ダムと堤防 4 その後の水海道元町

 

Nov., 16, 2019

 

 国土交通省が常用する詭弁のひとつに「下流優先論」あるいは「上下流バランス論」があり、2015年の鬼怒川水害における氾濫地点のひとつであった若宮戸(わかみやど)の河畔砂丘(かはんさきゅう)に築堤しなかったことの言い訳に使われているのです。この「ダムと堤防」では、そのいかにももっともらしい原則もどきについて検討しているわけですが、一時的に本題から離れて、2019(平成31・令和1)年に新設された水海道元町(みつかいどうもとまち)の堤防についてみておきます。

 

 高水敷にはみだして建造するほかなかったため、ありきたりの台形断面の土堤とすることができず、コンクリートブロックによる超カミソリ型にしたうえ、パラペットを用いたり、川裏側を絶壁にしたり、かなり特異な形状でつくられました。それでも結局のところ十分な高さを確保することができず、それでなくても高さ不足の上下流側の既設堤防より50cm低くなっています。

 まず、鬼怒川平面図(https://kinugawa-suigai.up.seesaa.net/pdf/kinugawa-heimenzu1.pdf)に、新築された延長約300mの堤防を赤実線・赤二重実線で描き込んだものです。河道側から俯瞰する図にしたので河川図の文字は逆さになっています。橙線は既設の堤防、緑矢印は2015年9月10日の溢水地点です。

 

 

 八間堀水門から豊水橋の間の約140mは単純な形なのですが、豊水橋から既設堤防までの間の約160m区間はいささか複雑な形状になっています。その部分を拡大します。

 


 国土交通省の「鬼怒川緊急対策プロジェクト」の一環としての「H 30鬼怒川左岸水海道元町築堤護岸工事」は、2018(平成30)年に荒川や利根川の築堤工事の実績のある株式会社ケージーエム(元「小林組」、本社・埼玉県熊谷市)に発注され、9月29日に着工し、当初は2019(平成31)年3月31日完成予定でしたが(右の写真は2018年12月3日で、すでに大幅に遅延しています)、4か月遅れて2019年7月31日に完了しましたhttps://www.ktr.mlit.go.jp/shimodate/shimodate00154.html。請負金額は 287,334,000円でした(http://www.kgm-corp.jp/sekou/h30鬼怒川左岸水海道元町築堤護岸工事)。

 「築堤護岸工事」」という工事名のとおり、国土交通省は豊水橋より上流側のうち、豊水橋に近い半分はもともと更新世段丘の崖面にあった護岸の補強工事であり、堤防の新造ではないと考えているようです。

 それにしても、看板の「現況堤防の嵩上げや拡幅をおこないます」はとんでもない大嘘です。「堤防のなかったところに新しく堤防をつくります」と書くべきでした。




 まず、全体写真です。Googleの衛星写真があれば一目瞭然なのですが、現在のところ未公開です。やむをえませんので対岸の高水敷からの写真です(以下、完成後の写真は2019年10〜11月撮影。着工前の写真は2016年2月撮影)。上流側、すなわち八間堀(はちけんぼり)水門下流から豊水橋(ほうすいきょう)までの約140m区間です。豊水橋側半分はもとの護岸の河道側にかぶせるように、八間堀水門側半分は更新世段丘崖面にあらたに、それぞれコンクリートブロックで建造したものです。

 豊水橋をはさんだ下流側約160m区間です。

 そのうち南の約63mは、2012年3月31日に完成した520m区間の堤防に接続する土堤です。

 のこる豊水橋側の約97mは、川表が最上部にパラペットを乗せたコンクリートブロック、川裏は土の法面とプレキャストコンクリート(PC)の混合と、いささか複雑な構造です。(パラペットについては後述。)

 観水(かんすい)公園は先代の豊水橋の取り付け部分です。そこから、着工3か月で高水敷の整地だけおわった下流方向をみたところです(2018年12月3日)。

 同じ場所から完成後に撮影したものですが、河道側におおきく張り出して高水敷上に築堤されたことがよくわかります。


全区間約300mを下流側から順に辿ってみていきます。

 2012年に完成した水海道本町(みつかいどうほんちょう)から水海道高野町にかけての520mの改修堤防の最上流部です。

 上流側から下流方向をみたところで、11kポール、その70m先の川裏側に鬼怒川水海道水位流量観測所のカメラのポールとアンテナ、建屋などが見えます。

 天端のアスファルト舗装は幅4mです(赤白棒は2m)。

 

