鬼怒川水害まさかの三坂 9

 

Jan., 31, 2020

 

 篠山水門のCCTVの動画から切り出して公開している32枚の静止画像の一覧表です。左列から順に、連番とファイル名(撮影時刻:hhmmss)、区間ごとの事象、右端は「鬼怒川堤防調査委員会」資料に掲載されている5枚につけられた注記です。

 赤枠はそれぞれの区間における破堤の開始から完了までです(実線が上流側、点線が下流側)。青枠は、後述の動画の範囲(13:23以降)です。

 

 

 12:52:16以前の画像は公表されていません。

 2015年当時の説明によると、12:52:16以前は撮影していないというのです。12:52:16から決壊したあたりの撮影を始めたという、じつにおかしな話です。それどころか、12:52:16から撮影をはじめたCCTV画像によって、12:50が破堤時刻であることがわかるというのです。支離滅裂な話です。

 行政文書開示請求制度によって開示請求したところ、関東地方整備局は、「01_2015年09月10日13時23分頃から約37分間」から「13_2015年09月11日23時00分頃から約60分間」までの13ファイルを開示しました。「頃」というのも困ったものですが、以下では、この「頃」は度外視することにします。

 12:52:16から13:23までについては、撮影してはあるが、非開示理由に該当するので開示しないと言っています。「まさかの三坂 5」で触れた通り、「顔写真および自動車のナンバープレートが写り込んでいる」ので「特定個人を識別することができる」からだというものでした(平成28年1月8日、国関整総情第1952号−1、関東地方整備局長)。

 


D区間、ついでC区間の破堤

 

 公開されている静止画像のうち、13:09:14と13:31:58との間に23分間の空白があり、さらに13:46:55から14:12:56までの間に26分間の空白があります。ひとつめの空白の途中から動画「01_2015年09月10日13時23分頃から約37分間」が始まり、ふたつめの空白の途中まで続き、すぐさま動画「02_2015年09月10日14時00分頃から約40分間」に続きます。以下、このふたつの動画ファイルを見ることにします。動画から静止画像を切り出すにあたっては、スライダーを写し込むようにします。

 

 まず動画「01_2015年09月10日13時23分頃から約37分間」からみます。

 07分00秒すなわち、13:30の画像です(トリミングしてあります)。上流側に茶の外壁と切妻が見えているのが住宅1です。2階の南側(下流側)に白いベランダが見えているのが、前ページで見たVTRの撮影地点です。白い外壁の寄棟屋根の2階建が住宅2です。その堤防側にあった住宅1の住人所有の車庫は、流されて上流側に移動しています。その向こうに見えるのが住宅9です。平屋ですが、大きな家なので屋根が2階建並みに高くなっています。

 D区間の破堤が完了し、引き続いてC区間が破堤し始めるところです。

 動画「01_2015年09月10日13時23分頃から約37分間」の17分00秒、即ち13:40です(トリミングしてあります)。さきほどから10分間経過し、C区間の破堤が完了するところです。

 破堤幅の拡大にあわせて、下館河川事務所からの遠隔操作により広角側にズーミングされたので、B区間のケヤキが写っています。

 さきほどまで見えていた車庫がなくなっています。分解して流されたようです。駐車してあった乗用車も流されたようです。


CD区間堤内側の水煙

 上が、さきほどの17分00秒の9分後、すなわち13:49の画像で、下がさらに1分後、すなわち13:50の画像です(いずれもトリミングしてあります。以下同じ)。

 住宅2の地盤が抉られたようで、右側(南側)が大きく沈み込んでいます。

 

 ここから本題に入ります。

 注目すべき現象が始まります。13:50ころから、住宅2と住宅9の間に白い水煙が立ち上り始めるのです。


 

 1枚だけでは不確実ですので、何枚か切り出して見ます。

 まず、1分後、すなわち13:51です。

 

 その5分後、すなわち13:56です。途切れることなく、住宅2と住宅8の間から水煙が立ち上っています。

 

 開示された動画ファイルの2番目、「02_2015年09月10日14時00分頃から約40分間」の9分37秒、すなわち14:09です。この直後、14:10で、20分間以上にわたる連続的な水煙現象は終息します。(なお、このあとも数分間にわたり、1秒間以内の噴出現象が見られます。)

 

 いささかくどいのですが、水煙の位置がはっきりわかるカットをいくつか拡大して示します。13:52から13:54にかけてのものです。

 住宅2の向こうで、なおかつ住宅9の手前です。水煙は、住宅9の軒先まで届いています。

 

 平面図で示すと次のとおりです。背景画像は、GoogleEarthProの水害前年2014年3月22日の衛星写真です。


この「水煙」は何か?

