三坂における河川管理史 6

 

三坂の破堤原因に関する仮説 (ii)

 

基礎地盤への浸透による被災実態 その1

 

Aug., 6, 2020 (ver. 1.)

 

 前ページにひきつづき、三坂における破堤原因についての仮説を提起します。

 


⑷ 解説=堤体・基礎地盤への浸透による被災

 

 前ページでは、三坂の破堤箇所の復旧堤防を施工した鹿島(かじま)建設と大成(たいせい)建設が、堤体ならびに基礎地盤への浸透を防止する工法を採用していることを見たうえで、それが土木研究所の『河川堤防の浸透に対する照査・設計のポイント』(2013年、https://www.pwri.go.jp/team/smd/pdf/syousasekkei_point1306.pdf)に準拠していることを確認しました。

 つぎに、同文書における「浸透」のメカニズムの解説をみることにします(2〜3ページ)。







 

 この文書を作成したのは土木研の「地質・地盤研究グループ土質・振動チーム」ですが、同チームは、『堤内基盤排水対策マニュアル(試行版)』(2017年、https://www.pwri.go.jp/team/smd/pdf/170113_teinaikiban.pdf)も編集しています。タイトルのとおり、堤内側での対策に関する手引書なのですが、その前提として、浸透による堤内および堤体の損傷についての記述があります(2ページ)。




⑸ 基礎地盤への浸透による被災の実際

 

(い)D区間堤内側の13:50−14:10の水煙

 

 土木研文書が解説する「堤体・基礎地盤への浸透による被災形態」の実例を、三坂の破堤地点すなわち左岸21k付近において摘示します。

 まず、『堤内基盤排水対策マニュアル(試行版)』における次の記述の実際例です。

 

河川堤防の基礎地盤の表層に透水性の低い被覆土層が堆積し、その下に透水層が存在する箇所では、洪水時に河川水位が上昇すると、透水層から作用する揚圧力により被覆土層が膨らむように変形(盤膨れ)し、さらには被覆土層を突き破り、水や土砂が噴出することがある。このような現象は基盤漏水の一種であり、最悪の場合には堤防決壊の原因にも なり得る。

 

 13:50から約20分間にわたってD区間の堤防の堤内側、住宅2と住宅9の間に上がった水煙については、別ページで詳述しました。その際には、この現象はどのような原因によって起きたのか、端的にこの現象は何だったのかは述べませんでした。今、ここで、仮説として提起するのは、これが「透水層から作用する揚圧力により被覆土層 が膨らむように変形(盤膨れ)し、さらには被覆土層を突き破り、水や土砂が噴出」したものである、ということです。

 

 この水煙、すなわち『堤内基盤排水対策マニュアル(試行版)』でいうところの、水の「噴出」について言及した前例は、いっさいありません。目撃証言はないようですし、篠山水門のCCTV以外の映像記録もありません。あったとしても公表されていません。CCTV映像は、開示請求に対して開示されただけで、関東地方整備局のウェブサイトに載っているわけでもありませんし、「鬼怒川堤防調査委員会」で取り上げられてもいません。当然その報告書にも載っていません

 多くの「専門家」が、現地をチラ見して、短いレポートを発表していますが、この水煙・噴水についての言及は皆無です。国策派の「専門家」であれば、関東地方整備局に面倒な開示請求をするまでもなく、いくらでも情報提供してもらえるのでしょうが、どこかの「専門家」がこれについて言及したこともありません。

 これを透水層から作用する揚圧力により被覆土層 が膨らむように変形(盤膨れ)し、さらには被覆土層を突き破り、水や土砂が噴出であるとするのは近くに住んでいる素人の愚にもつかぬ戯言だと一笑に付されそうです。しかし、そんな馬鹿げた話はないというのであれば、この「水煙」あるいは端的に噴水現象について、それが何だったのか、原因は何なのか、を説明していただかなければなりません。

 流入した氾濫水が住宅9の壁にあたって波飛沫を上げている、などというものではありません。写真のとおり、住宅9は基礎ごと大きく傾いてはいますが、氾濫水が横方向にあたったとすれば損傷しているはずの外壁や、アルミサッシはほぼ無傷です。ガラス一枚割れていません。これについては、以下で詳述しますが、その前に決定的な事実を指摘しておきます。すなわち、氾濫水だとすると茶色く濁っているはずですが、CCTV映像のとおり、茶色の濁った水ではありません。この水煙ないし噴水は、冠水していない地面から噴出しているわけではなく、当然ここも流入した氾濫水に覆われたいたのですが、その氾濫水をおしのけるように地中から垂直に噴き上がって、白い水飛沫・水煙を上げているのです。地下から噴出する水は、砂によって「濾過」されるからです。ほかの波濤や水飛沫とまったく色味が異なるのです。