 同じ地点で、こんどは下流側から上流方向を見ています。 豊水橋の向こうに八間堀水門の塔屋と赤いゲート板が見えます。

 11kポールの32m先、天端の中央に赤コーンがひとつ置いてあるところが水海道本町と水海道元町の境界で、そこまでが2012年度完成の改修堤防です。(ただし、図面上はそこからの降り斜面の56m先まで〔11k+88.64m〕が堤防ということになっていました。鯖読みです。前ページ参照)

 11kポールから上流側32m地点の天端のど真ん中に置かれた赤コーンです。ここが水海道本町と水海道元町の境界であり、2012年に改修された堤防の実質的な終端です。

 その先に約5mの接続部分があり、下り坂になっていて約10cm下ります。そこからがあらたに建造された堤防です。最初の24m区間の堤内側は法面ではなく、プレキャストコンクリートによる垂直な壁になっています。転落防止に赤コーンが13個置かれています。

 13個の赤コーンが置かれたのは、2019年11月13日の台風19号による増水後です。この写真は台風の前で、コーンが置かれる前です。

 堤内側の住宅のコンクリート板塀までの余地があまりないため、その先のように土堤の法面を形成することができず、絶壁にしたわけです。 

 これはほぼ同じ場所で、水害の5か月後の2016(平成28)年2月に撮影したものです。

 見えているアスファルトの路面は、2012年に改修された堤防から上流側56m先の、標高が約2m低い地点まで続いていた下り坂路です。

 前ページ以来、地図や衛星写真中で示した溢水地点のうち、最下流側のもっとも深刻だった地点です。地元の人と消防団が土嚢と砂を積み上げることで、かろうじて少量の氾濫で食い止めた場所です。

 すこし進んで絶壁を振り返ったところです。

 手前のロープは、養生中の法面の芝への立ち入り禁止のためのものです。

 新設堤防は、既設堤防末端からの下り坂路に被せるようにして作られたわけですが、そのもとの下り坂路を観水公園からみたところです。上の写真とは撮影位置・撮影範囲が違いますが、堤内の住宅を目印にすると位置関係がわかります。

 工事中の2019年2月の写真ですから、水害時の土嚢などは撤去され、工事用の橙網フェンスが張り巡らされています。画面左下に台座だけ見えているのは揚水機場です。

 法面の土が一部剥ぎ取ってあることから、このあと、既設の擁壁コンクリートブロックを撤去したうえで、盛り土して築堤したようです。

 ふたたび上流側を向きます。

 絶壁になっている24m区間の上流側に、34mの普通の土堤が(天端に置いた紅白棒まで)続いたあと、天端のアスファルト舗装が10%の下り勾配で12m続きます。

 川裏側(画面右側)は土堤の法面ですが、川表側(河道側)は、このように約40cm下ったところから、パラペット(胸壁)構造になっています。

 

 アスファルト舗装の両側は、長さ2メートルのPCコンクリートです。10%勾配で6個並んでいますから、斜路部分は長さ約12mで、段差は約120cmになります。パラペットが始まるのが上段から2個分下、すなわち4m下ったところです。ここまではアスファルト舗装面が堤防の天端ですが、ここからはパラペットの薄い天辺が堤防の天端になります。天端高が40cm低くなったわけです。先ほどの10cmと合わせて50cm低下ということです。

 観水公園からみたところです。中央奥が、アスファルト舗装面が120cm低くなった地点です。

 そこから手前(上流側)にかけて、アスファルト舗装はすこし下っています。

 段差から上流側のアスファルト舗装については、設計図書にも厳密な標高の指定はなく、なりゆきで舗装されたようです。

 一方、パラペットの天端は厳密に揃えられたはずで、設計図書では下流端でY.P.=18.789m、豊水橋際で18.814mと指定されています。3000分の1勾配です。