 

 このページ冒頭で、公開されているCCTV動画から切り出した32枚の静止画像の一覧を示しました。23枚目と24枚目の間と、31枚目と32枚目の間に、それぞれ20分以上の不自然な空白があったのですが、後の方の空白のあいだにこの水煙現象が起きていたのです。とても世間には公表できないので敢えて隠した可能性もあるのですが、そこまでの悪意を邪推するまでもないかもしれません。ぼんやり見ていて水煙などには気が付きもせず、意味もなく26分間飛ばして公表したのでしょう(!?)。

 

 それにしても、この水煙は何でしょうか。

 そもそも「水煙」と言ってよいのでしょうか?

 湯気が噴出しているようにも見えます(ふつうの言い方でいうと、「水蒸気」ですが、気体の水である「水蒸気」は無色透明ですから、白くは見えません。白く見えるのは、液体の水の粒が空中に漂っている状態で、これが「湯気」です)。しかし、まさかそんなことはないでしょう。

 動画を見てのもっとも自然な印象は、地中から水が吹き出している、ように見えるというものです。一番似ているのは、地中の水道管が破裂して噴き上げている、そんな状況です。実際にあの場所で水道管が破れて噴き上げているのかもしれませんが、幹線の太い管があそこを通っている可能性はありません。住宅につながる末端の細い管ではあのような、巨大な噴水にはならないでしょう。

 住宅1や住宅2のまわりの河川水は、茶色に濁っていますが、この噴水は真っ白であり、すこしも濁っていません。そうすると、可能性はひとつです。

 素人の仮説を述べる前に、水害後の現地の写真を見ることにします。

 


 

 まず、グーグル・クライシス・レスポンスの航空写真です(DSC02785)。水害翌日、9月11日の11:20に撮影されたもので、6000pixel×4000pixelの画像をそのまま公開しているので、細部までよくわかります。(グーグル・クライシス・レスポンスについては別ページで辿り方を説明いたしました。)

 水煙が上がった地点を拡大します。

 

 このあとは、地上写真です。

 (1)まず、2015年10月27日に撮影したものです。画面奥に写っているように仮堤防が完成し、堤内地で地盤の再建がおこなわれていた時期です。大量の土砂を入れて県道354号線から住宅1に通じる道(おそらく私道)が作られていましたが、住宅の補修や建て直しの段階ではありません。向こうの住宅2はひどく破壊されたうえ、大きく傾いています。手前が住宅9ですが、上で見た破堤直後のCCTV画像ではまだ傾いていませんでした。ところが、このとおり住宅2以上に傾いています。しかし、建物自体は、浸水して内部はかなり損傷したでしょうが、外壁はまったく破壊されていません。ガラス一枚割れていないのです。河道側で氾濫水の直撃を受けた住宅2が、1階部分の外壁が河道側はもちろん、反対側(住宅9側)まで大きく破壊されたのとは対照的です。

 

 住宅1と加藤桐材工場側の地盤がごっそりと流失して、鉄筋コンクリート造の住宅基礎と、同じく鉄筋コンクリート造の外溝基礎は、そのままの形を維持したまま、倒れるように沈み込んでいます。1m以上落ち込んでいます。

 この後(3)で見る防災科学技術研究所が水害直後の9月12日に撮影した写真では、この地点は冠水していてどの程度の深さだったのかはまったくわかりませんが、ある程度土砂が入れられていて北側部分に土嚢が積まれて道が再建されているものの、氾濫水によってどの程度まで掘削されたか推察することができます。

 

 住宅9の南側です。奥は仮堤防、左端はガソリンスタンドの倉庫です。


 

 (2)つぎに、水煙が上がっていた地点は写っていませんが、関東地方整備局が撮影しウェブサイトで公開していた写真です(DSC05436)。9月12日の6:49に撮影されたもので、早朝からの現地調査・仮堤防建設の様子です。