 色の違いについて、実例を示します。一般的な例では散漫ですから、左岸21.5k付近のパイピングの例です。2015年9月13日に現地視察(見物)を終えた国交省お雇いの「専門家」の先生たちが素通りした決壊地点近くで、その翌々日、東京大学の芳村圭(よしむら・けい)准教授(当時。現在は教授)がパイピングによる噴砂の痕跡をみつけ、9月19日早朝、鬼怒川水害調査報告書の「第2報」としてインターネット上に公表したのです(reference3)。

 これで、「越水唯一原因説」は吹き飛んだのですが、関東地方整備局は、その場所は知っていますといわんばかりに、その場所の水害当日の写真を第2回の会議に出してきたのです。芳野准教授の報告に驚愕して、撮りっぱなしにしてある写真の山を掘り起こしたところ、たまたま、手当たり次第に撮ってあった写真の中にあったというのが正直なところでしょう(下左。下右は2015年12月の同じ場所)。(この件については、別項で触れました。)

 写真の通り、パイピングで噴出してくる水は、「澄んだ水」であり、茶に濁った河道からの氾濫水とはひと目で区別がつきます。


 このD区間の水煙が地下からの噴水であり、「盤膨れ」によるものである、というのが仮説の第一点です。以下、その根拠となる事実を示します。

 9月26日の関東地方整備局が飛ばしたUAV(いわゆるドローン)の映像です(水害後に撮影されたUAV映像については、「鹿沼のダム」〔http://kanumanodamu.lolipop.jp/OtherDams/shinseiConsultant.html参照)。動画から静止画像を切り出したうえで、トリミングしてあります。

 仮堤防完成の2日後です。白破線の左側は、この区間を担当した鹿島(かじま)建設が敷いた土砂です。

 俗に落堀(おちぼり)と誤称されている穴がたくさん見えています。破堤して流入した氾濫水が上から流れ落ちて開いた穴だということになっていますが、それにしては形状が変です。破堤して流入した氾濫水が上から流れ落ちて開いた穴は「押堀(おっぽり)」と呼ぶのが正しいのですが、これらが押堀であるとする安易な断定には疑問があります。成因が不明かつ正しい名称も不明なので、かりに「深穴」としておきます。

 この写真の範囲内では、深穴5と深穴6には水面が見えませんが、深穴1から4までは水をたたえています。しかも、茶色の氾濫水ではありません。さきほどの21.5kの「澄んだ水」を想起させます。地下から湧いてきた水でしょう。深穴1と深穴3の水の色をみると、かなり奥まで穴が開いているようです。

 住宅2と住宅9の間に、矢印のように氾濫水が流入していたことは、住宅1の住人が撮影したビデオにも映っていますが(別ページ参照)、それが「空隙1」「空隙2」とした地面の抉れの原因ではなさそうです。

 住宅9の周囲には下部は鉄筋コンクリート基礎の上にコンクリートブロックを積んだ擁壁が取り巻いていました。写真のCB擁壁1と2ではブロック(一個あたり幅40cm、高さ20cm)は7段積みで上に笠木があります。西側(河道側)の「CB擁壁1」は東側(写真右側)に倒れて崩れ、北側では上2段が落下していますが、南側(下流側)の「CB擁壁2」は、倒れていません。擁壁の基礎は鉄筋コンクリートですからかなり強固ですが、コンクリートブロックは鉄筋を入れてあっても簡単に崩れるはずなのに、7段がそのまま残っています。緑矢印の流れはさほど強くなかったのです。だとすると、緑矢印の流れが住宅9の基礎(おそらく鉄筋コンクリート製のベタ基礎)の下に空隙2のような大きな地面の抉れをつくることは不可能です。CB擁壁をこわさずにやんわりと乗り越えてきて住宅のベタ基礎の下に潜り込んで空隙をつくるなど、ありえません。ついでにいうと、住宅9が上流側に大きく倒れ込んだのは、上流方向からの氾濫水によって押されてこうなった、というのではありません。手前のCB擁壁2がそのままで、その先の住宅を押して傾けるなど、ありえません。雨戸やガラス戸もまったく損傷していないのですから、ここを氾濫水が押して家を持ち上げるように向こうへと押し倒したなどということはありません。

