新興住宅地であることが少なくない」というのですが、たとえば今回の鬼怒川水害での浸水地をみてもわかるように、むしろ「河川のすぐ近くにあ」る自然堤防こそが、もっとも浸水被害の少ない場所だったのです。たとえば本石下(もといしげ)、新石下(しんいしげ)、曲田(まがった)、中妻(なかつま)、三妻(みつま)などです(ただしさらに常総市南部にいくと、標高差によって流下してきたうえで小貝川の堤防と洪積台地で行く手を阻まれた氾濫水によって、自然堤防といえども浸水します。なお、三坂町上三坂〔かみみさか〕の自然堤防はかなり標高が高く、若宮戸からの氾濫だけであれば浸水しなかったはずですが直近の堤防の決壊の場合は自然堤防であってもまっさきに氾濫水に襲われます)。そのいっぽうで、もっとも深く浸水したのが、鬼怒川と小貝川の両方から最も離れた三坂(みさか)新田や沖(おき)新田、平町(へいまち)などの後背湿地だったのです(八間堀川に近い、というのは当たりません。八間堀川は完全な人工河川です)(地形による浸水状況の差異について、具体的には本項目の2ページから6ページを参照ください)。

 講演者の本拠地である埼玉県でいうと南部の利根川流域も同様ですが、沖積平野地域でもっとも標高の高いのは、河川にもっとも近い自然堤防 natural levee なのです。

 ついでにいえば、このような場所で一番安全なのは堤防 bank の上です。さらに安全なのは堤防をまたいでつくられた橋梁です(3ページの参夜〔さんや〕橋、4ページの相平〔あいひら〕橋の写真を参照。水没した八間堀川でさえ〔平町の破堤地点直近の大橋という名の小さな橋のように氾濫水がまたいでいったところはありますが〕すべての橋は水没せず、破損もしていません。鬼怒川のいずれも高大な橋梁であれば、なおさらです)。常総市役所が、鬼怒川右岸(西岸)への避難を呼びかけたのを、水のくる方向へ逃げろとはなんたることかと、地図を見たこともない報道企業と学者先生たちがよってたかって非難していましたが、氾濫水は若宮戸と三坂町の直近以外では基本的には北から南へと流下したのですし、渋滞してしまっていたり(豊水橋〔ほうすいきょう〕)、通行止めになっていたり(国道354号線バイパス)という別の事情はあったものの、避難経路としては間違ってはいないのです。こんな時に鬼怒川と小貝川から一番遠い三坂新田や沖新田に逃げたりしたら、3m以上の浸水地帯ですから無人の二階家の引き戸を壊して不法侵入でもしない限り命を落とすことになります。

 滋賀県の例についてはポンチ絵ひとつだけで地図もないので今は一切触れませんが、すくなくとも、1都5県の都県議会議員らを前にして話すのなら、この自然堤防 natural levee と後背湿地 back swamp という用語は出発点であって、そこでのとんでもない間違いは、治水の話の意味を根底から覆すものです。これでは講演者のいう「流域治水」なるものはただの空語です。それどころか、講演者の語る治水に関する話のすべてが信用性を喪失することになります。

 たとえば、「氾濫の危険性のあるところ」で「新築・増改築などを許可しない」などといっていますが、常総市だけみても、鬼怒川左岸はほぼ全域、右岸も相当の範囲がこれにあたるのです。強行すれば絵にかいたようなファシズム国家となるでしょうが、それ以前にまったくの絵空事です。また、末尾に「内水氾濫対策の強化」というのがありますが、これが講演者にあっては「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の八間堀川排水機場ポンプ停止批判に結びつくのです。簡単なパワポ1ページだけとってもこのように信じられないような錯誤だらけです。

 一般住民であれば別ですが、議員先生たちがこういう間違いに気づかず、黙って聞いたうえでこのような暴論にのっとって動く(または動かない)のだとしたら、それはそれでたいへん困った事態です。

 

 講演者が「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」におちこんでいった原因としては、現地の事情に疎いのに組織的事情によって講演や報告をしなければならない立場にあって、ついGoogleAlertで自動的に通知される新聞記事と、知り合いが書いたネット上の記事にいつもの習慣によって手を出してしまったという外形的誘因もあるのかもしれませんが、講演者の認識そのものに本質的動因があったのです。

 次も、2015年11月20日に1都5県の都県議会議員らを前にしておこなった「講演」の際の映写資料の1コマです。

 

 

 八間堀川の氾濫」を示す資料だとして、唐突に1枚だけ入っているのですが、よりによってさんざん批判している「鬼怒川・小貝川有識者会議」資料からコピペする必要はないのに、一次資料を検索する手間を惜しんだのです。しかも、写真中の「八間堀川」「新八間堀川」という黒文字はコピペの際に付け加えたものです。講演者はこのあとの2015年12月20日のパワポでも国土交通省の文書に同様のことをしていましたが、オリジナルなのか追記なのかわからなくなるこのような操作は改竄と紙一重であり、絶対にやってはならないことです。

 そして写真だけで何の説明文もありません。口頭で何と言ったのかはわかりませんが、どうやらさきほどの「河川のすぐ近くにあって、氾濫の危険性のあるところ」の浸水の例だと思っているのです。八間堀川と新八間堀川が、この場合の「河川」にあたるというのでしょう。