 B区間の堤防は、堤内地側の法面がかろうじて残っています。しかし、その下流側(C区間以降)は、かなり深そうな押堀になっています。地層構造がまったく違うことがわかります。

 

 (3)防災科学技術研究所は、水害直後に航空写真のほか、地上写真も撮影しています(https://map03.ecom-plat.jp/map/map/?cid=20&gid=524&mid=2609 のメニューの「地上撮影写真(2015/9/11撮影)」と「地上撮影写真(2015/9/12撮影)」にチェックを入れて表示)。

 まず、水害翌日の9月11日の写真です(12:41)。左の住宅2を氾濫流が直撃し、1階南側のガラス戸や玄関引戸などが全部なくなっています。東側の壁も抜けています。その向こうが住宅1とケヤキです。

 右が住宅9です。南西隅が損傷していますが、南側の開口部は住宅2のようには損傷していません。雨戸を閉じていただけでなく、建物が鉄筋コンクリートの外溝もろとも浮き上がったために、氾濫流の直撃をうけなかったのかも知れません。

 

 

 以下は、翌9月12日の撮影です。

 住宅2を北側から見たところです(15:41)。北側・西側もひどく損壊しています。それでも完全に崩壊して流失しなかったのは、氾濫流の上流側端部だったことによるのでしょう。手前の住宅1との間のコンクリート舗装の壊れ方に注目ください。まず地盤が抉られたことで、鉄筋は入っていないもののアスファルトよりはるかに頑丈なコンクリートが宙吊りになり、割れたようです。

 

 住宅2の向こうの住宅9です(15:40)。西側窓の戸袋はすこし捲れ上がっていますが、ガラスは割れていません。画面中央の水溜りあたりが水煙があがっていた場所のように思われます。その右には土が残っています。

 住宅2と住宅9の敷地を隔てていたブロック塀は、地盤が喪失して基礎が壊れたためにばらばらに壊れたようです。

 左や手前のコンクリート舗装は、9月10日に破壊されたままでしょう。手前は地盤が流失して落下し、その左上側では捲れ上がって裏返しになっています。襷掛けと右側の青服の2人の足元は、地盤がなくなってコンクリートだけが残っている状態です。

 河道側に移動し、流失した堤防があったあたりから撮影したものです(15:38)。住宅2の地盤は、赤土まじりの粘土らしきものと砂が何層かに重なりあっています。画面左下端は砂の層なのではなく、粘土層の上に砂が乗ったのでしょう。

 舗装のコンクリートの残骸が折り重なっています。舗装面の下の地盤が流されてコンクリートが宙吊りになって割れ、氾濫流に煽られて折り重なったのでしょう。

 住宅2は、さきにみたとおり、13:49ころのCCTV画像で南西側が大きく沈み込んでいました。その直前にこの赤土まじりの粘土(?)層の上、なおかつコンクリート舗装の下にあった砂層が流失したのでしょう。

 

 上の写真からすこしカメラを左に振り、住宅1との間のコンクリート舗装だったところをストレートに見通した写真です(15:38、下に拡大)。左の住宅1は、越水していたが破堤しなかったB区間と同じように、かなり氾濫流に洗い流されたのですが、一階の外壁(当然室内も)は大きく損傷したものの、地盤そのものは残ったのです。

 住宅1と住宅2は同じ高さの地盤上にあったに違いありませんが、住宅2は建物の基礎直下の地盤(おそらく砂の層でしょう)が洗い流されて、ダルマ落としのように手前が落ち込んだようです。全体的に沈降していますが、とくに北側の道路側の沈下が顕著です。

 

 ページ容量の関係でここでページを改めます。次ページで、この9月12日に別の地点で起きていた不思議な現象を見ることにします。そのうえで、「水煙」とは何だったかについての仮説を提起します。


 本題からそれますが、B区間についてみておきます。

 B区間の堤防が越水していたにもかかわらず破堤しなかった件については、たびたび言及してきましたが、防災科学技術研究所はこの地点に特に注目していました。9月12日の写真を2枚引用します(いずれも15:39)。

 堤外側法面から天端まで完全に洗掘流失しているのに、堤内側法面だけはそのまま残っているのです。下流側の破堤断面の態様(9月11日、12:36)と全く違うことを不思議に思ったのかも知れません。