 青矢印の流れはCB擁壁1を倒していますが、倒しただけです。いずこかへと運び去ってしまってはいません。住宅2と堤防の間にあった住宅1宅の車庫が、中にあった乗用車もろとも流出したこと(後出)と比べると、この水流ははるかに威力は弱かったのです。CB擁壁1を倒したあと、青矢印の流れがそれを乗り越えてきて、それから住宅9のコンクリート基礎の下にもぐりこんで空隙2をつくった、ということもありえないでしょう。

 防災科研(国立研究開発法人防災科学研究所、https://www.bosai.go.jp、茨城県つくば市)が、水害翌日の9月11日に撮影した写真です。CB擁壁2が倒れていないことと、住宅9の壁面やガラス戸・雨戸が全く損傷していないことがよくわかります。威力の強い氾濫水が直撃すると住宅がどうなるかは、左側の住宅2を見るとよくわかります。1階南側の部屋(広縁?)や玄関などの開口部は完全に破壊されています。ただし後出の通り、見えている部分は流入口ではありません。左側の河道側から入った水が家の中を貫いて、見えている南側から流れ出したのでしょう。

 

 2枚目は、同じく防災科研の9月12日の現地調査時の写真です。3人が載っているのは、県道側から住宅1まで続く私道のコンクリート舗装です。しかし、下は抉れていて(空隙1)、完全にカンチレバー cantilever 状態になっています。コンクリートには鉄筋が入っていないので、3人の手前では割れて捲れています。もとの裏面が上になる捲れ方からわかるように、下から上へ押し上げられ反転したのです。さらにその手前は、下の土砂が流失して、コンクリートが割れて落下したようです。もとの表面が見えています。結構複雑です。

 

 3枚目(同日、防災科研)は、右が住宅2、左が住宅9、遠くは氾濫流の真っ只中で県道357号線以西で唯一残ったガソリンスタンドの倉庫です。その右に大成(たいせい)建設のクレーン、その右の三角形が下流側の破堤断面です。

 住宅9のCB擁壁の内側の庭木が何本もそのまま残っています。氾濫流の主流部の激流の直撃を受ければ大樹でも流されるのですが、辺縁部で流れがあまり強くなければ小さな庭木でも流されずに残ります。あとで、例の百日紅が残っているのも見ます。

 住宅2と住宅9の間への流れ(緑矢印と青矢印)は、住民撮影のビデオなどをみると、それはそれは強烈なのですが、それでもガソリンスタンド倉庫一つ残して、全部の住宅を地面から引き剥がして流し去った主流部の激流とくらべると、はるかに弱かったのです。


 以上のとおり、住宅2と住宅9の間への流れ(緑矢印と青矢印)が、空隙1と空隙2をつくったとは考えられません

 空隙1と空隙2は、冒頭に示したように、透水層から作用する揚圧力により被覆土層が膨らむように変形(盤膨れ)し、さらには被覆土層を突き破り、水や土砂が噴出することによってできたものと考えられます。とくに空隙2は、住宅9の鉄筋コンクリートのベタ基礎の下で盤膨れが生じ、被覆土層を突き破って地下に蓄えられた高圧の水塊から噴水し、コンクリート基礎を折損して住宅を北側に傾斜させ、さらに噴水して水煙現象を起こした、と想定できます。

(ろ)D区間堤内側における諸現象

 UAVがさらに移動して撮影した映像です。空隙1と空隙2はかなりの深さがあるようで、水害から2週間以上経過した9月26日になっても、水が溜まっていて、底が見えていないのです。氾濫水が残っているというより、地下から湧出・滲出してきているのだろうと思います。

 それとの比較で住宅1と住宅2の間の状態を見てみます。住宅1から撮影されたビデオ映像により、住宅1と住宅2の間を氾濫流が流れたことははっきりしています。F区間の破堤直後の、ビデオが撮影された時点では、B区間を越水してきた氾濫水の一部(加藤桐材工場の建物はほぼそのまま残っているため、かなりの部分がB区間下流端のケヤキの根本を洗いながら下流側に流れたようです)がここへ回り込み、C区間の氾濫水と合流して地面の上(住宅1の私道のコンクリート舗装の上と、住宅2への私道〔砕石敷?〕の上)を流れていたのですが、破堤が上流側のE区間、D区間、C区間の順で進行し(下流側へはG区間)、河道から直接氾濫水が流入するようになると、住宅2の私道を抉り、さらに住宅1の私道のコンクリート舗装の下を抉って(橙矢印)、空隙3をつくったようです。