 ネタ元の国交省の「審議会」のひとつである「鬼怒川・小貝川有識者会議」の資料は次のとおりです。パワポの共通背景として右上に「国土交通省関東地方整備局」のロゴが入っています(http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000634942.pdf)。

 

 

 元資料での航空写真への道路・鉄道・公共施設等の名称記入は、インフラへの打撃を説明するためのものであり、しかもタイトルは「鬼怒川のはん濫による被災状況」です。その趣旨違いの資料から写真だけちゃっかりコピぺして、よりにもよって「八間堀川の氾濫」だというのです。とても「研究者」を自称する人のやることではありません。それにしても、どれが「八間堀川の氾濫」だというのでしょうか? これを見る限り、わざわざ「八間堀川」と「新八間堀川」を書き込み、タイトルまで変えたことからすると、写真の範囲の氾濫水が全部八間堀川起源だと考えているとしか受け取れません。

 本項目の2ページ以降で個別具体的に見てきた通り、「八間堀川の氾濫」という独立事象は生起しなかったのです。生起したのは鬼怒川の氾濫による八間堀川の水没という事象です。それというのも、後背湿地の新田開発の一環として、その後背湿地の排水を一手に担う排水路として、当然そのためには最深部を縦断するものでなければならないのですが(標高の高いところにつくったりすると、電動ポンプのない江戸時代では排水路としては用をなしません)、そのようなものとして完全に人工的に作られたもの、それが八間堀川だったのです。

 「〔後背湿地の〕排水を一手に担う排水路」というフレーズを「水海道市街地水害八間堀川唯一原因説」の文脈で使う人がいるようです。鬼怒川ないし小貝川から数百万トンないし数千万トンの氾濫水の流入があれば、完全に容量オーバーです。「後背湿地の排水を一手に担う排水路」なのにその役目を果たさなかったとして八間堀川を(つまりは管理者である茨城県を)非難するニュアンスのようです。その対策を立てろということのようですが、八間堀川を「百間堀川」くらいに拡幅しないとならないことになるでしょう。とんでもない暴論です。

 新八間堀川は、当初小貝川に合流していたものを、より水位の低い鬼怒川に落とすための放水路として追加されたものです。あえて言えば、八間堀川は通常の意味でいう自然物としての河川ではなく、100%人工物である巨大排水路なのです。河川法上は河川かも知れませんが、地理学上は通常の河川とみるべきではないでしょう。河川工学上はたとえば流量や勾配の決定、築堤行為の対象となるでしょうけれども、排水路としての八間堀川は、自然物としての河川のような挙動はとらないでしょう。(沖積〔ちゅうせき〕平野の後背湿地の排水路という定義上、絶対にありえないことですが、万一)山地から平野部に流れ出したとしても扇状地 fan を形成することはないでしょうし、沖積平野を流れているときに氾濫 flood を起こした場合であっても(今回のように堤体の土砂を放射状に流出堆積させることはあっても)自然堤防 natural levee を形成することはないでしょうし、(鬼怒川・利根川・小貝川にブロックされているので絶対的に不可能ですが、奇跡 miracle でも起きて)湖や海に流れ込んだとしても三角州 delta を形成することはないでしょう。

 もし「自然堤防」と「後背湿地」という概念を知らないか、知ったかぶりして間違って理解しているとしたら、八間堀川について完全に誤解することになります。それも、コトバとしてよく知らない(砂丘を自然堤防と呼んでしまう)という程度のただの言い間違いなのではなく、自然堤防を「河川のすぐ近くにあって、氾濫の危険性のあるところ」だと誤解し、ということは、鬼怒川左岸=小貝川右岸の後背湿地、つまり鬼怒川からも小貝川からも離れている後背湿地を本来安全なところと誤解しているのです。そのうえで、安全なところのはずである地域が浸水してしまったことの原因を特定しなければならないのですが、かくして、これしかないとして「八間堀川の氾濫」が急遽捏造されて告発(被害者ではないので告訴ではありません)されることになったのです(これで有罪になったら冤罪です)。

 三坂新田も「河川のすぐ近くにあって、氾濫の危険性のあるところ」、沖新田も「河川のすぐ近くにあって、氾濫の危険性のあるところ」、川崎町も「河川のすぐ近くにあって、氾濫の危険性のあるところ」、平町も「河川のすぐ近くにあって、氾濫の危険性のあるところ」、そしてもちろん水海道市街地も「河川のすぐ近くにあって、氾濫の危険性のあるところ」だったのであり、そうであるからこそ浸水した、ということになったのです。

 講演者は、八間堀川が普通の河川とはまったく異なる完全に人工的な河川であって、鬼怒川と小貝川のそれぞれ左岸と右岸にあたる後背湿地の排水路であるということがわからないのです。もちろん江戸時代に開削された人工河川であるということぐらいはなんとなく知っているのでしょうが、自然堤防と後背湿地という概念がないために、鬼怒川と小貝川の間に3本目の川がある、くらいにしか捉えていないのです。これでは八間堀川について、ただしい判断を下せるわけがありません。それどころか、鬼怒川水害の全体について基本的なところで大きな誤解があるらしいことが露呈してしまったのです。

 こうして、ついには排水ポンプ停止問題で、驚くような主張をすることになるのです。