 従ってアスファルト舗装面からのパラペットの高さは、場所により多少変動し、おおむね85cm±2cmです。(写真は観水公園付近で、87cmです。手摺りは無関係です。)

 

 「パラペット」とは「胸壁」すなわち胸までの高さの壁という意味で、ビルの陸屋根の周囲など、建築・土木工事でさまざまに作られています。河川堤防としては、幅のある堤体をつくれない場所に(現場打ちコンクリート〔RC〕)ではなく、プレキャスト工法(PC)すなわち、工場で製作したコンクリートブロックを持ってきて設置して嵩上げする工法です(http://www.maruei-con.co.jp/kasen/parapet.html#top)。

 「鬼怒川緊急プロジェクト」による築堤では、この場所が唯一の施工例だと思われます。

 国交省の基準だと、パラペットの高さは1m以下、なるべく80cm以下にすべきとされています。

 堤防上から、観水公園を見たところです。この四角いコンクリートは、1965(昭和40)年に現在の第3代豊水橋(ほうすいきょう)(鉄橋)に取ってかわられた第2代豊水橋(コンクリート橋)の取り付け部の台座です。

 ここは文化財なので、部分的に壊して堤防を通すのでなく迂回して建設したとのことです。法尻の排水路が頑丈そうな台座を回避してうねっています。

 「水海道遊泳会発祥の地」石碑。水海道水府流水術協会が、百周年記念として、2006(平成18)年に建立した、と裏書きがあります。水府流とはいわゆる横泳ぎのことのようです。

 観水公園と豊水橋の間の廃屋です。

 堤防は文化財を避けたついでに、この廃屋も避けて、豊水橋の取り付け部に回り込みます。

 2016年2月の状況です。

 更新世段丘のギリギリのところに建っていたのです。

 堤防は河道側に大きく張り出して、高水敷に大量の盛り土をして建造されたわけです。

 豊水橋に接する末端部分です。パラペットの天端と橋桁の下面(茶の鉄骨は後付けした歩道で、本体の桁は緑の鉄骨です)の高さの差は30cmくらいしかありません。吊り下げられているパイプを含めると、パラペットの天端とほぼ同じ高さです。測定棒は3mに伸ばしてあります。

 50年以上前の架橋で、最近の道路橋のように中央部を弧状に高くしてあるわけでもなく、橋桁は水平です。今後、五十里(いかり)ダムや川治ダムの緊急放流が行われるようなことにでもなれば、落橋もありうるでしょう。

 豊水橋の上流側の歩道上から上流方向を見たところです。八間堀水門の手前まで、全長約140mの新築堤防が全部見えています。

 設計図書では下流端近くでY.P.=18.820m、上流端で18.855mと指定されています。

 上の写真で堤防の上流端から斜めに降りてくる坂路が見えていますが、それを半分くらい降りたところ、ちょうど11.25kあたりから下流側を見たところです(11.25k標石は堤防上にあります)。

 上の写真では坂路の路面のコンクリートが白く乾いていますが、2019年10月12〜13日の台風19号による洪水で、泥が厚く堆積しています。

 豊水橋の下流側の堤防が、観水公園と廃屋をおおきく迂回して建造されているのがよくわかります。

 新造堤防の上流端です。

 豊水橋の上流側の140m区間は、コンクリートブロックの上部にRC工法(現場打ちコンクリート)で作られています。パラペットではありません。

 上流端から下流方向を振り返ったところです。

 2019年11月13日の洪水のあとで、枯れ草・ペットボトルなどのゴミが残されていました。

 


 水海道元町の堤防の完成後、3か月たたないうちに、2019年10月の台風19号によって鬼怒川の水位は2015年以来の上昇をみました。この水海道元町付近では水位は前回より55cm低かったのですが、下流の5.5k付近では、逆に約40cm水位が高く、幼稚園の園舎が床上浸水しました。次ページで、2015年9月の水害時の洪水パターンと、2019年台風19号の洪水パターンとの差異について検討します。

 いよいよ利根川という「下流」との関係、さらには上流のダムによる貯水と放流の問題が立ち現れてきます。