 これはそれより8日前の、9月18日のUAV映像(関東地方整備局)です。9月26日には、埋め戻されてそこまで軽トラが入っていた(大成の工事区間から、仮堤防の堤内側法面下を通ってきたのでしょう)白丸部分は、埋め戻し前です。

 9月12日、水害翌々日の防災科研の写真です(以下5枚)。

 水が引いたそのままで、まったく復旧の手の入っていない状態です。

 左下のコンクリート板は、住宅2と堤防との間の土地に建っていた住宅1宅の車庫の床です。最初にF区間が破堤した時点では、駐車してある乗用車とともにビデオに映っていましたが、屋根だけのカーポートではなく、壁もあった車庫でした。その後、乗用車もろともどこかへと流されて行ったようで、このように剥がれたコンクリート床だけが残ったのです。住宅2の1階窓を突き破ったコンクリート板は、裏返しになっています。

 住宅2の北西側角は完全に破壊されて、ここから氾濫水が入り、さきほど見た、南と西側から流れ出したようです。

 

 向こうに見えている下流側の破堤断面との間に、テーブル状の地盤面が見えています。橙ライフジャケットをつけた作業員が4人乗っています。落ちれば脚が立たない水面がひろがっているからです。F区間からG区間の中程までのテーブル地形は、この時点の水面から2ないし3m出ているようです。このあと仮堤防の下に埋められてしまいますので、ほんの数日しかみることができないのですが、なんとも不思議な形態です。衛星写真・航空写真にははっきり映っているのに、現物が隠されてしまったのをいいことに、誰も何も言わないのです。(地下にしっかりした地盤がある、と言った安田進先生はこれをみてそう言ったのかも知れません!?)

 卓状地塊は、三坂の破堤の原因を示唆するものですが、あとで考えることにします。

 

 後退して撮影した写真で、左が住宅1です。画面右下の大きな切り株は、B区間の下流端のケヤキの兄弟?だった大樹のものです。その向こうに、なんと、ビデオに映っていたあの百日紅が残っていました。


 角度をかえて、河道側から撮影した写真です。カメラ位置は堤防があったあたり、天端の真下です。「水煙」があがっていた14:00前後には、住宅2は大きく河道側に落ち込んだうえ、さらに下流側に傾いていましたが、最終的にはこのように上流側に傾いています。いったん下流側に落ち込み、そのうえで上流側に落ち込んだようです。落ち込んだ下流側が持ち上がったというのではないでしょう。

 なお、この時点では住宅9は傾いていません。

 画面左端に見えているのが、百日紅です。その手前の赤茶の木の根は、切り株だけになったケヤキのものでしょう。百日紅は、ビデオカメラを構えた2階ベランダと、対岸の篠山水門(そこにCCTVカメラがあります)を結んだ線上の、「越流」するC区間法尻直下にあり、9月に赤い花をつけていました。

 右側の住宅2の手前に捲れ上がったコンクリート片がたくさんありますが、さきほど見た通り、住宅1のお宅の車庫の床面です。見えているのは、表面(上面)ではなく、裏面(下面)です。ということは、下からの力が働き、割れて持ち上げられて裏返しになったのです。


 問題はその手前の顕著な段差です。さきほどのF区間・G区間の堤体だった地点に残ったテーブル状地塊の辺縁同様、垂直に切り立った崖面です。深さ3m以上の段差がありますが、上から水が落ちて来て掘り込まれたとは考えられません。上から侵食された場合、このようにスッパリと切り立つことはないでしょう。

 位置関係を見るため、同じ9月12日のグーグルクライシスレスポンスの航空写真を見ます。鳥瞰撮影なので、高さのある堤防天端の線を入れると地盤面とずれるので、堤防の線は入れてありません。

 さきほどの防災科研の写真の崖面の左3分の2が法尻の線ですから、その向こうがもとの堤内部の平面です。つまり崖面から手前がもとの堤防です。(崖面の右3分の1は、グーグルの写真のとおり堤内方向に斜めに切れ込んでいます)。崖面の手前は、今は3m以上落ち込んでいますが、もとはここは堤防の川裏側法面だったところです。下からの力が働いて崩れ、最終的に地下深くまで抉れて、流出したのです。下からの力の出所は画面左下の水溜りでしょう。水溜りに住宅1の2階外壁と白いベランダが映り込んでいます。ということは「澄んだ水」です。すなわち、茶に濁った氾濫水が残ったのではなく、地下から湧出・浸出した水です。

 これはどうみても「越水により法尻が洗掘された」現象ではありません。「越水により法尻が洗掘され」て、こんな深い穴が、しかも垂直な崖面の深い穴ができるとは考えられません。

 これは堤体(川裏側法面)部分での現象ですから、あとで詳しく見ることにします。

 

 堤内地での水煙・噴水現象の原因の話に戻ります。

 住宅1と住宅2の間でコンクリート舗装の下を抉って折損落下させた空隙3は、深さは2m程度です。住宅2は、住宅1とはだいぶ地盤面の高さが違っていますが、水害前はこれほどの大きな段差はなかったでしょう。先ほど見たとおり、住宅2は、まず南側へ、次いで北側へと2段階で傾斜して沈み込んだのです。

 住宅1と住宅2の間の空隙3は、9月12日の時点で、すでに地面が見えています。空隙3は、住宅1の私道下で最大で2mくらいであるのに対し、空隙1と空隙2ははるかに深く、9月12日はもちろん、9月26日になってさえ、まだ水がたまっていて底が見えていないのです。住宅1と住宅2の間を、最初はコンクリート舗装面の上を、次にコンクリート舗装面の下の地盤を抉って流れた氾濫水は、そのような大穴はつくっていません。横方向に流れる氾濫水が、局所的に、きわめて深い大穴をあけることはないとみなして差し支えないでしょう。

 

(は)住宅9の陰にできた巨大な深穴

 

 次に注目すべきは、黄丸をつけた、住宅9と加藤桐材工場の間です。もちろん氾濫水はやってきますが、住宅9の陰になっているので、E区間・F区間・G区間の堤内側のように氾濫水が直撃することはなかった場所です。

 E区間・F区間・G区間の堤内側は、県道357号線までの間にあった建物は、ガソリンスタンドの事務所と倉庫以外は、全部完全に破壊され、鉄筋コンクリートの基礎ものこっていません。いっぽう、住宅2と住宅9は、コンクリート基礎の下の地盤が大きく損傷して基礎ごと傾き、とくに住宅2は、建物内を氾濫水が流れ抜ける(住宅1宅の車庫のコンクリート床が壁面を直撃したことが最大の原因かもしれません)など大きな損傷をうけたものの、建物自体が地面から引き剥がされて流出してはいません。その住宅9の陰になっているところに、E区間・F区間・G区間にあるような巨大な深穴が開いていて、2週間以上経っても、水がたまっています。

 別角度から見た9月28日のUAV映像です。住宅9と加藤桐材工場の間に大穴が開いていて、9月18日のUAV撮影から10日後ですが、まだ水面が見えています。

 

 次の2枚は、9月12日の防災科研の現地調査時の撮影です。

 1枚目は、住宅9の陰になっている大穴を東側(河道側)から撮ったものです。左が加藤桐材工場の東南端、右が住宅9の外溝の鉄筋コンクリート擁壁(上にコンクリートブロック2段)と支柱だけ残ったアルミフェンス、水たまりの向こうに人が大勢いるのが県道357号線です。

 見えているコンクリート板は、県道側から住宅1まで続く私道の舗装だったのですが、下の地盤を完全に喪失して宙吊りになっています。地盤が無くなっただけでなく強い力が加わってこのように割れたようです。

 

 2枚めは、同じ場所を反対向きに、すなわち県道側から河道の方を撮影したものです。防災科研の職員でしょうか、宙吊りのコンクリートから、コンクリートが脱落した部分の舗装直下にあった下水の塩ビ管を伝って、河道側の一応地盤の残っているコンクリート舗装面へ渡ろうとしている様子が写っています。落ちたら足はつかないでしょう。ヘルメット・ライフジャケット・ロープ・救助要員が必要でしょう。

 それはともかく、向こう側はかろうじてコンクリート板の下の地盤がのこっているのですが、その手前は急に地盤ごとコンクリート舗装が全部喪失しているのです。そしてこの画面下部の県道側は、上の写真のとおり、地盤はなくなっているのにかろうじてコンクリート板が宙吊りになってのこっているのです。大穴の水面はここから県道側まで続いています。 

 ここで地面が大きく抉れています。さきほどの空隙2と同じような状況です。向こうの河道側から一直線に流れてきた氾濫水(さきほどの橙矢印)がここまで流れたあと、ここだけ幅広に土砂を流し去ったとも思えません。また、住宅2と住宅9の間から流れ込んだ氾濫水(さきほどの青矢印と緑矢印)が直角に曲がり数m流れたあとで、ここで突然円形に土地をえぐったとも思えません。この空隙は、水平に流れてきた水が地面を侵食したのではなく、地盤面を突き抜けてその下の地層から水が吹き上げたのでしょう。

 

 1か月半後の2015年10月27日に撮影しました。住宅1の住人が自前で土砂を入れて一応通れるようにしたようです。国交省はやってくれませんから。

 このあと左側の住宅9は、外溝と住宅を全部撤去して再建することになります。

 住宅1の私道は、住宅2(こちらも建て替えになります)の私道部分との境界線を土嚢で土留めしたうえで、土砂を入れたようですが、画面奥のとおり、さきほどの大穴は埋め戻さず、橋のように板を渡してあります。あまりにも深いのでしょう。

 2020年2月の現地です。

 左側の住宅9は、外溝も住宅も全部撤去して再建されました。外溝の形(鉄筋コンクリート基礎にブロック2段積み、アルミフェンス)も住宅の形(寄棟平家建)も、ほとんど以前のものと同じなので、一見すると、もとのものを引き起こしたように勘違いしてしまいますが、よく見ると微妙に違っています。

 砕石敷の部分は住宅2への私道、右のコンクリート舗装の部分は住宅1への私道です。それぞれ昔の言い方でいう「二間道路」です(幅3.6m)。

 

(に)EF区間堤内側の破堤直後12:53の水煙

 

 13:50ころからのC区間付近の水煙・噴水は、動画に20分間にわたって記録されているので、かなり確実に把握できます。同様の現象は、これより前、破堤直後のEF区間の堤内側でも起きています。ただし、C区間堤内側の水煙・噴水のようには高く噴き上がっているわけではありません。

 対岸の篠山水門の河川カメラの映像ですが、下館河川事務所の担当者が動画データを録画し損なったということで(前ページの(0)前書き参照)、解像度の極めて低い静止画像が12:53:53と、12:54:15の2枚あるだけです。(別ページ参照)

 時間順にこちらを水煙1と、さきほどのものを水煙2とします。

 

 水煙の位置を推定するために、まず篠山水門からの画像に映っている法尻の樹木と21kのポール、さらに住宅3の左右の大樹の位置を確認します。篠山水門のカメラから見ると、水煙1は住宅3より手前、法尻の赤丸の樹木より先で、そのやや左に上がっています。


 

 2014年3月22日のグーグルの衛星写真上で、水煙1の位置を推定してみます(パソコン版のグーグルアースプロで、過去の衛星写真を選択して表示できます。タブレットやスマートフォン版では不可能です)。黄線はカメラと、天端のL 21kのポールを結んだ線です。赤線はカメラと、最初に破堤したとされるF区間の両端とを結んだ線です。

 

 水害直後の2015年10月9日のグーグルの衛星写真上で、水煙1の位置を推定してみます

 当日の写真が、解像度の極端に低い2枚しかなく、よりによって望遠撮影なので、距離感がまったく掴めません。

 しかしながら、水害当日や翌日の、一面が氾濫水で覆われているものでもなく、また、整地が進んだあとのものでもなく、ちょうど10月9日の衛星写真だと、水煙・噴水が噴き上がったかもしれない地点が想定できます。さきほど見た9月26日の関東地方整備局のUAV映像で仮に「深穴2」と呼んだ地点です。

 さきほどの13:50-14:10の水煙2だと、住宅9の手前であると、ピンポイントで位置が確定でき、しかもそこに仮に「空隙2」と呼んだ深い穴がありました。それと比べると、当日の水煙の写真もはなはだ不確かで、位置もはっきりしませんが、それでもこうしていくつかの事実を整合的に解釈できます。

 すなわち、深穴2は、冒頭に示したように、透水層から作用する揚圧力により被覆土層が膨らむように変形(盤膨れ)し、さらには被覆土層を突き破り、水や土砂が噴出することによってできたものであり、噴水して水煙1の現象を起こした、と想定できます。

 

 2箇所の水煙はたまたま篠山水門の映像として人知れず残っていたのです。水煙・噴水現象は、この2つだけで、ほかには生じなかったと考える理由はありません。ページ容量の限界ですので、基礎地盤への浸透による被災についてはひきつづいて検討することにします。

 その前に、次ページでは、堤体への浸透による被災について、映像資料を検討して、仮説を提起したいと思います。

 

(近日中)